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第八十九話


 夕暮れは、いつの間にか夜へ変わっていた。


 リンネたちは再び、異変報告場の一室に戻ってきていた。

 机の上には、大量の書類が積まれ、その中央には今日発見された黒い死体についての報告書が置かれている。


「結論から言います」


 魔法研究機関の職員が立ち上がり、言う。


「現時点で、この死体がヘヴィクム本人である可能性は極めて低いと考えています」

「……そうか」


 騎士団長が腕を組見ながら低い声で言う。


「ですが、人間とも断定できません……肉体構造が異常です。筋繊維の膨張率、骨格の変形、皮膚組織の壊死速度。どれも通常の人体と、一致しません」

「……つまり?」

「大量の菌によって、無理やり変質させられた可能性があります」


 誰もすぐには口を開かなかった。会議室の端では、昨日もいた年長の職員が難しい顔をしている。


「……やはり、最悪じゃの」


 シズクが小さく呟いたが、リンネは黙ったままだった。


「……リンネ」


 騎士団長が視線を向ける。


「お前はどう思う」

「……分からない」


 予想外の答えだった。それを聞き、部屋の何人かが顔を上げる。


「分からない?」

「ああ」


 リンネは淡々と続ける。


「でも、一つだけ言える」


 全員の視線が集まる。そして、言う。


「あいつは意味のないことをしない。この死体をあそこへ置いたのも、絶対になにか理由がある」

「……それは、分からないのか?」

「ああ……今はな」


 リンネは窓の外を見た。


「だから気持ち悪い」


 誰も反論しなかった。


「ならば」


 王都防衛隊の指揮官が口を開く。


「こちらがやるべきことは決まっている」


 その言葉で会議の空気が切り替わった。


 全街道の警戒を強化。検問所を増設。感染者の隔離施設を確保。各領主への緊急連絡。

 次々と案が出ていく。


「王都への出入りも記録します」

「黒い斑点の報告義務化も必要です」

「治癒魔法使いの再配置を」


 昨日よりも話は具体的だった。

 今までとは、前の世界とは違う。


 今はもうリンネ一人ではない。


 騎士団も。研究者も。冒険者たちも。

 王国そのものが動いている。

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