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第三十四話

 校門を出ると、風が少しだけ強くなった。


 校舎の中とは違う、ちゃんと“ばらつきのある音”が耳に入る。

 葉の擦れる音も、遠くの話し声も、どこか不揃いで――


「……普通だな」


 小さく呟く。


「普通、ですか?」


 ミリスが横から覗き込む。


「ああ。さっきまでと違ってな」

「……よく分かんないですけど、外の方が落ち着きますね」


 ミリスはそう言って、小さく息を吐いた。


 その様子を、シズクは横目で見ている。


「外は“揃っておらぬ”からの」

「揃ってない方が、いいんですか?」

「……さての。どちらが良いかは、立場次第じゃ」

「立場……」


 ミリスは少しだけ考え込む。


「私は、揃ってない方がいいです」


 すぐに出た答えだった。

 その言葉に、シズクがわずかに笑う。


「今は、じゃの」


 街へ続く道は、人通りも少なく、静かだった。

 ふと、ミリスが足を止める。


「……あ」


「どうした」

「いえ、なんか……」


 視線は、道端に向いている。


 小さな蟻の列だった。

 規則正しく、同じ方向へ進んでいる。


「……綺麗だなって」

「綺麗?」

「はい。無駄がなくて」


 しゃがみ込み、じっと見つめる。


「全員同じ動きで、同じ方向に進んでて……」


 その指先が、ほんの少しだけ蟻の列に近づく。


「ミリス」


 名前を呼ぶと、動きが止まる。


「……あ」


 すぐに手を引いた。


「すみません、なんか……」


 立ち上がる。


「ぼーっとしてました」

「そうか」


 シズクは、楽しそうに目を細めていた。


「良いのぉ」

「え? 変なこと言ってましたよね」

「いや、実に理に適っておる」


 軽くフラスコを揺らしながら言う。


「揃いは美しい。効率も良い。無駄がない……ただし」

「ただし?」

「人間がそれをやると、壊れるだけじゃがな」


 ミリスは少しだけ黙る。


「……壊れる、ですか」

「おぬし、さっき“良い”と思ったじゃろ」


 ミリスは、ゆっくりと視線を落とす。


「……それ、やっぱり変ですよね」

「変、かどうかは知らぬ」


 シズクは肩をすくめる。


「ただ、“人間向きではない”だけじゃ」


 蟻の列が、少しだけ乱れる。すぐに、また整う。

 ミリスはそれを、しばらく見ていた。


「……でも」


 小さく、呟く。


「ちょっと、分かる気がするんですよね」


 その言葉は、誰にも向けていなかった。

 俺も、シズクも何も言わない。


 ただ、その沈黙の中で。

 ミリスだけが、ほんの少しだけ楽しそうに見えた。




 その日の夕方。

 宿の一室で、三人は顔を合わせていた。


「森か」


 テーブルに広げられた簡単な地図と、一枚の依頼書を見ながら、俺は呟く。


「最近、強い魔物が出るらしいの。こっから往復で1日くらいじゃな。被害も出始めておる」

「ただの魔物じゃないんですか?」


 ミリスが首を傾げる。


「ただの、で済めばよいがの。そいつのせいで生態系が崩れとる。そんなやつが通常なわけなかろう」


 俺は地図から目を離す。


「……行く」

「一人で、ですか?」


 ミリスの声は、少しだけ早かった。


「確認だけだ。長くはかからない」

「でも――」


 言いかけて、止まる。

 ミリスは少しだけ視線を落とす。


「……別にぼくたちには関係ないんじゃ?」

「それでも、街が危険になるかもしれない」

「……効率、悪いですね」


 ミリスは、小さく呟く。


「……何?」

「いや」


 すぐに顔を上げて、笑う。


「なんでもないです。気をつけてください」


 その笑顔は、もういつも通りだった。


「妾は残る。街も、まだ面白そうじゃしの」

「面白そう、って……」

「観察対象がおるじゃろ」


 ちらりと、ミリスを見る。


「……え?」

「気にするな。リンネが戻るまでの間、暇はせぬ」

「……すぐ戻る」


 それだけ言って、部屋を出る。

 扉が閉まり、足音が遠ざかる。


 しばらくして、完全に聞こえなくなる。


「……行きましたね」

「行ったの」


 シズクは、フラスコを軽く揺らす。

 静かな部屋で二人だけの空間。


「……なんかさっきの、ちょっと嫌ですよね」

「どれじゃ」

「……効率、とか言ったやつ」


 自分の口元に手を当てる。


「なんであんなこと言ったんだろうって」


 少しだけ笑う。


「別に、気にしてはないんですけど」


 その言い方が、妙に軽い。

 シズクはじっと見ている。


「気にしておらぬのか」

「はい」


 即答だった。


「だって、間違ってない気もしますし」


 ――その一言。

 空気が、ほんの少しだけ変わる。

 シズクの口元が、ゆっくりと歪む。


「そうか」


 楽しそうに言う。


「なら、しばらく観察させてもらうとするかの」

「観察、ですか?」

「やっぱり、さらに面白くなる」


 ミリスは少しだけ首を傾げて、それから笑った。


 その笑顔は、やっぱり普通で。

 どこかだけが、違っていた。

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