第六十三話
黒い塊が完全に消えたあとも、通りにはしばらく静寂が残っていた。
リンネは、その場で動かない。
ソーラーソードが、光の粒になって崩れていき、白い鎧も少しずつ輪郭が薄れていった。
「……っ」
視界が、揺れる。胸の奥が焼けるみたいに痛んだ。
「……まだ、か」
誰にも聞こえないくらい小さく呟き、静かに変身を解除する。そこに立っていたのは、傷だらけの、いつものリンネだった。
「リンネさん!」
ミリスが駆け寄ってくる。転びそうになりながら、それでも止まらない。
「だ、大丈夫ですか!? 怪我とか、その、変な感じとか……!」
「……平気だ」
そう答えた直後、少しだけ身体がふらつく。
「あっ……!」
ミリスが慌てて支える。咄嗟に自分で立とうとして、力が入らなかった。
「……悪い」
「い、いえっ……!」
ミリスは近い距離のまま、おろおろとリンネを見上げている。そこへ、ゆっくりとシズクも歩いてきた。
「おぬし、腕を見せい」
「またそれかよ……」
半分呆れながら、リンネは腕を見せる。それを見ると、シズクの目がまた細くなる。
「ふむ。力の状態は変化したからもしや、と思ったが……消えては、おらぬな」
その言葉に、ミリスの表情が少し曇った。
「じゃが……何故じゃ。菌は残っておる。何も前提は崩れておらん。ならば、何故、白へ戻った」
独り言みたいに呟きながら、シズクは考え込む。
「拒絶反応は存在する。侵食も消えておらぬ。なら理屈が合わぬ……いや、待て。そもそも“力の種類”そのものが、いや、だが力自体は――」
「おい。今は、いいだろ」
「研究者にそれを言うか……それに、もう一つ謎もある。それは、おぬしじゃ」
シズクは、ミリスを指差して言う。
「おぬしの青い炎。都合よく再生を止めておったが、練習でもしておったのか?」
「い、いや、ぼくも何が起きたのかわからなくて……!」
「……今いくら考えてもすぐに結論は出ぬか。あとで少し、いや。長い時間研究に付き合え」
シズクは疲れた顔のまま、一度考えるのをやめる。
「もうそれは決定事項かよ」
「当たり前じゃ」
そして、その時だった。
「お兄ちゃん!」
声を聞き、振り返ると、子供がこちらへ走ってきていた。その後ろから、慌てた母親も追いかけてくる。
「こ、こらっ!」
母親が呼ぶが、子供は止まらない。
「すごかった!!」
目を輝かせながら、リンネを見る。
「白くて、ばーって速くて! 黒いのやっつけて! きれーだった!」
リンネは少しだけ目を瞬かせた。そんな反応に、なんと言えばいいかわからず、少し視線を逸らす。
「……そうか」
それだけ答える。子供は嬉しそうに何度も頷いたその後ろから来た母親が、深く頭を下げる。
「ありがとうございました……本当に……」
「いや、俺は……」
言いかけて、止まる。周囲を見ると、避難誘導をしていた冒険者たちも、こちらを見ていた。
「助かったぜ。正直、最初に俺の攻撃が効かなかった時、終わったと思った……!」
「嬢ちゃんの火、すごかったな!」
急に話を振られ、ミリスが肩を跳ねさせる。
「へっ!? い、いや、ぼくはそんな……! リンネさんが戦ってくれたからで……!」
「でも再生止めたの、お前さんだろ?」
盾を持った男が笑う。
「助かった」
ミリスは困ったみたいに目をぱちぱちさせて、それから、小さく頭を下げた。
「……あ、ありがとうございます」




