第八十話
部屋に重く長い沈黙が落ちていた。
その時。扉がノックされる。
「失礼します!」
若い兵士が飛び込むように入ってきた。
「あの後派遣した調査隊から追加の報告です!」
「何だ」
兵士は息を整える。
「村の外れにある地下貯蔵庫から、生存者を一名発見しました!」
部屋の空気が少し動く。
「生存者だと?」
「はい、確かに生存を確認できました」
「その生存者は、話を聞ける状態なのか?」
「えっと、それが……」
会話をしていくうちに、兵士の顔がどんどんと曇り始める。
「様子が、おかしいんです」
「おかしいだと……? どういう状況だったんだ」
「報告によると、調査員に襲いかかったそうです」
全員が眉をひそめる。
「負傷者は?」
「無傷取り押さえられたそうです」
そこまで聞いてから、男はリンネを見て静かに言う。
「今から、行くぞ」
「……ああ」
数時間後。リンネたちは兵士たちと共に村へ到着していた。
その村は昼だというのに静かで、風の音だけが聞こえる。
本当に、誰もいなかった。生活の跡も残っているのに、人間だけがいない。ミリスは無意識に、リンネの少し後ろへ下がった。
「……気味が悪いです」
「そうじゃな……」
シズクもそれだけ言うと、静かに辺りを見渡した。
村を歩いているとやがて、地下の貯蔵庫へ案内される。
階段を下って地下に行くと、そこには縄で拘束された男がいた。その全身に黒い斑点があり、目は充血している。
「邪魔するな!!」
男はリンネたちを見るなり叫んだ。その声に部屋中が驚く。
「ヘヴィクムさんは正しいんだ!」
男は縄で縛られながらも暴れようとして、腕から血が滲んでいた。
「最適化を妨げるんじゃない!」
その言葉で、ミリスの顔から血の気が引いた。
「っ……!」
感染が進むと精神に異常が出る。ヘヴィクムを正しいと思い始める。
そのせいで、ミリスも一度ヘヴィクムについた。目の前の男を見ると、あの時のミリスを思い出す。
「なんで理解できないんだ!? しっかり考えてみろよ!」
そう言いながら、男は狂ったように笑う。また、部屋にいた職員たちの顔色が変わる。
黒い斑点だけでない。
リンネの話と、全てが一致し始めている。
「……リンネ」
職員は視線を縄で縛られた男に向けたまま、リンネに低い声で言う。
「信じられないが……もう一度聞かせてくれ。お前の話は、本当なのか?」
「最初から、そう言ってる」
リンネは淡々と答えた。
そして、その時――
「魔物だ!!」
外から悲鳴が聞こえ、全員が振り向く。
「村の入り口です!」
「二体確認!」
地下にいた全員が外へ飛び出し、叫び声の聞こえた方角、村の道の先を見る。
「えっ……!?」
その姿を見た瞬間。皆が息を呑んだ。
そこには黒い影が二つ揺れており、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
その全身は人間のような輪郭でありながら黒ずみ、動きも異様――三人の頭の中に"ヘヴィクム"という文字がはっきり浮かんでくる。
「あいつ、お前が言ってた……」
職員の誰かが呟く。
もしこれがヘヴィクムなら。
繁殖し、増え始めているのなら
――最悪だ。
誰もが同じことを考えた。
だがリンネだけは前へ出る。
「下がれ。こいつは、俺がやる……変身」
その言葉を発した瞬間。空気が変わり、眩い光が村全域に広がる。
「な、なんだぁ!?」
職員の困惑の声が聞こえた。そして光が晴れた時、そこには――
白い鎧を全身にまとい、蒼く光るバイザーをつけた、リンネの姿があった。
「ソーラーソード、ソーラーシールド」
呟いた瞬間に、手に現れる光の剣と光の盾。
だが、それを握った瞬間。拳の奥に小さな痛みが走った。
「っ」
だが、リンネは地面を蹴る。
静寂。
「終わりだ」
その時。すでに二つの影は崩れ落ちていた。リンネは呟いた瞬間に距離を詰め、二つの影を斬っていた。だが、その場にいた人の目には、閃光のようにしか映らなかった。
しばらくし、リンネが剣を下ろすと、兵士たちが恐る恐る近づく。
そして。
「……人間?」
誰かが呟いた。
そこに倒れていたのは魔物ではなかった。全身に黒い斑点が浮かんでいるが、確かに村人だった。
目は濁り。
理性も残っていない。
「……感染者か」
シズクが低く言い、リンネは頷いた。
「ヘヴィクムに操られていたんだろう」
「ま、待て……村人なのか!?」
「じゃあ俺たちは今、人間を魔物だと思っていたのか……?」
職員たちがざわつき始める。だが、ミリスの耳にその声は入ってこず、背筋が凍っていた。
「こ、この村の、人口って、どのくらいだったんですか……?」
「数十人程度だったはずだが」
職員のその言葉で、三人の顔色が変わる。
死体は一つ。
感染者は二人。
――なのに、村人は数十人。
残りは――
「……おい」
職員の声が震える。
「まさか」
リンネは静かに周囲の森を見てから、言う。
「……終わりじゃない」
風が吹く。誰も喋らない。
最悪の計算が――全員の頭の中で同時に完成していた。




