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第二十二話

 ミリスと二人で通りを歩いていると、ざわめきが耳に入る。


「……悪魔レインが……」

「やめろ、聞かれるぞ……」


 小さな声。

 だが、確かに聞こえた。


「……ミリス」


 呼ぶと、気づいたように頷く。


「はい……今の……」


 俺は、近くにいた男に声をかける。


「少しいいか」


 男はびくりと肩を震わせる。


「……なんだ」


「“悪魔レイン”っていうのは、なんだ」


 その瞬間。

 男の顔が、目に見えて強張る。


「……知らねぇ」


 視線を逸らす。


「関わるな」


 それだけ言って、立ち去ろうとする。


「待ってください!」


 ミリスが思わず声を上げる。

 男の足が、止まる。

 だが、振り返らない。


「……あれは、人じゃない」


 押し殺した声。


「あんなの……」


 言葉が、途中で切れる。


「……もういいだろ」


 低く吐き捨てる。


「聞くな。言ったら……」


 一瞬だけ、言い淀む。


「……殺される」


 その一言だけ残して、男は早足で去っていった。


「……」


 沈黙が落ちる。

 ミリスが、小さく呟く。


「な、なんなんですか……それ……」


 俺は答えない。


 ただ、さっきまで男が立っていた場所を見ている。

 ――人じゃない。


 その言葉だけが、妙に残る。


「……行くぞ」

「え?」

「このままじゃ、何も分からない」


 視線を巡らせる。


 通りの奥。

 人目の少ない、細い路地。


「話すなら――ああいう場所だろう」


 ミリスは一瞬だけ迷い、それから小さく頷き、人目を避けるようにして路地へ入る。


 外のざわめきが、少し遠ざかる。


 湿った空気。

 誰もいないはずなのに、どこか視線を感じる。


「……さっきの人、追わないんですか?」


 ミリスが小声で言う。


「ああ。追っても、話さない」


 足を止める。

 その時だった。


 奥の影が、わずかに揺れる。


「……知らぬのか?」


 低い声。

 暗がりの中から、別の男が姿を現す。


「“悪魔レイン”を」


 ミリスが息を呑む。


 男は周囲を確認するように視線を動かし、それから口を開く。


「……あれはな」


 一瞬、言葉を切る。


「最初は……助けてた」


 静かに続く。


「変身と呟き、一瞬で黒い鎧になって、目が赤く光り、魔物を倒して……でも、違った」


 声が、わずかに震える。


「暴走して……気に入らないだけで……」


 それ以上は言わない。

 言えないというより。

 言いたくないように。


「……だから」


 男は、こちらを見た。


「関わるな。次は……お前らかもしれん」


 その言葉だけ残して、男は影の中へ戻る。

 足音もなく、消えた。


 ミリスが、震える声で言う。


「そんな……」


 一瞬で鎧が現れる。

 目から光を出す。

 ――“変身”と、呟く。


 背筋が、凍る。


「……レイン、か」


 その名を確かめるように、小さく呟く。

 そして――


「探すぞ」


 それだけ言った。




 通りを進むほど、人の声が濁っていく。


「リンネさん、あれ……」


 ミリスが小さく呟く。


 路地の奥で、数人が荷物を抱えた商人らしき男を囲んでいた。


「違うって言ってるだろ」

「嘘つくなよ」


 押さえつけられた肩が震えている。


「……行くぞ」

「は、はい……」


 俺は短く言い、足を踏み出した。

 その時だった。


「……変身」


 声が、空気の奥から落ちてきた。

 低く、迷いのない声。


 ミリスが息を呑む。


「今のって……!」


 路地の奥。

 影が揺れる。


 その瞬間、影が爆ぜた。


 腕に真っ黒な装甲が走る。脚を覆い、胸を形成し、頭部へと集束する。


 次の瞬間――

 闇は収束し、そこから黒の鎧を纏った戦士が踏み出した。


 商人を囲っていた人々が一歩後ずさる。


 刺々しい赤い装甲が光を弾き、閃いた。


 胸部の少し割れている赤い核が、まるで生きているかのように不気味に脈打っている。


「……レイン」


 思わず声が出る。

 あれが、そうなのか。


 男たちが振り返るより早く、空気が変わっていた。重い圧だけが、場を支配する。


「……そこまでだ」


 レインの声が低く響く。

 目元を覆うバイザーが深い赤に光った。


「その人間から離れろ」

「お前は……」


 一人が恐怖で膝をつく。


 レインが一歩踏み出す。

 それだけで、場の空気が凍る。


「悪いことをした。だから止める」


 男たちの視線が揺れる。


「お、お前には関係ねぇだろ……!」


 次の瞬間、レインの腕がわずかに動いた。


 助けるための動きじゃない。

 止めるためでもない。


「待て!」


 体が先に動いていた。

 俺は咄嗟にレインの前に割って入る。


「それは、違う!」


 レインの視線が、ゆっくりとこちらに向く。


「あいつは悪だ。だから正す」

「違う、それはただの争いだ。お前のやっていることは――」

「正しい」


 言葉を遮るように、言葉が落ちる。

 赤い光が、わずかに強くなる。


「……それ以上、邪魔するなら……お前も、悪だ」


 空気が変わる。


 ミリスが後ろで息を呑む。

 俺は一瞬だけ、目を閉じた。


「本当の正義はそんなことじゃない……変身」


 声は、静かだった。


 白い光が弾ける。

 視界の端が塗り替わるように、世界が変わる。


 白銀の装甲。

 深い蒼の光が、視界の奥で灯る。


 レインの気配が、わずかに揺れる。


「お前……あの時の……!」

 

「何がだ」


 俺は短く言う。


「いや」


 レインは小さく首を振る。


「そんなの、どうでもいい。そこを、どけ」

「どかない」


 反射的に口が動く。


 レインが一歩、踏み出す。

 俺は構えを取る。


「レイン。お前は、何を見てる」


 一瞬だけ、動きが止まる。


「見てる?」


 返ってきた声は、静かだった。


「悪だ。悪を、見てる」

「それは違う。お前は、見えてる範囲が狭い」


 レインの視線が、わずかに細まる。


「……全部、見てない、いや、見ようとすらしていない」


 俺は一拍置き、言う。


「都合のいい部分だけ見て。それを“悪”だと思い込んでる」


 レインは拳を強く握り、肩を震わせる。


「……だまれ。俺が、正しい」


 その言葉が落ちた瞬間。

 空気が、さらに重くなる。


 俺は、一歩も退かないまま、レインを見据えた。


 沈黙が空間を覆う。


 だが、その時――

 レインの胸元の核が、さっきと比べ物にならないくらい早く脈打つ。


 次の瞬間、ドス黒い赤が内部から滲み出すように広がる。


「……っ!」


空気が一瞬だけ歪む。


「うっ、解除……!」


 レインが絞り出したような声で叫ぶ。

 その瞬間、鎧が崩れるように消えた。


 レインの姿がただの人間の形へ戻っていく。


 周囲の人たちは、何が起きたのか理解できずに固まっていた。


「……は?」

「今の……なんだ……?」


 混乱だけが残る。


 レインは一瞬だけその場に立ち尽くし、それから小さく息を吐いた。


 次の瞬間だった。


 俺が視線を向けた時には、もうレインは走り出していた。


 逃げるように。振り返りもせず。


「待て!」


 呼ぶより早く、背中は人混みに消えていく。

追おうと一歩踏み出した、その時――


「リンネさん……!」


 ミリスの声が止めるように響いた。

 震える指が、レインの消えた方向を指している。


「……首」

「え?」

「レインさんの……首元……」


 ミリスの声が途切れる。


「あれは……!」


 そこにあったのは、いくつもの黒い斑点。

 まるで染みついたように、肌の奥に沈んでいる。


「……あれ、あの……でも……なんで……」


 言葉にならない不安が落ちる。

 風だけが、路地を抜けていった。

 ――なにも、わからない。


 ただ一つ、わかること。

 それは、この街にも“あいつ”が何かしたということだけだった。

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