第七十四話
リンネたちは巨大な門をくぐる。すると、その瞬間、世界が変わった。
「……っ」
ミリスが思わず足を止める。三人の視界には――
とても広い石畳の道に、左右に並ぶ建物。行き交う荷車に、色々な種類の露店。
そして、今まで訪れた街とは比べ物にならない量の人の数。
「すごい……」
ミリスの口から思わず漏れたその言葉に、シズクも頷いた。
「やはり、さすが王都じゃな」
しかし、その賑わいの中でも。たくさんいる人の視線は、こちらへ向いていた。
「……」
通り過ぎる人々がちらちらとこちらを見ており、中には露骨に振り返る人々までいた。
「やっぱり、中に入っても、見られますよね……」
ミリスが小声で言う。
「見られてるな」
歩いていると、声がザワザワと聞こえ始める。
「おい、あれだろ?」
「門の前で透明になる鉄の魔物を連れてきたっていう」
「しかも魔法じゃないらしいぞ」
数歩進んだだけでそんな声が聞こえる。人が多いということは、噂も多いということだ。
「まだ5分も経ってないんですけど……」
ミリスの声を聞き、シズクが呆れたように呟く。
「まあ、王都じゃからの」
そんな風に、街の声を聞いてた、その時だった。
「聞いたか? あの黒いやつの話」
近くの屋台から、別の声が聞こえる。その声を聞き、リンネたちは足を止めた。まだ会話は続いている。
「今度はどこでだ?」
「西の村だとよ。今度は人が誰もいなくなったらしい」
店主たちは慣れたように話していたが、内容は妙に不穏だった。
ミリスが小さく眉を寄せる。
「黒くて……人がいなくなる?」
そのまま、店主は続ける。
「でも今回は違うらしいぞ」
「ああ、俺もそれなら聞いたぞ。黒い霧が出たとか言うやつだろ?」
「いや、俺が聞いた話じゃ黒い神が出たらしいぞ」
その声を聞き、屋台の近くの人々も話し始める。
「馬鹿言え。無敵の黒い魔物だろ」
「違う違う。王都の学者が新しい闇の魔法を見つけたんだ」
「なんでそうなるんだよ」
周囲から笑いが起きる。
だが誰一人、本当のことを知らない。話すたびに内容が変わっていた。
「……」
リンネは、それを黙って聞いていた。
既に、ヘヴィクムの噂は王都中へ広がっていた。
だが広がる過程で形が変わりすぎて、もはや別の話になっていた。
「リンネさん……」
ミリスが不安そうに声を掛ける。
「ああ……先に報告場へ行く」
今の王都は、何も知らないわけではない。
むしろ、知ろうとした結果、噂が増えすぎて何も分からなくなっている。
石畳を踏み、人の会話を聞きながら歩く。その会話の端々には必ずと言っていいほど同じ言葉が混じっていた。
黒い霧。
黒い神。
黒い魔物。
――正体不明の異変。
王都はまだ平和だった。少なくとも、人々はそう思っていた。
だからこそリンネたちには、その平和はどこか薄く、脆く見えた。




