第七十九話
職員に連れられ、リンネたちは再び異変報告場へ戻ってきていた。
昨日と同じ建物。
昨日と同じ廊下。
だが、行き交う職員たちは慌ただしく、誰もが早足で動いている。
「昨日と全然違いますね……」
「確かにのぉ」
ミリスが小さく呟くと、シズクも周囲を見回す。昨日は疲れているだけだった職員たちが、今日はどこか緊張した顔をしている。
やがて三人は昨日と同じ部屋へ通された。そしてその中には昨日いた職員たちが集まっていた。机の上には、一枚の地図が広げられている。
「来たか」
昨日、話を聞いていた男が言う。
「それで、何があったんだ?」
リンネが尋ねると、男は一瞬だけ黙ってから――
「……今朝、西方の農村との連絡が途絶えた」
ゆっくりと、答える。
「村人の避難や移動は確認されていない」
「……それで?」
「調査のためにテイマーを使った」
そこで部屋の空気が重くなる。
「……村には、誰もいなかった」
ミリスが息を呑む。
「誰も……ですか?」
「ああ」
男は頷いた。
「家は残っていた。荷車、畑もあった。なんなら、足跡だってはっきりと残っていた。なのに、人間だけがいなかった」
その言葉で部屋は静まり返るが、男は続けた。
「だが、村の中央で一人だけ発見された」
机の上に紙が置かれる。それは、簡単な報告書だった。
「発見とは言っても……死亡、していた」
ミリスの指先が小さく震える。
「死因は不明。ただし……全身に黒い斑点があった」
その言葉が出てきた瞬間。リンネの表情が、変わった。
「……ヘヴィクムだ」
即答だった。
「断定できるのか?」
「断定はできないが、少なくとも症状は一致する」
リンネは報告書を見ながら言う。
「黒い斑点だけなら確信ではないが、村人が消えたなら、可能性はかなり高い」
職員たちは顔を見合わせる。昨日なら笑い飛ばしていたかもしれない言葉だった。
だが今は違う。
実際に村が一つ消えている。
「このままだとどうなる?」
誰かが尋ねると、リンネは短く答えた。
「昨日、説明した通りだ」
その言葉を聞いた瞬間。ミリスの背筋を冷たいものが走った。
昨日の話を思い出す。
感染者も、黒い斑点も、苦しむ人も、今までに見た。
でも、直接的な死者は見ていない。村が消えた話も聞いたことがない。
今までは、じわじわと、少しずつ菌で侵食していた。でも、今回は違う。
小さな村とはいえ、たった一夜で壊滅している。
「……っ」
思わず息を呑む。その横で――
「最悪じゃな」
シズクが静かに呟いた。
「シズクさん……」
「妾も同じことを考えておる」
シズクは地図を見つめたまま続ける。
「もし本当にヘヴィクムなら、状況は思ったより悪いかもしれんの」
部屋の誰も反論しなかった。
昨日までなら、ただの噂の一つだった。
だが今は違う。
誰もいなかった村。
黒い斑点の死体。
そして昨日提出された報告書。
それらが、一つに繋がり始めていた。




