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第二十六話

 宿の部屋のドアの閉まる音が部屋に響く。

 僅かな静寂の後、ミリスが口を開く。


「あの……やっぱり、おかしくないですか?」


「……確かに違和感はある。だが、それでなにか変わるわけじゃない」


 ミリスは少し俯く。


「……そう、ですか」


 しばらく沈黙が落ちる。


 窓の外は静かだった。

 静かすぎて、時間の感覚が薄くなる。


「……明日に備えるぞ」


 それだけ言って、視線を外した。


 朝の光が、宿の薄いカーテン越しにじわりと差し込んでいた。


「……結局、今日じゃないんですよね」


 ミリスがベッドの端に座ったまま、小さく呟く。


「そうだな」


 部屋の中は妙に整っていた。昨夜から何も変わっていないはずなのに、時間だけがやけに長く感じる。


 ミリスは少しだけ視線を落とす。


「なんだか……落ち着くのに、落ち着かないです」

「慣れてないだけだ」


 そう言って俺は窓の外を見る。


 街はまだ目を覚ましていない。ただ、遠くの方で誰かが動いた気配だけが一瞬だけ揺れて、すぐに消えた。


 静かすぎる。


 音がないというより、音が“必要ない場所”みたいだった。


 ミリスはその空気に少しだけ肩をすくめる。


 短い沈黙。


 やることがないわけじゃないのに、何をすべきかがはっきりしない時間だけが残る。


 俺はベッドの縁に腰を下ろし、地図の紙を軽く広げる。


 学園は丘の上。距離は近い。


 近いのに、やけに遠く感じる場所だった。


 ミリスはその横で、窓の外を見たまま小さく息を吐く。


「……明日、ちゃんと行けるんでしょうか」

「行くしかないだろ」


 それ以上の言葉はない。


 外では、ようやく誰かが通りを歩く音がした。


 夜になると、再び静けさが街を包み始める。


 今日は一日、宿にいた。

 昼までは地図を細かくみたり、どうやって行くか話したりしていた。


 昼になると、地図を閉じ、会話はほとんど進まないまま、時間だけがゆっくり流れる。


 外は相変わらず静かで、誰かの声が遠くで途切れては消えていく。


 結局、特に何かを決めるでもなく、軽く食事を済ませてベッドに横になった。


 夕方になると、学園から制服が届く。着てみたら、なぜかサイズはぴったりだった。まるで、機械で測ったかのように。


 電気を消す。

 部屋も、街と街と同じ暗闇に沈む。


「ついに……ですね」


 ミリスがベッドの中で静かに呟く。


「ああ……学園、とはいっても目的は調査だ。あまり緊張するなよ」


 俺がそういうと、ミリスは少し安心したように息をはく。


「それじゃあ……おやすみなさい」

「おやすみ」


 そして、2人の意識はすぐに沈んだ。


 丘の上にあるその建物は、遠目にも分かるほど整っていた。


 白い外壁。無駄のない構造。風に揺れる木々すら、すべて計算された配置に見える。


「……ここが」


 ミリスが小さく呟く。


 門の前には誰もいない。警備も、受付もない。ただ、扉だけが開いている。


「歓迎、されてる感じがしないな」

「でも……嫌な感じもしないですね」


 ミリスは少し首を傾げた。確かに、違和感はあるのに、不快ではない。


 むしろ、どこか落ち着く。

 ――それが一番気持ち悪い。


 中に入ると、廊下は静かだった。

 足音が吸われるように消えていく。


 すれ違った生徒が軽く会釈する。


「こんにちは」


 ただそれだけ。

 まるで、いつも会っている友達にでも会ったように。


 一瞬だけ目を細めたが、それ以上何も言わなかった。


 俺は昨日、役所でもらった紙を広げる。


『明日午前8時 1-μ教室』


 何度も確認したその紙には、その文字が簡単な地図とともに記されていた。


「ここで、あってますよね……?」


 2人は教室の前で立ち止まった。

 教室のドアに小さく 1-μ と記されている。


「ああ。ここで合っているはずだ」


 俺はドアを音を立てて開ける。


 教室の中には、大体40人くらいの生徒が座っていた。そして、黒板の前には先生らしき人物がいる。


「よし、予定通り来たね」


 先生がそう言うと、座っている生徒たちはザワザワし始める。


「え……?」

「誰?」

「なんだ…?」


 そして、先生は大きな声で言う。


「みんなには内緒にしていたが転校生が来ました!」


 そう言うと、ざわめきは一瞬で歓声に変わる。


「え!? 転校生!?」

「すげぇ!」

「あっちの子可愛くね?」

「すごいサプライズ!」


「それじゃあ、一旦少し静かに」


 先生がそう言うと、歓声はすぐに収まり、静まり返る。


「それじゃあ、自己紹介をしてもらおう」


 先生が言い終わると、俺は教室の中に入り、黒板の前まで歩く。ミリスも少し遅れてついてくる。


「俺の名前はリンネだ。よろしく」


「ぼ、ぼくはミリスです……みなさん、えっと……よろしくお願い、します……」


 ミリスが言い終わると、拍手の音だけが教室を包む。


「よし、それじゃあそこの空いている席に座ってもらおうか」


 先生が指で差したところは、教室の中央、2人分だけ横並びの席だ。そこの部分だけ誰も座っておらず、ポツンと空いていた。


 そこに座ると、先生はチョークを手に持つ。


「よし、じゃあ授業やるぞー」


 そして、黒板の左上に、文字を書く。


『菌と人類の関係論理』


 菌、と言う単語が出た瞬間、ミリスは目を見開いた。だが――


「えー、まず菌と言うのは大きく二種類に分けられ、それが真菌と細菌である。だが、最近の研究で明らかになった、Virus耐性別分類の法則から見ると――」


「あれ……? 普通の授業?」


 ミリスが耳に口を近づけ、小さく囁く。


「まあ、菌の研究結果を張り出してた学園だ。別に菌の授業をしててもおかしくない」


 ミリスは納得したように頷き、前を向いて話を聞く。


 そして、そのあと十分ほど経った時、先生がチョークを置く。


「それでは、今日は新規生徒適応日なので、この一限のみで授業は終わりとなります。皆さん、2人に学園を案内してあげてください」


 そこで一呼吸おき、言う。


「それでは、授業はこれで終わります。ありがとうございました」


 先生がそう言うと、教室の空気が一気に動く。


 椅子の音が重なり、視界が埋まる。

 気づけば、周りは生徒に囲まれていた。


「ねえねえ、どこから来たの?」

「前の学校ってどんな感じ?」

「好きなものとかある?」

「寮生活初めて?」

「転校って珍しくない?」


 矢継ぎ早に声が飛んでくる。


 悪意はない。むしろ、全部“純粋な興味”の顔をしている。

 ――なのに、息が詰まる。


「えっと……ぼくは、その……」


 ミリスが言葉を探している間にも、別の声が重なる。


「この学園のこと、もう知ってる?」

「授業どう思った?」

「二人って付き合ってるの?」

「真菌と細菌どっちが好き?」


 俺は一歩だけ前に出る。


「落ち着け、質問が多い」


 一瞬、空気が止まる。

 だがすぐに――


「あ、ごめーん!」

「びっくりさせた?」

「でも気になるよね」


 笑顔のまま、距離だけは変わらない。

 ――引かない。


 その揃い方だけが、妙に引っかかる。

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