表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
57/97

第五十七話

 シズクの言葉が頭に浮かぶ。

 “おぬしがいなければ成立せん世界など、最初から歪んでおる”


 リンネは通りを見渡す。

 すると、道の端で、小さな子供が泣きそうな顔で小さくなっているのを見つける。

 そして、ゆっくりと近づいていく。


「り、リンネさん……?」


 ミリスは、少し驚いたような顔になる。リンネは子供に近づくと、優しく声をかける。


「……どうしたんだ?」

「うぅ……ままが……いないのぉ……」


 涙を堪えきれず、子供は袖で目を擦る。

 リンネはしゃがみ込み、なるべく目線を合わせる。


「……はぐれたのか?」

「ひっく……わかんないぃ……」


 上手く話せていない。焦って聞いても、余計泣くだけだろう。


「……とりあえず、誰か知ってそうなやつ探すか」


 立ち上がり、子供の小さな手を引く。道のすぐ横には果物屋があった。木箱に赤や黄色の果物が並び、店主の女が値札を直している。


「いきなり悪い。この子の親、知らないか?」


 店主は子供の顔を見る。


「んー……見覚えないねぇ。迷子かい?」

「多分そうだ」

「うーん……」


 店主は通りを見回すが、首を振った。


「少なくとも、うちの周りじゃ見たことないかなぁ」

「……そうか。ありがとう」


 リンネは小さく息を吐く。子供はまた目を拭っていた。

 その時、リンネは少しだけ考えてから、子供へ視線を戻した。


「……好きなもんは?」

「……ぇ?」

「母親と、どこ行こうとしてたんだ」


 子供は鼻をすすりながら、やがて、小さく口を開いた。


「おさかな……」

「魚?」

「あつあつで……きいろいの……」


 リンネは眉を寄せる。


「……焼き魚か?」

「ちが……うぅ……」


 子供はまた泣きそうになる。

 リンネは困ったように頭を掻いた。


「なんだそれ……」


 少し、考え込むがわからない。だが、その時。ミリスが小さく目を瞬かせた。


「あ……もしかして」


 リンネが振り向く。


「たい焼き、じゃないですか? 黄色って、カスタードの……」

「あ……!」


 リンネの中で、情報が繋がる。


「なあ、この辺でたい焼きを売ってる店あるか?」


 果物屋の店主へ聞くと、店主は一瞬首を傾け、すぐに頷いた。


「たい焼き? ああ、それならそこの角だ。“まるふわ屋”って名前で、甘い香り出してる店だよ」

「……行くか」


 リンネは子供の手を軽く引く。子供はまだ少し不安そうで、歩く速度は、遅かった。

 通りを歩いていく。


 広場を抜けると、甘い匂いが風に混ざって流れてきた。


「あっ……!」


 子供が顔を上げる。

 その視線の先には、小さな店があり、看板に大きな文字で『まるふわ屋』と書いてある。

 鉄板の上で生地が焼ける音が響き、店の前には数人並んでいる。


「ここか」


 リンネが近づくと、店主の男が顔を上げた。


「ん? どうした兄ちゃん……って、おや?」


 男は子供を見ると、少し目を丸くする。


「この子の親、見たことあるか?」

「あるも何も、いつも来てるさ」


 子供はその声を聞いて、少しだけ安心したように店主を見る。


「街の中で迷子だったんだ。見てないか?」

「今日はまだだなぁ……でも、多分探し回ってるぞ」


 店主は鉄板を見ながら、すぐに続けた。


「この子なら、こっちで預かっとくよ。母親もまずここ探しに来るだろ」


 リンネは少しだけ子供を見る。


「……大丈夫か?」

「うん……」


 子供は小さく頷いた。

 店主は笑いながら頭を掻く。


「ありがとな、兄ちゃん」


 言葉を聞き、その場から少し離れる。ミリスも、後ろについて歩き出した。


 しばらく二人で通りを歩く。

 朝の光が石畳へ落ち、人々の影がゆっくり伸びていた。


「……見つかって、よかったですね」


 ミリスが小さく言う。


「ああ」


 リンネは前を向いたまま答える。


「……俺じゃなきゃ、できないことじゃなかった」


 通りの向こうでは、商人が笑いながら荷物を運んで、誰かが呼び込みをして、子供が走っていく。


「でも。俺でも、解決できた」


 ミリスは、その言葉を聞いて少しだけ目を開く。


 リンネは曖昧に笑う。


 戦ってない。

 変身もしてない。

 でも、助けられた。


 そんな当たり前のことに、今さら気づいた。




 そのあとも、リンネとミリスは街を歩いていた。


 特に目的地はない。

 ただ、人の流れに混ざるように歩いていく。


 道の端では露店が並び、焼いた肉の匂いが漂っている。子供たちが集まって遊んでいる。


「……平和ですね」


 ミリスが小さく呟く。


「まあ、これが普通だとは思うけどな」


 その時――


「そこの兄ちゃん、ちょっと押してくれ!」


 通りの横で、荷車に積まれた樽が石畳の段差に引っかかっていた。

 ガタイのいい男が困った顔で押しているが、揺れるだけで止まっていた。


「……ここか?」

「やってくれるか!? そこでいい!」


 荷車の後ろへ手をかける。

 ぐ、と押すと、車輪が段差を越えた。


「助かった!」


 その男は、豪快に笑う。


「ありがとな兄ちゃん! 見た目より力あるな!」

「……大したことじゃねえよ」

「ん……? あぁ、それじゃあな!」


 リンネは苦笑しながら手を離す。男はまた荷車を引いて去っていった。


 リンネは自分の手を見る。

 力を入れたせいで、まだ少し赤かった。


 でも、そのまますぐに歩くのを再開する。


 街には、何も特別なものはない。それなのに、何か歩く理由がある気がした。


「あっ……」


 しばらく歩いていると、ふとミリスの視線が、小さな店へ向いた。


 ガラス越しに、様々な色のクッキーが、沢山並んでいる。


「……」


 でも、ミリスはすぐに視線を逸らした。

 リンネは、その横顔を見る。


「……入るか?」

「えっ」


 ミリスは慌てたように首を振る。


「い、いや……ぼくは別に……行かなくても大丈夫ですよ?」

「……」


 リンネは少しだけ考え、それから、言い直した。


「俺は、ちょっと気になった」

「えっ……」

「ミリスは、どうだ?」


 ミリスは目を瞬かせる。少し迷ってから、小さく口を開いた。


「……じゃあ、行きます」


 そのあと、申し訳なさそうに続ける。


「す、すみません……」


 その顔を見て、リンネは一瞬だけ、わざとらしいくらい口角を上げた。


「美味いのあるといいな……!」


 ミリスは、少しだけ目を丸くする。

 それから、小さく笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ