第八十七話
翌日。リンネたちが目を覚ました時には、既に昼を過ぎていた。
「……昼か」
リンネはゆっくりと体を起こす。昨日まで、ほとんど休んでいなかった。会議も深夜まで続いた。今までも寝てはいたはずなのに、久しぶりにまとまった睡眠を取ったような気がした。
部屋の外からは人の話し声が聞こえ、王都は今日も平和そうだった。
――少なくとも表面上は。
「……あっ、リンネさん」
もうすでに起き上がり、立っていたミリスが気付く。
「おはようございます……というか、もうお昼ですけど」
「おぬし、十時間以上寝とったぞ……まあ妾たちも似たようなものじゃったがな」
シズクが呆れたように言う。
「昨日はさすがに疲れたからのぉ」
「……そうだな」
リンネは適当に返しながら席へ座った。
そして、その時だった。
「号外だ!!」
外から大きな声が聞こえ、宿の中にいた客たちが一斉に反応する。
「ご、号外……?」
「何じゃ?」
続いて聞こえた言葉に、三人の動きが止まった。
「黒い人型の化け物の死体発見だぁ!!」
その言葉に、3人が慌てて廊下に出ると、街のざわつきが窓越しに聞こえてくる。
「……何だそれ?」
「昨日噂になってた奴か?」
宿の廊下にいる人々が窓の方へ集まっている。
リンネは無言で外へ出る扉へ向かう。
「……行くぞ」
「は、はい……!」
「まったく、休む暇もないものか」
三人は宿を出る。
通りには新聞を配る者たちが集まり、人だかりができていた。
「北西街道付近で発見!」
「騎士団が現場を封鎖!」
叫び声が飛び交う。
その中の一枚を受け取ったミリスが目を通し、息を呑んだ。
「これ……」
紙面には大きく書かれていた。
『黒い人型魔物の死体発見』
その下には簡単な特徴が並んでいる。
黒い人型の体に、異常な変色。発見場所は王都北西街道近郊。
「まさか……」
ミリスが呟く。だがリンネは何も言わず、ただ新聞を見ていた。
「……現場へ行く」
数秒して、リンネは短く言った。
「ヘヴィクムかもしれんのか?」
「……本当にヘヴィクムの死体かは分からない。でも、ヘヴィクムが関わっているのは確実だ」
そう答えたが、その表情は硬い。
もし、本当にヘヴィクムなら。
もし、本当に今まで必死に追ってきた者が急に死体を残して死んでいたら
――あまりにも都合が良すぎる。
あいつが、リンネ以外で死ぬなど――
胸の奥に小さな違和感が残っていた。そして三人が死体の場所へと向かおうとした、その時。
「リンネさん!」
遠くから声が飛んでくる。
振り返ると、異変報告場の若い職員が息を切らして走ってきていた。
「上からです! すぐ現場へ来てください!」
職員の顔には焦りと、どこか抑えきれない期待が混ざっていた。
「もしかしたら、本当にヘヴィクムかもしれないって……!」
「……そうか」
リンネたちは職員を先頭にして歩き出す。だが、リンネの表情は、少しも明るくなっていなかった。
むしろ逆だった。
前の世界で何度も見てきた。
ヘヴィクムの、菌の感染力、症状の恐ろしさも。
ヘヴィクムが、様々な技を使って苦しめてきた戦闘も。
ヘヴィクムが人を使い捨ての駒のように使うのも。
ヘヴィクムの、高度な知識と巧妙な作戦の数々も――
だからこそ、リンネの中では、嫌な予感だけが大きくなっていた。




