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第二十話

 また叫び声を聞いた。

 また体が先に動いた。


「……変身」


 黒が溢れ、赤が脈打つ。

 気づけば、また倒していた。


「す、すげぇ……!」

「助かった……!」


 同じ言葉。

 同じ視線。


 レインは、ほんの少しだけ胸を張る。


「……ライダーレインだ」


 あの日と同じ名乗り。


 同じはずなのに――

 どこか、気分が違った。


 それが、二回、三回と続く。


 呼ばれているわけじゃない。

 だが、叫び声はどこかで必ず聞こえる。


 いつも、俺がいる時だけ――


「変身」


 もう躊躇はなかった。

 黒い装甲が体を覆う。


 最初に感じていた不快感は、まだある。

 だが、それよりも。

 ――早く、戦いたい。


 そんな感覚の方が強くなっていた。


「レイン様だ!」

「来てくれた……!」


 今度は、名前を呼ばれる。


 期待。

 信頼。

 崇拝。


 全部が、自分に向く。


 レインはゆっくりと歩く。

 あえて、急がない。

 ――見せるように


 剣を振るう。


 一瞬で終わる。


 それでも、あえて動きを止めない。


 もう一撃。

 もう一撃。

 もう一撃。


 必要以上に、叩きつける。


「……確実に仕留めただけだ」


 誰に言うでもなく、呟く。


 変わっていく。


 助けるために来ていたはずなのに。

 いつの間にか。

 ――変わっていく。


「……変身」


 口にする回数が増える。


 短く。

 迷いなく。


 体がそれを覚えていく。


 ある日。


「た、助け――」


 言い終わる前に、飛び出していた。


 敵は弱い。

 分かっている。


 だから――

 わざと、少しだけ待つ。


 相手が恐怖を感じる時間を。

 周囲が絶望しかける、その瞬間を。


 そこで。

 一瞬で、終わらせる。


「……遅いな」


 ぽつりと漏れる。

 以前なら、あり得なかった言葉。


「さすがレイン様……!」

「またレイン様かよ……すげぇな」

「レイン様がいれば全部解決だ……」


 声が、心地いい。

 胸の奥が熱くなる。


 赤い核が、脈打つ。

 ドクン、と。

 少しだけ、強く。


「たのしい……」


 気づいていない。

 いや、気づこうとしていない。


 解除した後も、鼓動が残ることを。


「……俺は、正しい……だよな」


 ぽつりと呟く。

 誰に聞かせるでもなく。


 だが、その言葉は――

 いつか聞いた声と、よく似ていた。


「……俺は、俺だ」


 ――本当に?

 心の中に一瞬よぎる。

 ……すぐに、消えた。




 人々の歓声が収まったころ、リンネとミリスはそこにたどり着いた。


「な、何ですかこれ……」


 そこには、原型のないゴブリンの遺体がいくつも放置してあった。


「これは……」


 リンネが呟く。


 ゴブリンの遺体をよく見ると、ところどころに黒い斑点が現れていた。


「……嫌な気配がする」





 通りの奥からのざわめきが、レインの耳に飛び込んできた。


 恐怖だけじゃない。

 怒号。

 混乱。

 誰かを責めるような声。


「……」


 足が、勝手に動く。

 考えるより先に、声の方へ向かっていた。


 曲がり角を抜けた先。


 人だかりの中心に、男が一人いた。


 薄汚れた服。荒い息。

 手には、袋を掴んでいる。


「返せ!」

「泥棒だ!」


 周囲の声が飛ぶ。


 男は何も言わない。

 ただ、歯を食いしばっている。


「……変身」


 呟いた瞬間、黒が溢れた。

 赤が、脈打つ。

 感覚が研ぎ澄まされる。


 ――遅い。

 男の動きが、やけに鈍く見えた。


「っ……来るな!」


 男がこちらに気づく。

 袋を抱えたまま、後ずさる。


 刃を、構える。


「盗んだな……」


 低く言う。

 男の目が揺れる。


「……っ、これがないと……!」


 声が、震えていた。


「家族が……もう、食えねぇんだよ……!」


 ざわ、と周囲が揺れる。


「……だから?」


 男が言葉に詰まる。


「……これがないと――」

「お前は盗った」


 遮る。

 短く。


 ゆっくりと、一歩踏み出す。

 男が後ずさり、壁にぶつかる。


 剣を、少しだけ上げる。


「……っ、来るな!!」


 男が叫び、短剣を振りかざして突っ込んでくる。


 ――遅い。

 体が、勝手に動く。


 刃を弾く。

 地面に刃が落ちる。

 そのまま、喉元に剣を突きつける。


「終わりだ」


 男の手から、袋が落ちる。

 音を立てて、地面に転がる。


 だが――

 まだ、剣を引かなかった。


「……もう、いいだろ……!」


 誰かが言う。


「武器も落とした……!」

「そいつは……もう……」


 声が、重なる。


 ざわつく。

 全部、聞こえている。


 それでも――

 ドクン、と。

 核が強く、早く、鳴る。


「……盗った」


 ぽつりと呟く。


「悪いことをした」

「お前は悪だ」


 男の目が、見開かれる。


「だから」


 剣をほんの少しだけ引く。

 そして――


「終わりだ」


 振り下ろす。


 一瞬、速度が落ちる。


 だが――

 鈍い音が響き渡る。


 空気が、凍る。

 誰も、声を出さない。

 ただ、静寂だけが残る。


「……」


 剣を、ゆっくりと下ろす。


 視線を、周囲に向ける。

 さっきまでとは違う。


 歓声はない。

 拍手もない。

 ただ、距離があった。


「……なんだ」


 ぽつりと漏れる。


「悪を、倒したんだ……間違ってない……ちゃんと、やった」


 胸の奥が熱い。

 赤い核が、荒く脈打つ。

 その音に、わずかに呼吸が乱れる。


「……っ」


 ほんの一瞬だけ、違和感がよぎる。

 だが――


「……これで当然だ」


 すぐに、押し潰した。


 誰も答えない。

 目を逸らす者。

 動けない者。

 何かを言いかけて、やめる者。


 その空気が、やけに静かだった。


「……なんでだ。助けたんだぞ」


 ぽつりと漏れる。


 返事はない。

 子どもが、母親の後ろに隠れた。


 胸の奥が、強く脈打つ。

 ドクン、と。


「……っ」


 わずかな違和感。

 だが――


「……俺は、正しい」


 低く、言い切る。

 それで、十分だ。


 一歩、歩き出す。

 背を向ける。


 視線が、背中に刺さる。


 ドクン、と。


 何の音かわからない鼓動だけが、やけに大きく響いていた。

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