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第八十二話

 誰も喋らず、風だけが森を揺らしている。


 消えた村人たち。各地で始まった目撃情報。そして、ヘヴィクム。


「……王都へ戻るぞ。ここにいても、これ以上は分からない」


 リンネの言葉に。誰も反論しなかった。


 捜索隊も既に周囲を調べ終えていたが、やはり残されていたのは不自然なほど綺麗な森だけだった。


「帰還する!」


 命令が飛び、皆が動き始める。ミリスは最後にもう一度だけ森を振り返った。


 そこには何もない。




 王都へ戻った頃には、既に日が傾き始めていたが、異変報告場は朝以上に騒がしい。


「次を持ってこい!」

「南街道から追加報告!」

「北部集落もだ!」


 怒号にも似た声が飛び交い、昨日とはまるで別の場所だった。


「なんじゃこれは……」


 シズクですら眉をひそめる。そして、またリンネたちは奥の部屋へ通された。

 大量の書類は机の上だけではなく、床にまで積み上がっている。


「これ全部か?」


 リンネが尋ねる。


「今日の分だけだ」


 部屋の空気が重くなる。職員の一人が書類を手に取った。

 黒い人影。理性がない。黒い斑点が見えた


 読み上げられる内容はどれも似ていて、昨日の噂のような話とは違っていた。偶然では、説明できない。


「……」


 ミリスは無意識に拳を握っていた。


「問題はここからだ」


 年長の職員が地図を広げた。それは王都が中心の地図で、周りにいくつかの印が付けられている。


「目撃地点が多すぎる」


 東西南北。

 それぞれ離れた場所にあるいくつかの印。


「全部に兵士を送るのは無理だ」

「ならどうする?」


 誰かが尋ねると、全員の視線が自然とリンネへ向いた。


 昨日までは誰も見向きもしなかった男へ。


「……」


 リンネは少しだけ地図を見た。そして言う。


「まだ間に合う場所を探せ」

「……何?」

「壊滅した場所じゃない。黒い斑点が確認されているだけの場所だ。そこに行けば、ヘヴィクムも近くにいるかもしれない。そして、村を救えるかもしれない」


「……それで、本当に見つかるのか?」


 職員が尋ねると、リンネは短く答えた。


「見つけるしかない」


 部屋が静まる。

 誰もが理解していた。


 これはもう異変ではない。

 災害ですらない。

 

 ――戦いの始まりだった。

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