第十五話
路地を離れた後、人目のない場所で二人は足を止めた。
俺は受け取った白い服を広げる。
それは思っていたよりも簡素で、装飾はほとんどない。だが、布地は妙にしっかりしていて、無機質な清潔さを感じさせた。
「……着るぞ」
短く言って、上着を脱ぎ、教会の衣服に袖を通す。
白いローブは体の線を隠すようにゆったりとしており、肩から足元までをすっぽりと覆った。胸元には小さく、見慣れない紫の紋章が刺繍されている。
フードを被ると、影が顔の上半分を隠した。
いつもの鋭さが影に沈み、“感情の読めない静けさ”だけが残った。
「……どうだ」
ミリスに視線を向ける。
「……別人みたいです」
ミリスは少し戸惑ったように答えた。
俺は小さく頷き、今度はミリスの方を見る。
「次、お前だ」
「は、はい……」
ミリスは少し緊張した様子で服を受け取り、ぎこちなく袖を通す。
ローブは少し大きく、細い体をすっぽりと包み込んだ。裾が少し余り、足元がもたつく。
フードを被ると、柔らかい髪が隠れ、顔立ちもぼんやりとした印象になる。
「……なんだか、自分じゃないみたいです……」
ミリスは小さく呟き、手元を見下ろした。
その仕草すら、周囲に溶け込むようだった。
一瞬だけ見つめ、口を開いた。
「よし、教会に行くぞ」
「……はい」
ミリスは小さく頷く。
白い布に包まれた二人の姿は、もうどこからどう見ても、この街の信者と変わらなかった。
ただ一つ違うのは――
その奥にある意志だけだった。
二人は再び木製の大きな扉の前に立っていた。
「じゃあ行くぞ、演技もしっかりな」
ミリスは小さく頷く。
軋む音とともに扉が開くと、そこにはさっきと同じ、息苦しく重い空気が漂っていた。
「っ……」
俺は中を見回し、指を向ける。
「あそこだ」
そこには、人一人ようやく通れるような扉があった。その上には―― 『教祖謁見の間』 と、深く彫られていた。
「……教祖謁見、行きましょう」
扉へ向かおうとした、その時―― 一人の女性が、いつの間にか立っていた。
「止まってください」
女性はそう言うと、こちらを無言で見据えている。
「……偽りなし。階級、基準を超えることを確認。条件を満たしています。お進みください。謁見の許しは下りています」
俺とミリスは、狭い扉を通り、奥へと進む。
長く、狭い通路が続いていた。
光はほとんど届かず、奥は闇に沈んでいる。足音だけが、やけに長く響いた。
やがて、通路の先にわずかな光が滲んだ。
そして、そこには――
「謁見の間へようこそ」
玉座に座るその女は、わずかに笑みを浮かべ、瞬きもせずこちらを見ていた。
少しの間沈黙が続くが、それを破るようにミリスが言う。
「あなたが教祖、様……ですか?」
女は小さく頷く。
「ええ、私が“教祖”です、ですがこの場ではそんな呼び方はしなくて構いません。私の名前はエレクトです」
エレクトが言い終わると、俺は距離を詰める。
「……エレクト。単刀直入に聞く」
リンネは少し間を置いてから言う。
「黒い斑点。あれは“祝福”なのか? ……本当に、そう思ってるのか?」
エレクトの笑顔が少し引き攣る。
「あれは……」
何か言おうとするが、途中でやめる。
「……そこまで分かっているのですね。なら、もう、言い訳はやめましょう」
そして、その言葉を告げる。
「あれは……祝福ではありません」
ミリスは目を見開いた。
「や、やっぱり……」
エレクトは続けて言う。
「あれは……“菌”です」
「……その菌を、どこで手に入れた?」
俺は眉をひそめ、低く言う。
「……与えられたのです」
「どこで、いつ、誰からだ」
エレクトは少し俯く。その顔から、笑みは消えていた。
「菌をくれた奴は、“ヘヴィクム”と名乗っていた」
俺はその名が出てきた瞬間、自然に拳を強く握る。
「あれは、つい最近、一ヶ月前くらいだ。あの時、私は、わたしは……!」
少し間が空いてから、吐き出すように言う。
「……諦めたんだ。全員なんて……無理だったんだ……! だから……選ぶしかなかった! それしか……なかった!」
「……だからって、簡単に諦めたのか?」
「簡単になんかじゃない! お前にはわからない! あれがどれだけ不可能か!」
俺は少し黙って口を開く。
「……わかる。お前の気持ちも」
「お前のようなものにわかるはずが――」
「俺も、“救う”人間だ」
静かにベルトに手をかける。そして、光が弾ける。その中心には、白い影が立っていた。
「な、なんだ……! その姿は……!」
「俺は力を持ってる。だから、“救う”側にいる」
「全員なんて無理だって、何度も思った。だけど――」
「諦めるな。全員無理なら、一人でも多く救え。目の前の奴だけでも、絶対に助けろ」
「私は……私は……!」
エレクトは震え、目は赤くなっていた。
「私は......何をしていた......!」
その時、エレクトは懐からナイフを取り出す。
俺は一瞬で戦闘体制に入る。だが
エレクトは、その刃を、自分の首に当て
――引いた。




