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第十二話

「……敵は……俺の心か」


 その時、ゼルクがゆっくりと拍手した。


「……クックック。なるほどな」


 口元を歪め、こちらを見据える。


「やるではないか。“異世界のライダー”」


 懐中時計――メモリア・ドミナスを軽く揺らす。


 カチ、と蓋がわずかに開く。


「これはな。恐怖、後悔、無力……克服しきれていない記憶を引きずり出し、形にする」


 ゼルクは愉快そうに笑う。


「つまり、貴様が弱いほど、いくらでも強い敵が生まれるというわけだ」


 俺は何も言わず、ただ構える。


 ゼルクはその反応を見て、さらに口元を吊り上げた。


「だが先程のは消えた。つまり――乗り越えたということか」


 わざとらしく肩をすくめる。


「だが安心するな。人間の恐怖など一つではない」


 空気が歪む。


「さあ、次はどんな絶望を見せてくれる?」


 懐中時計から黒い霧が再び溢れ出す。


 だが――

 揺らぐだけで、形にならない。


「……なに?」


 ゼルクの眉がわずかに動く。


 霧は集まる。だが、輪郭を持てないまま崩れる。

 何度も、何度も。


 だが結果は同じだった。


「馬鹿な……あり得ん」


 声にわずかな苛立ちが混じる。


「お前のそれは、“克服していない記憶”にしか使えない」


 ゼルクの目が細くなる。


「なら――もう、出てこない」


 黒い霧が、完全に消える。


 静寂。


 ゼルクは数秒、黙ったままだった。


 やがて――


「……クク」


 小さく笑う。


「面白い」


 だがその笑みは、先程までとはわずかに違う。


「ならば貴様自身を壊すしかない、か」


 懐中時計をしまう。


「直接、な」


 その瞬間。

 俺はもう動いていた。

 右手に光の剣が現れる。


「ソーラーソード!」


 一瞬で間合いを詰める。

 ゼルクが反応する間もまく。


「なっ――」


 勢いに任せ、剣を振り抜く。

 閃光が走る。


 次の瞬間、ゼルクの体が大きく揺れ、地面に倒れた。


「終わった……」


 深く息を吸い込み、やっと変身を解除する。体が光に包まれ、元の姿に戻る。

 体は熱く、心臓はまだ激しく打っていた。汗で髪が額に張り付き、膝に力を込めて立つ。


 さっきまで見ていたはずの幻影が、まだ頭の奥にこびりついて離れない。


「……はぁ……はぁ……」


 荒い呼吸をしながら、ようやく全てが終わったことを実感する。


 ふと隣を見ると、ミリスがこちらをじっと見つめていた。心配そうに歩み寄る。


「リンネさん……大丈夫ですか……?」


 声は少し震えている。顔にはまだ戦いの緊張が残っている。


「……ああ、平気だ。でも、ありがとう……」


 ミリスは安心したように微かに息をつき、手を差し伸べる。俺はその手を握り返した。ミリスの手は少し冷たく、触れた瞬間にかすかに震えが伝わってきた。


 ゼルクは倒れたまま動かない。

 黒い霧も消えている。




 少し時間が経ち、息も落ち着いた。


 ゼルクは動かない。


 俺はしばらくその場に立ち、静かに息を整えながら、倒れた男を見下ろしていた。


 胸の奥に、妙な引っかかりが残る。

 ただの賊ではない。そんな気がしていた。


 ミリスも小さく言う。


「……この人……そのままにしていいんでしょうか……」


 少し考える。だがすぐに首を振った。


「今は無理だ。ヘヴィクムの方が優先だ」


 その言葉に、ミリスも黙って頷く。

 迷いはある。でも、状況はそれを許さない。


 俺はしゃがみ込み、ゼルクの胸元を探る。


 指先に触れたのは、冷たい金属。

 ――懐中時計 メモリア・ドミナス


 だがそれは、すでに原形を失っていた。

 黒く焦げ、ひび割れ、中央から無残に砕けている。


「……壊れてるな」


 あれほどの力を見せていた魔道具が、まるで役目を終えたように沈黙している。


 しばらく見つめたあと、それを静かに地面へと戻した。


「もう、終わりだ」


 誰に向けた言葉でもなく、ただそう言った。


「行くぞ」


 振り返らずに言う。


 ミリスは一度だけゼルクの方を見たが、すぐに振り返った。


「……行きましょう」


 二人はその場を離れる。


 森の奥へ。

 まだ終わっていない戦いの方へ。




「……このままじゃ、追えないな」


 俺は小さく呟く。手がかりは何もない。ただ“追う”と言っただけだ。


 ミリスは少し考えてから、顔を上げた。


「……それじゃあ大きい街に行きませんか? 人も多いですし、情報も集まります。それに……」


 一瞬、迷ってから続ける。


「もし、ヘヴィクムの菌が広がるなら、最初に影響が出るのは大都市のはずです」


 少しだけ黙る。

 そして小さく頷いた。


「……たしかに理にかなってるな」


 森を抜け、街道に出る。

 だが、空気がどこかおかしい。


 人の気配が少ない。

 通るはずの荷馬車も見えない。


「……静かすぎますね」


 ミリスが小さく呟く。

 俺も周囲を見渡す。


「……ああ」


 その時だった。

 遠くから、ふらつく影が一つ近づいてくる。


 ボロボロの服を着た男だった。顔色は悪く、息も荒い。


「……あんたら……あの街には行くな……」

「街?」

「もう終わりだ……広がってる……」


 男はそれだけ言うと、力尽きるように膝をついた。


 ミリスが慌てて支えようとする。


「だ、大丈夫ですか!?」


「……どこの街だ」


 俺は顔色を変えて言う。

 男はかすれた声で答える。


「……レグナスだ……」


 その名前を聞いた瞬間、ミリスが息を呑む。


「レグナス……って……」


 ゆっくりと顔を上げる。


「この辺りで一番大きい都市です……」


 ミリスは迷いながらも、はっきりと言った。


「……行きましょう。放っておけません」


 俺は小さく頷いた。


「……ああ」


 二人は顔を上げる。

 向かう先は、大都市レグナス。


 そこはすでに、静かに壊れ始めていた。

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