第七十二話
王都の城壁は、近づくにつれてさらに巨大さを増していき、今、それはまるで、一つの山のようにも見えた。黒い石で築かれた城壁。その上には無数の見張り台が並んでいる。
「や……やっぱり大きいですね……」
王都へ続く街道の遠くには、馬車や、徒歩の商人など、城壁へ向かう人々が小さな点のように見え始めていた。
「……そろそろか」
リンネがそう言った瞬間。風の圧力が少し弱まった。
「……?」
ミリスが顔を上げようとするが、それでもまだ十分に速く、訓練された馬であろうと、到底追いつけないであろう速度だった。
そして、鉄の門が見えてくる。
その前には、入門の確認を受ける者たちで列ができていた。
「止まるぞ」
リンネが短く言う。
「え?」
キィィィィィィッ!!
次の瞬間。鋭い音が街道へ響いた。タイヤが地面を擦り、土煙が舞い上がる。
「きゃああああああっ!?」
ミリスの悲鳴が空間に響き渡る。
「おお……!」
シズクだけは、妙に冷静だった。
土煙が晴れると、バイクはいつの間にか正門から少し離れた位置で停止していた。
周囲は、ざわついていた。
「……」
列に並んでいた人や門番たち、荷物検査を受けていた商人。全員が何かを話しながらこちらを見ていた。
当然だった。鉄の塊が轟音を立てながら現れたのだ。逆に冷静な方がおかしいだろう。ミリスは、人々の視線を受けながら、まだ震えた足で降りる。
「り、リンネさん……みんな見てます」
「見てるな」
「すごく見てます」
「当たり前だ」
リンネはそう言いながらバイクから降りた。
そして門の方を見ると、そこでは門番たちが、
「……はぁ?」
「なんだあれ……?」
「誰か聞いてこいよ……」
と、明らかに困惑していた。
王都到着から数秒。まだ門すら通っていないのに、リンネたちは早くも、目立っていた。
ざわめきは徐々に大きくなっていく。
「なんだあれ……」
「魔物か? 今は……動いてない」
そんな声があちこちから聞こえてくる。やがて門番の一人が警戒した様子で近づいてきた。
「そこで止まれ」
「止まってるだろ」
「そういう意味じゃない」
門番はリンネを見た後、ゆっくりとバイクへ視線を向ける。
「それは何だ」
その言葉に、少し悩んでから答える。
「バイクという、速度の出る乗り物だ」
門番は数秒黙った。どう見ても理解できていない。
「……馬も、繋がれていないようだが」
「馬はいない」
「……では何が引いている」
「引いては、いない」
「はぁっ?」
話を聞いていたミリスが小声で呟く。
「なんだか、かわいそうになってきました……」
「同感じゃな」
シズクまで頷く。そして、門番たちはしばらく相談した後、気を取り直したように三人へ向き直る。
「身分を証明する方法はあるか?」
「身分……か」
リンネが額に指を当てて悩むと、ミリスが慌てて言う。
「リンネさんは冒険者登録してあるので、データを見ればわかります」
それを聞き、門番はポケットから、小さなカードのようなものを取り出し、何度かなぞるように指をその上で動かす。
「……問題は、ないようだな」
そして、シズクとミリスも同じく、問題がないことを確かめる。
「身元は確認できた」
「よし、それじゃあ通るぞ」
「いやいや、ちょっと待てよ」
門番は真顔で首を振った。
「問題はそっちだ」
指差された先にはバイクがあった。
少し沈黙が落ちる。
「危険物の持ち込みには許可が必要だ」
リンネが眉をひそめる。
「それは危険物じゃない」
「判断するのは君ではない」
正論だった。
「登録証は?」
「ない」
「製造証明は?」
「ない」
「……それじゃあ、魔道具認可証は?」
「ない」
「はぁ……さ、さすがに所有証明は?」
「ない」
門番の顔が段々険しくなっていく。
「じゃあ、逆にあるものはなんなんだ」
リンネは少し考えてから、苦し紛れに言う。
「身分は確認できている俺のものだ」
「それじゃあ、証明になってない」
即答だった。周囲から笑いを堪えるような声が漏れる。
ミリスは思わず顔を覆った。
「リンネさん……」
「なんだ」
「別に、そんなことしなくても、さっきみたいにスッと消せばいいんじゃないですか……?」
それを聞き、リンネは少し黙るが、すぐにハッとしたようにバイクに手をかざす。
「ちょっと待ってろ、今やる」
だが、ミリスの声を聞いた人々が、困惑と笑いの声を出す。
「スッと消すって……」
「そんなの、できるわけねぇだろ……!」
「収納魔法でもするのかなぁ……ククッ、おとぎ話じゃないんだから……」
その声を聞き、リンネは即座に否定をする。
「魔法じゃない。ただ消すだけだ」
まあ、実際に収納魔法を作って、使っているやつも隣にいるにはいるのだが。
そして、次の瞬間。バイクは光のように崩れ、瞬きする間に消えた。




