第六十二話
「……変身」
次の瞬間。
“白い”光が、リンネの身体を包み込む。
風が街全体を吹き抜け、石畳の上に、光の粒が散る。
「なっ!?」
近くの冒険者が目を見開く。
一瞬にして、まばゆい光の中にリンネの姿が隠れる。そして、次に現れたのは。
――白い鎧。
そして、目のバイザーが、蒼に光った。
「なんだ……!?」
リンネは思わず自分の体を見る。そこに立っていたのは、灰色の姿ではない。かつてヘヴィクムと戦っていた、あの白い戦士だった。
「……戻った?」
ミリスが、呆然と呟く。シズクも、目の前の出来事に、言葉を失っていた。
「馬鹿な……!」
自分が、ずっとやっていた研究。諦めたくはなかったが――菌だけ消すなんて、不可能だと。
結論は頭の中にうっすらと浮かんでいた、はずだった。
それが、今、目の前で揺らいでいた。周囲の人々も、息を呑む。
「なんだ、あれ」
「光る、鎧……?」
「人、なのか……?」
リンネは少し固まっていたが、すぐに目の前の黒い塊に視線を戻す。その瞬間。右手へと光が集まった。
白金色の粒子が収束していく。
「――ソーラーソード」
リンネの手へと、収まった。黒い塊が、その光に反応するように脈打ち、少し後退する。
一瞬にして、空気が、変わった。
リンネは、静かにソーラーソードを構えた。
そして、次の瞬間。
姿が、消える。
「――え?」
ミリスの声より早く。白い閃光が、通りを横切った。黒い塊の中央へ、白い斬線が走る。
一拍遅れ、重い衝撃音が響き、黒い塊が大きく裂けた。
「なっ……!?」
冒険者たちが目を見開く。
今度は、切断面から、黒い煙みたいな粒子が溢れ、塊そのものが苦しむみたいに動き回る。
リンネは少し離れた場所へ着地する。石畳が、衝撃でひび割れていた。
「斬れた……?」
「さっきあんなに硬かったのに……!」
周囲がざわめく。
次の瞬間。黒い塊の表面から、細い触手みたいな黒が、一気に周囲へ伸びる。
「っ、来るぞ!」
リンネが叫ぶ。
触手は、逃げ遅れた荷車へ叩きつけられ、その木材が砕け散る。
「ひっ……!」
近くにいた子供が、足を止めたまま固まっていた。
「走れ!!」
冒険者の男が飛び込み、子供を抱えて転がる。黒い触手が、すぐ横の地面を砕いた。
「戦える者は一般人を下がらせろ!!」
「弓矢は牽制だ! ダメージは通らない!」
さっきまで混乱していた冒険者たちが、叫びながら動き始める。リンネは、一瞬だけ目を見開いた。
この街の連中は、ちゃんと自分たちで、“戦おうと”している。
黒い塊が再び膨れ上がる。裂けた部分が、無理やり再生しようと変形していた。
「……まだか」
白い鎧は街の全員の視界から再び消え、白い残光だけを残して、黒い塊へと一直線に飛ぶ。
そしてソーラーソードが振り抜かれた瞬間。
「……っ?」
リンネの視線が、一瞬だけ止まる。
剣の刃先が、ほんの僅かに
――欠けていた。
「なに……?」
一瞬の隙。その間に、黒い塊が脈打ち、地面から黒い杭のような突起が噴き出した。
「リンネさん!!」
ミリスの叫び。
リンネは咄嗟にソーラーシールドを展開しようとするが、黒い杭はもう体に触れる直前だった。もう、間に合わない。
全身に力を入れ、受けようとした瞬間――
「危ねぇ!!」
盾を持った人がこちらに近づき、盾を構え、全力でリンネへぶつかった。
――ギィン!
横に大きく吹き飛ばされる。
離れた場所でシズクが、吹き飛ばされるリンネの、剣を見て言う。
「……力は、完全じゃ、ない。やはり菌は、消えぬ。なら、なぜ状態が……?」
黒い塊は、止まるどころか、さらに巨大化し始める。リンネは立ち上がり、拳を握る。その拳の中に、ちくり、とした痛みを感じた。
だが、リンネは剣を握り直した。
「……っ」
ソーラーソードが振り抜かれ、黒い塊の側面を深く斬り裂く。
――ズガァン!!
衝撃が通りを揺らした。黒い粒子が吹き飛ぶ。だが、切断面は少しして再生する。
「なんなんだよあれ!!」
「あれでも無理かよ……!」
冒険者たちの声が街に響く。
リンネは舌打ちする。斬れている。普通に攻撃するより確実に効いている。なのに、終わらない。黒い塊の表面が泡立つように盛り上がった。
次の瞬間。また無数の黒い杭が、地面から一斉に突き出した。
「うわぁっ!!」
人々が悲鳴を上げる。冒険者たちが盾を構え、必死に押し返す。リンネが再び飛び込もうとした時だった。
「……待て」
シズクの声が聞こえてリンネが止まる。シズクは、黒い塊の一部をじっと見ていた。
「再生速度が……違う?」
「なんだ?」
ミリスも目を向ける。黒い塊の一部だけ、再生が遅れていた。そこには、青い火が小さく残っている。
「あ……」
ミリスが、自分の手を見る。さっき、杭が飛び出した瞬間、咄嗟に撃った小さな炎。
あれが、偶然当たっていた。
「あ、あれ、ぼくの火……? さっき怖くて咄嗟に……」
シズクの目が細くなる。そして、少し考えこんでから、リンネの方を向く。
「……なるほど。おい、おぬし! 最初はその力で斬れたが、もうおぬしだけでは再生される!」
「なに……なら、どうする!」
「斬った瞬間に、ミリスの炎で再生を止めるんじゃ……!」
ミリスがびくっと肩を震わせる。
「えっ!? ぼ、ぼくがですか……!?」
「そうじゃ! なぜかは知らぬが、おぬしの炎の触れている部分は再生が遅い!」
黒い塊が再び膨れ上がる。通りの奥では、まだ避難が終わっておらず、子供を抱えた女が転び、誰かが手を伸ばす。
「早く行け!!」
「時間を稼げ! 無理はするな!」
怖がりながら、震えながら。
この街を守ろうとしている。
「……っ」
白い鎧が跳び、ソーラーソードが触手を斬り飛ばす。
――ピシッ。
「……!」
その直後に、剣先の欠けが広がった。
リンネの動きが一瞬止まる。その隙を狙うように、黒い杭が噴き出した。
「今じゃ!!」
「リンネさん!!」
シズクが合図をすると、ミリスの声と共に青い炎が黒い切断面に現れる。それは、普通なら、脅威にもならない程度の小さな、弱い炎。
だが、黒い面へ触れた瞬間。
――ジュッ。
黒が、音を立て再生が止まる。
「……効いた?」
ミリスが目を見開く。
リンネが顔を上げると、黒い塊の奥に脈打つ“核”のような部分が見えた。
あそこだ。
ただ、前を見る。
恐れながらも、戦う冒険者。
泣きそうになりながらも、炎を放つミリス。
危険でも、必死に解析を続けるシズク。
「俺しか、いないなんて……いつからだろうな」
青い炎が、核の再生を止める。
「っ……燃えて……!!」
リンネの蒼いバイザーが、真っ直ぐ前を見据えた。次の瞬間。白い残光が、一直線に、再生が止まった黒を貫く。
――ゴボォ!
黒い塊が、崩れていく。だが――
「も、もう消えそうです……!」
ミリスの青い炎が大きく揺れ、薄くなる。
だが、その声を聞いた瞬間には、もうシズクが動いていた。そして小さな瓶を炎に投げる。側面には、『助燃性』と書いてあるのが見えた。
――パリィン!
大きな音が響いた、その時。青い炎が再び燃え上がり、最初よりもさらに大きく燃え広がる。そして、少しすると黒い塊は液体に溶け、蒸発するかのように消えていく。
「研究しないといけないことが……増えたのぅ」
シズクが、リンネとミリスを交互に見て、呟いた。




