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第二十四話

 ちょうど朝六時、この街に残る、唯一の城跡、旧英雄城跡に俺とミリスはたどり着いた。


 そこは、朝焼けの中でも静かだった。

 ――静かすぎて、気持ちが悪い。


 崩れた石柱。半壊した階段。かつて何かがあったはずの空間だけが、妙に広く残っている。


「……ほんとに来るんですか」

「来る」


 風が一度だけ通り抜ける。


 その瞬間。

 空気が、落ちた。


「……逃げないか」


 声は、上からではなく、横からでもない。


 最初からそこにあったみたいに、自然に響いた。

 そこには、レインが、旧英雄城跡の中央に立っていた。


 昨日と同じ、黒い鎧。

 だが、どこか違う。


 圧が、鋭すぎる。

 まるで感情が削ぎ落とされているように。

 レインの視線が、刺さる。


 それでも、俺は一歩前に出る。


「リンネさん……!」


 ミリスが俺の手首を、少し冷たい手で掴む。


「下がってろ……大丈夫だ」


 短い返事を返す。

 一瞬、握る力が強まる。

 だが、すぐに手を離した。


 そして、次の瞬間。


「もういいな、始める」


 地面が割れる音より早く、距離が消えた。


「っ……!」


 反射で構える。


 視界で捉えるより先に、強い衝撃だけが体を襲う。


 衝撃が空間全体に広がった。

 ミリスが思わず後ろに飛ばされる。


「くっ……!」


 体勢を崩しつつも剣を振るう。

 だが、その剣は空を切った。

 ――明らかな違和感。


 重い。


 昨日より明らかに、レインの動きが“綺麗すぎる”。


 揺れがない。

 迷いもない。


 「結局、お前は悪だ」


 レインの声が、間近で落ちる。

 気がつくと背後を取られていた。

 振り返る。

 レインはその時、すでに剣を振り上げていた。


「ソーラーソード……!」


 俺も咄嗟に剣を振るう。


「っ……!」


 火花が散る。

 その瞬間だった。


 レインの動きが止まる。


 ほんの一瞬。

 呼吸が、乱れた。


「……っ……違う」


 小さく、漏れる声。

 バイザーの奥で、赤い光が揺れる。


「正義は……」


 拳が震える。

 次の瞬間。


「違う」


 空気が戻る。

 再び、冷たい、戦闘機のような動き。


「お前は悪だ。お前は……悪だ」


 その声はほんの少しだけ遅れていた。

 ミリスがその違和感に気づく。


「リンネさん……今の……」

「分かってる」


 視線を外さない。

 レインの中で、何かが“噛み合ってない”。


 その時――

 レインの胸元が、わずかに光った。


「……っ」


 レイン自身が、それに反応する。


「やめろ……」


 小さな声。

 しかし次の瞬間。


 黒い霧が、鎧の隙間から滲み出た。


「なんですか、あれ……!」


 ミリスが後ずさる。


「違う……お前は……」


 その瞬間。

 レインの動きが完全に止まる。


 レインの鎧が、割れ始めた。

 黒い霧が、さらに漏れる。


「なんだ……これ……」


 次の瞬間。


 世界が、歪む。


「たすけ――


 レインは悲鳴に近い声を上げようとする。


 だが、その声は最後まで発せられることはなく、レインの体は、霧のように崩れた。


「待て……!」


 声も届かない。


 ただ、そこに残ったのは崩れた空間と、冷たい朝の風だけだった。


「……消えた……?」


 ミリスが呟く。

 その直後。


「――培養完了」

「っ……!」


 聞き覚えのある声が響く。


「どこだ!」


 俺は思わず叫ぶ。


 ミリスの肩がびくりと震える。

 周囲を見回すが、誰もいない。


 風が吹く。

 だが、その風の中に、確かに“異物”が混じっていた。


 俺は視線を動かさない。


「……出てこい」


 低く、抑えた声。


「レインに、何をした」


 そして――


「相変わらず察しが悪いな」


 声が、すぐ後ろから落ちた。


「……っ!」


 ミリスが振り返る。

 だが、そこにもいない。


「……姿も見せられないのか。それとも。見る権利もない、ってか」

「……感染症を撒くだけの遊びは、もう飽きた」


 その言葉に、空気がわずかに歪む。


「同じ結果しか生まない」


 声は淡々としている。


「だから変えた。もっと面白い方法に」


 ミリスが息を呑む。


「面白い……って……」

「人間の心とは優秀なものだ」


 重なるように、声が続く。


「恐怖、憎悪、正義感。どれも、菌を増やすには最適だ」


 拳が、わずかに強く握られる。


「……レインは、その実験か」

「そうだ」


 返ってきたのは、あまりにも軽い肯定だった。


「“培養器”としては悪くなかった」


 ミリスの顔が強張る。


「そんな……人を……」

「人だと? ……ただの、容器だ」


 空気が、冷たく落ちる。


「壊れれば、価値などない」


 俺の視線が、ゆっくりと細まる。


「……壊したのは、お前だろ」


「違うな、望みを叶えてやったんだ。正義、だったか?」


 嘲るような気配。


「実に培養しやすい。与えるだけで勝手に増殖したのだからな」


 ミリスが一歩下がる。


「レインさんは……! 助けようとしてたのに……!」


「だからだ」


 重ねるように返る。


「自分を“正しい”と思っているものほど、よく増える」


 ゆっくりと口を開く。


「……あいつは、人間だ」


 低い。

 押し殺した声。


「お前の実験材料じゃない」


 空気が張り詰める。

 だが、返ってくる声は変わらない。


「壊れた。だから、捨てた。それの、何が悪い?」


 音が、消える。

 風すら止まったような錯覚。


 ミリスが息を止める。

 俺は、動かない。

 ただ――


「……ふざけるな」


 静かに、落ちた。


「壊して、捨てるだと……?」


 視線が、何もいない空間を射抜く。


「……ヘヴィクム」


 その名前が落ちた瞬間、

 空気の奥で、わずかに何かが揺れた。


「……どこに、いる」

「どこでもいいだろう」


 軽く言う。


「重要なのは――」


 一拍。


「次は、もっと良い結果を出すということだ。あいつは失敗だったが、収穫はあった」


 拳が、さらに強く握られる。


「……次は、どうするか」


 ヘヴィクムのその言葉には、楽しそうな気配が混じる。


「もう、やらせない」


 静かに、だが、確かに強く言う。


「そんなに嫌なら、前みたいに力で示せばどうだ?」


 ヘヴィクムが笑いながら言うと、風が、強く吹き抜ける。


 次の瞬間。

 気配は、完全に消えていた。


「……っ」


 ミリスがその場に立ち尽くす。

 俺は、少しだけ目を閉じる。


 もう、何もいないはずなのに。

 “見ている”気配だけが残っていた。

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