第五十八話
店の扉を開けると、頭上で小さな鈴が鳴った。
音と共に、ふわりと甘い匂いが広がる。
クッキーの入った大きな棚が店の壁の全面に設置されていた。
棚の中にあるクッキーは、丸いものや、虹色のもの。キラキラした砂糖がかかったもの。など、一つ一つが違う。
「……わぁ」
ミリスが、小さく声を漏らした。
その声を聞き、店の奥にいた店員が笑う。
「いらっしゃいませ。言ってもらえれば、試食もできますよ」
「あっ……は、はい……」
ミリスは慌てたように頭を下げる。
リンネは静かに店の中を見回した。さっきまでと違い静かで、落ち着く空間だった。
「……結構あるんだな」
「そうなんです。新作増やしたばっかりなんですよ」
店員はそう言いながら、焼きたてらしいクッキーを並べていく。
ミリスは棚に近づいては止まり、別の棚を見て、また視線を逸らす。リンネは少し見てから、近くの棚へ目を向ける。
「……どれがいい?」
「えっと……!」
ミリスが勢いよく振り向く。
「ぼ、ぼくは本当にどれでも……リンネさんと同じやつでいいですよ」
「俺とお前で、好きな味だって違うだろ」
リンネは棚をぐるっと一周見渡しながら、苦笑する。
「別に急いでる訳じゃないし、ゆっくり決めたらどうだ?」
「……っ」
ミリスは小さく視線を逸らした。
「……でも、ぼくなんかが」
「“ぼくなんかが”って……クッキー選ぶのに資格なんているのか」
ミリスが、一瞬だけぽかんとした顔になる。
店員も思わず吹き出した。
「ふふ……そんな店だったら怖いですね……!」
ミリスは少し慌てたように俯く。
「す、すみません……!」
「別に謝ること言ってないだろ」
リンネは少し息を吐く。
その声は、いつもより柔らかかったような気がした。
ミリスは恐る恐る、もう一度、全部の棚のクッキーを一つ一つ、じっくりと見ていく。
形から、色、大きさまで本当に様々な種類があった。一つの棚を見終わり、次の棚を見始めた、その時。ミリスの視線が、止まった。
視線の先にあったのは、青い砂糖がかかっていて、白いチョコの線がかかっている、星のような形をした、小さなクッキー。
「……」
指が、少しだけ動く。
「どれが、気になってるんだ?」
「……えっ!?」
ミリスは戸惑ったように目を泳がせ、それから、小さく口を開いた。
「……その、青いの」
声はかなり小さかった。
リンネは視線を向ける。
星型のクッキーだった。
「これか」
「なんか、綺麗で……」
ミリスは少し恥ずかしそうに言う。
「そら、みたいだな」
「……あ」
ミリスが目を瞬かせる。
リンネは、自分で言ってから少しだけ気まずそうに視線を逸らした。
「……いや、なんとなくだ」
リンネは少し視線を逸らし、そのまま別の棚へ目を向ける。
「……俺も、選ぶか」
そう呟きながら、棚の中を見ていく。
隣では、ミリスがさっきの青い星型のクッキーをまだ見ていた。
「リンネさんは、どんなの好きなんですか?」
「どんなのが好き……か」
聞かれて、一瞬止まる。
「……考えたことなかったな」
「えっ、甘いもの食べないんですか?」
「嫌いじゃない。でも……甘すぎるのは少し苦手かもな」
リンネが真顔で返すと、ミリスは思わず吹き出した。
「ふふっ……」
リンネは少しだけ目を細める。
それから、棚の端に置かれていたクッキーへ手を伸ばした。
そのクッキーは、少し焼き色が濃く、表面に細かいナッツが散っている。
「……これにするか」
「おお、渋いですねぇ」
店員が少し楽しそうに笑う。
「それ、甘さ控えめで人気なんですよ」
「へぇ」
リンネはクッキーを見下ろす。
「じゃあ、これと……」
それから、ミリスの持つ青い星型を見る。
「これを、二つずつくれ」
リンネが指差すと、店員は笑顔で頷いた。
「はい、107番と56番を2つずつですね。ありがとうございます」
店員は紙袋を広げ、クッキーを丁寧に包んでいく。それを受け取ると、ほんの少しだけ温かさが手に残った。
「またのお越し、いつでもお待ちしております!」
店を出ると、通りにはまた人の声が広がっていた。
リンネは袋を開け、中から青い星型のクッキーを1つ取り出す。
「ほら」
「ありがとうございます……」
さらにリンネは、ナッツが散りばめられたクッキーも差し出した。
「これも」
「い、いや……! それ、リンネさんのなんですから、ぼくはこれで……!」
リンネは少しだけ首を傾ける。
「いろんな味、食べた方がいいと思ったけど」
「あっ……」
「嫌だったか? もしそうなら、青いの2つ渡すが」
ミリスは慌てて首を振った。
「ち、違います……! 嫌じゃ、ないです」
それから、小さくクッキーを見る。
「……むしろ、ありがとうございます」
ミリスは、小さくクッキーを見る。そして、ゆっくりと一口かじる。
さく、と小さな音が鳴った。
「……あ」
ミリスの目が少しだけ開く。
「美味いか?」
「……はい。なんか、甘すぎずに食べやすくて……!」
ナッツの香ばしい匂いが、ふわっと広がる。ミリスは少し驚いたように、もう一口食べた。
リンネも、自分のクッキーを口へ運ぶ。
「……甘くないけど、美味しいな」
「ですよね……!」
ミリスは、嬉しそうに頷く。そのあと、今度は青い星型のクッキーを見る。
青い砂糖が光を受けて、小さくきらきらしていた。一口、食べる。
「……!」
「そんな違うのか?」
「こっちは、甘さが美味しいです……! リンネさんも食べてみてくださいよ」
「いや、それは宿で食べる」
甘い砂糖の匂いが、袋の中から漂っていた。




