第七十五話
門から少し歩いたところにある、王都中央区。そこに近づくほど、建物は石造りの簡素なものが増え、人々の服装もどこか整い、門付近の賑わいとは違う姿を見せていた。
「……思ったより普通ですね」
ミリスが建物を見上げながら言う。その視線の先には
『異変報告場』と書かれた看板が掲げられていた。
「もっと、なんと言うか、こう……」
「さっきの露店みたいにキラキラしてる場所を想像していたのか?」
リンネの言葉にミリスは少し困ったように笑う。
「はい……少しだけ」
「妾もじゃな。同じ都市でここまで温度差があるとは思わなかった」
三人は話しながら中へ入る。
すると、受付らしき女性が顔を上げた。
「こんにちは、報告ですか?」
「ああ」
「それでは、内容は?」
「……世界を滅ぼす菌の化物についてだ」
"世界を滅ぼす"という単語を言った瞬間。受付の動きが少しだけ止まった。だが、次の瞬間には慣れた様子で紙を取り出す。
「わかりました。お名前は?」
「俺はリンネだ」
「リンネ様で……世界を滅ぼす菌の化物、ですね」
さらさらと書き込む。内容に比べて、妙に反応が薄かった。
「ぼくたち、世界とか言ってるのに、全然動揺してませんね……」
「やはり、こう言う報告に慣れておるな」
受付の女性はその声が聞こえたのか、小さく笑った。
「そう言う報告が、最近は毎日、それも色々な種類が来ますからね」
「例えばどんなのだ?」
「そうですね……世界を飲み込む竜とか、人を神に変える木……月から来た使者とか」
それを聞き、リンネは眉をひそめた。
「……本当に色々あるんだな」
「はい……そのうちの一つがあなた、なんですけどね」
受付は疲れた声で、悩まずに即答した。他の訪問者たちにも、何度も何度も同じように言っているのだろう。
やがて、三人は別室へ通される。その部屋の中には、数人の職員がいた。リンネはその部屋の中心にあった椅子に座り、ヘヴィクムについて知っていることを、最初から最後まで説明した。
菌の症状の黒い斑点。
精神にまで異常が出る種類の菌。
自分じゃなきゃトドメをさせないこと。
――そして、別の世界で見た、あの結末。
話が終わる頃には部屋は静かになっていた。
「最後にシズク、ヘヴィクムの菌の入ったフラスコ出してくれ」
「わかっておるわ。それがなかったらただの"話"止まりじゃ」
その言葉を聞いて、職員が驚く。そしてシズクは懐から、栓のついた10cmくらいの瓶を取り出す。中には、黒い液体が入っていた。
「これがヘヴィクムの菌じゃ」
職員はみんな黙ってそれを見ていたが、少しして1人が口を開く。
「……もしその中身が本当にお前の言うものなら、それは世界を滅ぼすレベルの菌ってことだな?」
「そう言うことだ。もし下手に扱って感染したら、すぐに広がり……そこからはさっき話した通りだ」
リンネの言葉で、部屋がさらに静まり返る、
そして、長い沈黙の後、やがて男は書類へ何かを書き込む。
「……わかった。その菌と言っている瓶も、こちらの専門班で検査する」
その言葉を聞き、ミリスが少し明るい顔になった。だが――
「ただしそれでも、優先調査案件にはならない」
「……なんで、ですか?」
ミリスが尋ねると、職員の男は積み上がった書類を指差した。
「これは昨日と今日だけで集まった、世界が滅ぶと言う27件の書類だ。中には、それっぽい証拠を持ってきたものだってある」
「……」
職員は疲れた顔で続ける。
「証拠があっても、最初に言った通り、"このうちの一つ"でしかない。調査はする。だが、結果はだいぶ先になると思っておいてくれ」
「どのくらいで結果が出る?」
「……さっきの量を見たらわかるだろ」
職員はそう言うと、すでに別の書類を見始めていた。
「これで報告は申請された。結果が出たら連絡する」
報告場から出た時にはもうすでに、空は赤く染まっていた。三人は地面に長い影を落として歩き始める。
「……結局、完璧に信じてもらえませんでしたね」
「まあ、予想通りじゃ」
シズクは軽く肩をすくめた。リンネも、信じてもらえず落胆した様子はない。
「でも、報告はしたんだ」
「それだけですか?」
「ああ……後は向こうの問題だ」




