表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/47

第十三話

 街道を抜けた先に、その街はあった。


 大都市レグナス。


 遠目からでも分かる。空気が重い。人の気配はあるのに、どこか静かすぎる。


 門をくぐった瞬間、ミリスが小さく息を呑んだ。

 通りには人がいる。だが、活気がない。


 咳をしている者、壁にもたれて座り込んでいる者。地面に倒れ込んで動けない人。


 全員、体に黒い斑点が出ている。

 声を出し、苦しむ者もいた。


 俺は何も言わず、周囲を見ていた。


 鼻にかすかに残る、嫌な匂い。

 覚えがある。


 ミリスが視線を向ける。


「あの……リンネさん」


「……ああ。広がってるな」


 ミリスの顔が強張る。


 その時。


「お困りですか?」


 柔らかな声がかかった。


 振り向くと、白い衣を着た女性が立っていた。穏やかな笑み。


「この街は今、少し体調を崩す方が増えていて……」


 ミリスが少し前に出る。


「やっぱり……」

「ええ。でも、ご安心ください」


 女性はにこやかに言う。


「皆さん、教会で安らぎを得ていますから」


 リンネの視線がわずかに動く。


「教会……?」


「はい。この街で一番大きな建物です。すぐ分かりますよ」


 女性はそう言って、通りの奥を指さした。

 遠くに見える白い石造りの、大きな建物。

 他の建物よりも明らかに大きい。


 ミリスがほっとしたように息をついた。


「よかった……ちゃんと手当てされてるんですね」


 女性はうなずく。


「ええ。あの方がいらっしゃる限り、この街は大丈夫ですから」

「……あの方?」

「教祖様です。皆を救ってくださる、とてもお優しい方なんです。苦しみも、すべて受け止めてくださいます」


 ミリスの表情が少し和らぐが、リンネの目がわずかに細くなる。


「そうなんですね……」


 ミリスはほっとしたような声で言う


「もしよければ、お二人もいかがですか?少しでも不安があるなら」


 俺は少しだけ考えるように沈黙する。


 その間にも、近くを通った男がふらつきながら歩いていく。


 腕には――黒い斑点。

 だが、その男は。


「……大丈夫……救われる……」


 小さく、笑っていた。


 ミリスが息を呑む。


「……え……」


 女性はその様子を見て、穏やかに微笑む。


「もうすぐ、楽になりますよ」


 その言い方は優しい。

 優しいのに――どこか、引っかかる。


 ゆっくりと視線を教会へ向けた。


 白い建物は、夕日の中で静かに佇んでいる。


「……行くぞ」


 ミリスが少し戸惑いながらもうなずく。


「は、はい……」


 二人は歩き出す。

 教会へ向かって。

 その背後で。


 先ほどの女性が、静かに頭を下げた。


「――ようこそ」


 小さく。

 本当に小さな声で。


 そう呟いた。




 教会は近くで見ると、より一層大きく見えた。木製の大きな扉を開けると、中から冷たい空気が流れ出てきた。


 中は少し薄暗く、天井にはステンドグラスがあり、外の光を受けて、赤や青の彩色を床にぼんやりと映していた。


 微かに揺れる蝋燭の光と、時折漏れる祈りの声。空気は湿っていて、どこか重苦しく、息苦しい。


「これが教会ってやつか……思ったより大きいな……」


 俺は聞こえないような小さな声で呟いた。


 人々のざわめきはない。だが、体に黒い斑点が出ている人が何人もいた。


「リンネさん……あの人たちも黒い斑点が……」


 その時、教会の奥の高壇から、全身を白い衣服で整えた男が静かに現れた。


「よくお越しなさった、旅の者よ」


 皆の視線は一瞬でその男に向く。

 男はゆったりと手を広げる。


「ここは神の御加護が満ちる場所。皆に安らぎとを与える聖域であります。」


 その声には力強さがあり、同時にどこか心を落ち着ける温かみもあった。


「紹介が遅れました。私は、神官のオリオンと申します。」


「なにか質問がありましたら、なんでも教えてください」


 男がそう言うと、ミリスが口を開く。


「あの……あそこにいる黒い斑点が出ている人たちって……」


「ああ、黒い斑点のことですか。」


 オリオンは一度、言葉を切る。

 そして――ゆっくりとミリスを見る。


「……ミリスさん」

「あなた、無理をしていますね」


「えっ……」


 ミリスが戸惑う。


「どれだけ努力しても、届かないこともある。あなたはそれを分かっているようだ」


 ミリスの肩が、わずかに震える。


「本当は、気づいているはずです。あなたでは、もうどうにもならないことに」


 逃げ場を塞ぐように、言葉が重なる。

 そして――


「だからこそ、神の祝福があるのです」

「神の……祝福……?」

「はい、それこそが、あの『黒い斑点』なのです」


 オリオンがその言葉を出すと、俺は少し目を細めた。


「あの斑点が現れるようになったのは、ここ最近の話で、体に黒い斑点が出てくると、体調が悪くなるのです。ですが、ご安心ください。あの斑点は決して悪い物ではございません。あれは、祝福なのです」


「そ、それってどう言う……」


 ミリスが疑問を口にしようとするが、オリオンは絶え間なく説明する。


「あの斑点が現れた者は、たしかに一時的に体調が悪くなる。先日も、斑点が出て苦しんでいた人がいました。ですが、彼は何度も祈りを捧げました。その結果、彼は長寿になり、以前より力強く生きられるようになりました。さらには、魔法の力も安定し、より強く、より確実にその力を扱えるようになるのです」


 その言葉に、ミリスの目が輝く。


「試練を乗り越えれば、神は我々に微笑んでくれるのです。神は私たちに、このチャンスを与えてくださった──そう思いませんか?」


 ミリスは、オリオンの言葉に思わず頷く。


「強く生きられる……魔法も、ちゃんと扱えるように……」


 そう考えた瞬間、胸の奥に小さな希望の光が灯ったようで、自然に唇が緩み、微笑みが零れる。


「リンネさん……ぼく、祝福を……」


 ミリスが言おうとした時、俺はミリスの耳に近づき、ミリス以外には聞こえないように囁く。


「あいつの話はおかしくないか?」

「えっ……」

「あいつは何度も祈った人は治ったと言っていた。じゃあ逆に祈らなかった人たちはどうなるんだ? 街に入った時、視界に映るみんなが苦しんでいた。あのみんなが教会に来てるとでも言うのか?」

「あっ……で、でも祈った人が助かってるなら意味はあるんじゃ……」


 ミリスの瞳が揺れる。俺はさらに続ける。


「しかも、さっき言っていた例だって、治ったのは本当かもしれないけど、あいつは斑点が出る人が現れたのはここ最近って言ってたよな。最近の話なのに、なんで“長寿”なんて分かる?」


「たしかに……それは……おかしい、です……でも……このままじゃ……」


 ミリスの声はかすかに震えていた。


 揺れている。頭では気づいてるのに、心がまだ引き戻されている。そんな表情をしていた。


 その時だった。


「……せっかくここまで来られたのです」


 オリオンが、穏やかな笑みのまま言葉を重ねる。


「祈りを捧げていかれてはどうでしょう。祝福は、誰にでも与えられるものではありません」


 その穏やかな声には、胸の奥が押されるような感覚があった。


 ミリスの指が、無意識に胸の前で重なりかける。


「祈るだけなら……」


 ――その瞬間、俺が一歩前に出る。


「……悪いな。少し、考えたい。外の空気でも吸ってくる」


 オリオンの視線が、ゆっくりとこちらに向く。


 その目は相変わらず穏やかだったが、どこか底が見えなかった。


「……そうですか。ですが、あまり時間は残されていません」


 意味深な一言。

 それ以上は何も言わない。


 ただ微笑んでいるだけだ。


「……行こう、ミリス」

「え……あ、はい……」


 ミリスは一度だけ、教会の奥を振り返った。

 “祝福”という言葉が、頭の中で離れない。


 それでも、後を追った。

 重い扉を押し開ける。


 ――外に出た瞬間。

 空気が、変わった。


「……っ」


 胸に張りついていた何かが、一気に剥がれ落ちるような感覚。さっきまでの重苦しさが、嘘みたいに消えていく。


「リンネさん……」


 ミリスが、不安そうに袖を掴む。


「……あの話、やっぱり……」

「怪しいな。でも、確証が足りない。中だけじゃ情報が偏る」


 少し考え、周囲に目を向ける。


「……外からも探る」

「外から……?」


「この街の奴らが、どうなってるのか、実際に見た方がいい」

「じゃ……じゃあどこに……」


 俺は少し悩み、答える。


「酒場に行く。酒場なら人も多いしみんな噂を話すだろう」


「なるほど……」


 そうして俺たちは酒場に向かった

 ーー今、酒場には話声も噂も一つもないということを知らずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ