表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/46

第十八話

 俺たちは男と別れ、そのまま宿へ向かった。


 木造の簡素な建物。クロプの宿は、思っていたよりも落ち着いていて、どこか拍子抜けするほど普通だった。


 部屋に入ると、ミリスは小さく息を吐いた。


「……本当に、ヘヴィクムが関わった場所には見えませんね」

「ああ」


 だが、それが余計に引っかかる。


 窓の外には、ゆっくりと夕暮れが落ちていく。橙色の光が街を染め、やがて静かに夜へと変わっていった。




 月が上がった頃、俺たちは宿を出た。


 街の灯りは少なく、通りは昼よりもずっと静かだった。


 クロプの外れへ向かうにつれ、建物はまばらになり、やがて畑が広がり始める。


 月明かりに照らされた畑は、昼間よりもさらに広く見えた。


 だがそこにあるべきものは、やはり少ない。風が、穂のない土を撫でていく。

 ――その時だった。


「……聞こえますか」


 耳を澄ます。

 かすかに、音があった。


 何かが裂けるような音と、それに混じって、土を掘り返すような低い擦過音。


「……あっちだ」


 俺は目で示す。畑の奥、影の濃い場所。そこに、何かが動いている。


 月光を受けて、細長い影が揺れた。

 ――トンボ。


 ただし、異常に大きい。


 人の背丈ほどある体躯が、ゆっくりと畑の上を這うように動いている。


 羽が擦れるたびに、空気が震えた。


「……あれが、グラフライ」


 ミリスが息を飲む。


 俺は手を上げ、合図を送る。

 そのまま、二人でゆっくりと身を沈める


 畑の縁の草むらへ身を隠す。土の匂いと、湿った草の感触がやけに近い。


 呼吸を、殺す。


 少しでも音を立てれば、すぐに気づかれる距離だ。グラフライは、畑の中央をゆっくりと移動している。


「……ミリス」


 小さく呼ぶ。


 彼女は頷く。

 そして、小さい杖をゆっくりと振る。


 次の瞬間、畑の少し離れた場所に、小さな火が灯る。蝋燭ほどの、頼りない炎。


 風に揺れ、すぐに消えそうなほど弱い光。

 だが、それで十分だった。


 グラフライの動きが止まり、ゆっくりと首のような部位がそちらへ向く。


 次の瞬間

 グラフライが、光に吸い寄せられる。


 俺は息を整え、ミリスと目を合わせる。


 今だ。


 草むらを低く這うように抜け、グラフライの背後へ回り込む。月光の影に紛れながら、一歩ずつ距離を詰める。


 羽音が近い。


 土を掘る音がさらに大きくなる。


 まだ気づかれていない。


 あと数歩。


 ――仕掛けるなら、ここだ。


「今だ。」


 息を落とす。

 一気に距離を詰める。


――変身。

 次の瞬間、夜の畑を光が包む。

 地面の土が震え、静寂が一瞬で破れる。


「シャアア!?」


 グラフライが声を出し、羽がわずかに震える。


 そして、光の中で、白銀の装甲が、体を覆い、手には光の剣が握られる。


 グラフライが反応する間もなく、剣は頭に向かい下ろされる。だが――


 グラフライが反射的に体を逸らし、剣は羽をかすめる。


「ギシャアアア!」


 グラフライは叫びながら羽を動かし、高く舞う。だが、さっきの一撃のせいで少しふらついている。


 そして次の瞬間、グラフライが上空から一直線にこちらに突っ込んでくる。

 ――速い。


 だが、俺は踏み込む。


 振り下ろされた顎を紙一重で躱し、そのまま首に剣をかける。


「――ソーラーソード」


 首に触れた剣を振り上げる。


 光が走る。

 胴と頭が、わずかにズレる。


 そして――


 グラフライは二つに割れ、突っ込んで来た勢いのまま地面に衝突する。


 そして、切断面から黒い何かが滲み出る。


 血ではない。黒い影のような何かが、じわじわと広がり――


 やがて、煙のように消えた。


「倒したん……ですよね?」


 少しの沈黙の後、ミリスが口を開く。手が少し震え、まだ怖がっている。


「ああ……もう大丈夫だ。けど」


 一瞬だけ、消えた影を見下ろす。


「……これは、終わりじゃない」


 視線をミリスへ戻す。震えている手を、ほんのわずかだけ見て――


「よくやった」


 少しの間。そして――


「今日は、もう宿に戻ろう。報告は明日すればいい」


 ミリスは小さく頷き、街への道をゆっくりと歩き始める。


 二人の背が、夜の中に溶けていく。


 ――その陰で。

 木の影が、わずかに揺れた。


「……かっこよかった。俺も、ああなりたいな……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ