第十話
俺は息を切らしながら走っていた。
「ミリス……!」
ミリスがいなくなったことに気づき、足跡を辿り、アジトに到着する。
そこにいたのは――
短剣を握ったミリスだった。
「……ミリス?」
俺は足を止める。
ミリスは無言で短剣を握り締め、鋭い目でこちらを見ていた。様子が明らかにおかしかった。
「大丈夫か?」
一歩近づいた、その瞬間。
「侵入者を排除しろ」
低い声が、どこからか響いた。
ミリスの体が強張る。
「っ……!」
短剣が振り下ろされる。
「なっ……!?」
咄嗟に横に避ける。
「ミリス……!?」
理解が追いつかなかったが、間髪入れずにもう一度、前から刃が来る。
「おい、待て……!」
いきなりの事に焦りながら後ろに下がる。
「何してるんだよ……!」
ミリスは止まらない。
動きは正確。迷いがない。
だが、瞳だけが、必死に揺れている。
「くそ……!」
歯を食いしばる。
反撃できない。
「どうしたんだよ!」
声を荒げて言った。
その時、足元がもつれてしまう。
「くっ……!」
避けきれず肩を切られ、血が滲む。
その瞬間。
ミリスの動きが止まった。
「……え……」
呼吸が乱れる。
「りん……ね……?」
ミリスが震える声で言う。
短剣がわずかに下がる。
「……なんで……」
ミリスの目に涙が溜まる。
「なんで……攻撃してるの……ぼく……」
俺は息を整えながら言う。
「まさか……操られてるのか……?」
ミリスは小さく頷く。
「からだが……勝手に……」
「止まるな」
どこからか冷たい声が響く。
木の陰から、男が現れる。
「感動ごっこは終わりだ」
ミリスの体が再び強張る。
「っ……! あ……!」
「命令だ。そいつを殺せ」
「やめ――」
ミリスが叫ぼうとする。だが声は途中で途切れ、再び短剣を構える。体が意識に反し動く。
上から振り下ろされる刃。
しかし、俺はその場で動かない。
「……来い」
そのまま振り下ろされた刃を受ける。
「っ……!」
振り下ろされた刃は、俺の腹を切り、そこから血が流れる。
「リンネ!!」
ミリスが叫ぶ。
その瞬間。
ミリスの中の何かが弾けた。
「……やだああああ!!」
全力で抗う。
体が震える。
命令に逆らう。
「ほう……?」
ゼルグが目を細めた。
ミリスは歯を食いしばり、叫ぶように言う。
「私は……賊なんかじゃない……! リンネを、殺したりなんてしない!」
力が抜け、短剣が落ちる。
カランと音が響く。
空気が変わる。
支配が、崩れた。
ミリスはその場に崩れ落ちる。
「……はぁ……はぁ……」
俺は崩れ落ちたミリスに近づく。
「ミリス、大丈夫か?」
ミリスは震えながら頷く。
「……ごめんなさい」
「お前のせいじゃない、謝るな」
そして、前を見る。
ゼルグが静かに笑っていた。
「これはまた面白い」
「壊れずに抗う……か」
目が細められる。
「なら、次はどうする?」
空気が張り詰める。
ミリスは恐怖で震える。
俺はミリスの前に出て静かに言った。
「今度は俺が相手だ」
「いいだろう、かかってこい」
ゼルクがそう言うと、胸元から何かを取り出した。それは光を反射し銀色に輝く懐中時計だった。
「クックック、これは『メモリア・ドミナス』だ」
ゼルクは不気味な笑みを浮かべて語った。
「これは魔力を流すことにより、過去を支配するという代物だ」
「過去を支配?」
「わからぬか、ならばその身をもって知れ!」
ゼルクが声を荒げていった瞬間。懐中時計の辺りの空気が歪むのを感じる。
「リンネさん……!あれは、多分魔道具の一種です!気をつけてください!」
ミリスが言った時、懐中時計の力はすでに発動していた。
「なるほど、貴様の過去はどうやら少し特殊なようだな。“異世界”の″ライダー″さんよぉ」
「!?」
なんであいつが俺のライダーのことを? ミリスが魔道具と言っていた、あの懐中時計の力か?
「まあいい、もう無駄話はおしまいだ」
「行くぞ」
その瞬間、懐中時計から黒い霧のようなものが吹き出してきた。
「な、なんだ!?」
視界を悪くするためかと思ったが、その黒い霧は段々と一ヶ所に集まっていき、形を形成していく。
黒い霧は人の形のように変形し、そこからグニャグニャと変形していく。そして、変形が止まる。形が安定する。その姿はーー
「え……なんでここに……!?」
ミリスはいるはずのない者に困惑する
そして俺はーー
「お前は……!」
そこには、森で見たあの魔菌ヘヴィクムの姿が現れていた。




