第八十六話
会議は深夜まで続いた。
各地への通達。隔離手順の制定。騎士団の再編成。魔法研究機関による研究の方向性。決めなければならないことは、山ほどあった。
「黒い斑点の報告は全て最優先扱いにする」
「感染者を発見した場合は、治安部隊のみで接触するな。必ず魔法師を同行させろ」
「街道の検問も増やします」
次々と方針が決まっていき、やがて――
「本日の会議は、ここまでとする」
異変報告場上層部の声が響く。その声が聞こえると、ようやく会議室の空気が少し緩み、誰かが立ち上がり、扉を開け始める。
「まったく、とんでもない話じゃ」
席を立ちながらシズクが肩を回した。
「偉い人間が一度に集まりすぎると空気が重くてかなわん」
「お、お疲れ様です……」
ミリスもどこか疲れた顔をしている。リンネは何も言わず窓の外を見た。窓の外はすでに夜で、灯りだけが遠くに見える。
「……おい、リンネ」
声をかけたのは先ほどの年長の職員だった。
「何だ」
「そんな大きな敵に……本当に、まだ間に合うのか?」
その問いにリンネは少し黙って考える。
菌の広がる速度。
燃える街。
逃げ惑う人々。
黒い霧。
――間に合わなかった、あの世界。
「……少なくとも、前の世界より早い」
職員は静かに頷く。
「そうか」
それ以上は聞かなかった。会議室を出る頃には、既に日付も変わろうとしていた。
その頃。王都から遠く離れた山中の、誰も知らない小さな地下空洞。
そこには数十人の人間たちがいた。
いや。
正確には、人間たちが“囚われていた”。
「た、助けて……」
弱々しい声が響く。壁際には何十人もの人間が押し込められていた。
あの村の消えた住民たちだった。
住民たちの顔色は悪く、体には黒い斑点が浮かんでいた。
そこにいる誰もが怯えている。
「お願いだ……」
だが返事はなく、聞こえてくるのは湿った音だけだった。
ずるり、ずるり。
闇の奥で何かが動くそして
――一人の男が引きずられるように連れて行かれた。
「や、やめろ……!」
必死に抵抗する。
誰かが泣き出す。
誰も助けられない。
「ぎゃああああああっ!!」
闇の奥へ消えた男から、しばらくして悲鳴が聞こえた。だが、それは長く続かなかった。
住民たちは震えることしかできなかった。




