第七十七話
異変報告場は朝から慌ただしかった。
「次の書類をこちらへ!」
「検査班には報告したのか!?」
「一昨日の分がまだ終わってません!」
職員たちが行き交う中、一人の男は机に積み上がった書類を見ていた。
「……多すぎる」
昨日だけで二十七件。
世界滅亡。
神の降臨。
未確認の魔物。
菌の化け物。
どれを取っても、大差はない。
「……」
結局、検査班へ回しただけだった。
証拠があると言う件も何個かはあるが、大抵はそれっぽいだけのものだ。それだけで、優先度が上がるわけでもない。
そんなことを考えながら、書類を整理していた時だった。
扉が勢いよく開く。
「緊急の報告です!」
部屋中の視線が集まった。飛び込んできた兵士は息を切らしている。
「今朝、西方の農村との定期連絡が途絶えました!」
「連絡……? それだけか?」
男は書類から目を離さず、仕事をしながら答える。連絡の遅れなど珍しくもない。
だが、兵士は続けた。
「そして今朝、近隣の村から確認に向かった者がいるそうですが……誰も、いなかったらしいんです」
男の手が止まる。
「……誰も?」
「はい。村人の姿が1人も確認できないと」
部屋が静かになる。
「逃げたのか?」
「分かりません」
「魔物の襲撃の可能性は?」
「……それも、具体的な情報がないので不明です」
男は少し考えて、立ち上がる
「確認を出すぞ」
男はそのまま扉の方に向かって歩き出す。
「テイマー班を呼べ。調査だ」
しばらくして。
別室に、さっきの兵士と何人かの職員、そして魔物を従えることのできる珍しい職業『テイマー』が1人、集まっていた。
床の中央には、大きく魔法陣が描かれており、その上には羽を広げれば人間よりも大きいくらいの鳥型魔物がとまっていた。
「対象地点はここの村だ」
地図を広げながら男が言う。地図を見ながら、テイマーはゆっくりと頷く。
「あくまで、偵察だけでいいんだな?」
「ああ。危険なら近付くな」
その言葉を確認してテイマーが腕を大きく振ると、それに反応するように鳥型魔物が低く鳴き、次の瞬間――
魔法陣が光り、鳥の魔物はいつの間にか室内から消え、高速で空へと飛びたっていた。テイマーと職員たちは魔法を通して、その視界を見る。
「目的地が見えてきた。高度を下げる」
テイマーが呟く。
小さな家と、畑が見える位置まで近づく。
だが――
「……人がいないな」
部屋の中で誰かが呟いた。
畑や道、家。どこを見ても人はいない。なのに――
開いたままの扉。
放置された荷車。
畑に転がる農具。
ついさっきまで人が生活していたような、たくさんの痕跡が残っていた。
「何だこれは……」
その景色を見て、その場にいる者たちの顔色が一気に変わる。
そして、鳥型魔物が村の中央付近を通り過ぎた時。
「……っ! 止めろ!」
男がそう言うと、鳥は旋回を始め、その場の映像を映す。
街の道の真ん中。
そこに、一人だけ倒れていた。
「拡大しろ」
それを見て、全員が黙った。
倒れている男の全身の皮膚。そこには、無数の黒い斑点が浮かんでいた。
「……」
誰も喋らない。
一人の男は昨日のとある報告を思い出す。
“症状の黒い斑点”。
昨日、その報告者が言っていた、“世界を滅ぼす”という言葉が心の中でさっきまでの光景と重なった。
「……昨日の報告書を漁って、“菌の化け物”と“リンネ”と書いてあるのを持ってこい」
静かな声だった。だが部屋の空気は、もう昨日とは違っていた。




