34、ハッピーエンド
「ロン?!」
一同は見回すと、ベラダが指を差した。
「あそこに!」
ベラダの指の先には、天井近くに浮かび上がったロンの姿がある。
「ロン!」
サーがそう言うと、ロンの体はふわふわと、サーのもとへ下りてきた。
そして、ロンはサーの腕の中で、パチリと目を開ける。
「ロン……」
サーの呼びかけに、ロンの目から涙が溢れ出た。
それを見て、サーは優しく微笑む。
「ロン……ロンだね?」
優しいサーの呼びかけに、ロンはゆっくりと、サーに抱きついた。
「ごめんなさい。サー様……」
それを聞いて、サーはロンをきつく抱きしめた。
「間に合ってよかった……」
サーの言葉に、一同もホッとした。
そして、一番にフェマスが口を開く。
「ロン。僕を覚えているかい?」
「ええ……フェマス」
まだ表情は固いが、ロンは静かにそう呼んだ。
「おう、やった!」
「わ、私は……?」
今度は恐る恐る、ベラダが尋ねる。
「もちろんよ、ベラダ。それに、ビーン団長」
「よかった。今度は私たちのこと、忘れちゃうのかと思った。でももう、なんて呼んだらいいのかわからないわ……」
「いいわよ、マリンで」
サーの腕から離れ、ロンはベラダの手を取って答える。
ベラダは微笑みながらも、首を振る。
「ううん、ロンにするわ。でも、信じられない。マリンが……いや、ロンが王様の恋人だったなんて! あ、ごめんなさい。失礼を……」
「いいのよ。私だって信じられないもの。でも、みんな懐かしいわ。フローラも……」
その時、ロンの目にフローラの姿が映る。
「フローラ!」
ロンがそう叫んだ時には、すでにフローラは側にあった果物ナイフで、サーの背中を刺していた。
「サー様!」
「渡さないわ。王様は、私のものよ!」
そう言うとフローラは、今度は自分の腹を刺した。
サーをロンが、そしてフローラをフェマスが抱き止める。
「サー様!」
顔面蒼白で、ロンはサーを見つめる。
「大丈夫だ……」
そう言うものの、サーはロンに寄り掛かった。
やがてサーの体重に支えきれなくなったロンが、サーとともに床へと倒れ込んだ。
ロンの手には、サーから流れた血がべっとりとついている。
「サー様! しっかりしてください!」
その時、テオーがロンからサーを離した。
「伯父様!」
「抱いていても血は止まらない。王家の者は大したことじゃ死なないとは言っても、痛みもあるし、例外もある」
テオーはそう言うと、サーを床に寝かせ、シャツの袖を破って止血をする。
ロンは放心状態で、床へと座り込んだ。自分を責めずにはいられない。
その時、ロンの手に、砕けたペンダントの粉がついた。
「ペンダント……」
無意識に、ロンは粉のついた自分の手を見つめる。
すると、手についたサーの血が、みるみる消えていくのがわかった。
ロンはそのまま、手の平をサーの傷口に当てる。するとサーの傷口も、みるみる消えていった。
「うっ……」
呻き声を漏らしながら、サーはゆっくりと目を開けた。その表情は痛みに歪みながらも、顔色も良く、汗も引いている。
「ロン……」
優しく微笑み、サーはロンの頬に触れた。
「サー様……」
「もう大丈夫だ……」
「サー様!」
思わず、ロンはサーに抱きついた。
サーもロンの温もりを感じながら、きつく抱きしめる。
「もう離さないよ」
「サー様……」
静かにサーが起き上がるのを見届けて、ロンはフローラの側に駆け寄った。
フローラの傷は浅く、涙を流して泣いている。
「今まで何のために頑張ってきたと思っているの? 王様と結婚できないなら、死んだほうがマシよ!」
「駄目よ。死なせないわ!」
ロンはそう言うと、フローラの傷口に手を当てる。
すると、サーの時と同じく、傷口は何事もなかったかのように消えていった。
「どうして……どうして死なせてくれないの! 一生牢獄で生きていけと言うの? 王様も、何もかも失くして……」
フローラが、座り込んで泣きじゃくる。
そんなフローラの肩を、サーが抱き寄せた。
「……牢獄などには入れない。罰せもしない。私も悪いからね」
「王様……」
「だが、私はあげられない……ロンが戻った今、私はロンのものだからだ」
そう言って、サーはフローラから離れ、そして今度はロンの肩を抱く。
もうフローラは、何も言わなかった。
放心状態のフローラに、今度はロンが抱きついた。
「フローラ、ごめんなさい。あなたを苦しめて……だけど私も、サー様だけは譲れない。あなたの気持ちは痛いほどわかるけど、これだけは駄目なの……許してもらえないなら、一生をかけてあなたに償うわ」
ロンの言葉に、フローラは涙を流した。
「敵うはずなかったのね……」
そう悟ったフローラの心は、完全に浄化されていた。
次の日。予定通り、華やかな結婚式が行われた。
しかし、花嫁はロンである。だが国民にとっては、花嫁が誰かよりも国の将来を考えていたため、急な花嫁の違いはそれほどまでになかったのかもしれない。なにより、幸せそうなサーとロンの顔が、人々の心を魅了した。
フローラは、国王を殺そうとしたものの、咎めもなく許された。だが城からは出て、地方で暮らすこととなっている。
「ロン様!」
花嫁衣裳のロンに、ベラダが声をかける。
「ベラダ」
「おめでとうございます、ロン様」
「やめて、ロン様だなんて……私たちは、ずっと友達よ」
そう言ったロンに、ベラダは嬉しそうに微笑む。
「本当に?」
「もちろんだ。ロンに友達がいなくなっては困るよ」
ロンが答える前に、サーが言った。
「もう、サー様ったら」
「すまない。だが、本当のことだ」
「ありがとうございます、王様。ロン、これからもお友達よ」
ベラダの言葉に頷きながら、ロンはその手を取る。
「ええ、ベラダ。約束よ。どこへ行っても、私のことを忘れないでね」
「もちろん。ロンもよ」
「ええ」
「じゃあ、もう行かなくちゃ……」
残念そうに、ベラダが言った。
大人気のサーカス団は、すでに次の公演場所が決まっていて、すぐにでも出発せねばならない。
「そう……気をつけてね」
名残惜しそうに、ロンは答える。
ベラダも無理に微笑み、頷いた。
「ええ」
「また来てね」
「ええ」
「みんなによろしくね」
「もう、ロン。そんなんじゃ、いつまで経っても行けやしないわ」
そう言ったベラダに、ロンは俯く。
「ごめんね。でも、寂しくて……」
「私もよ、ロン。でも、あなたは本来の自分を取り戻して、幸せを掴んだんだわ」
二人は頷き合い、そして抱き合った。
「ベラダも幸せにね」
「もちろんよ。よし、じゃあもう行くわ」
区切りをつけるように息を吐いて、ベラダはロンから離れる。
「ええ。本当に気をつけて……さようなら。元気で……」
手を振りながら去っていくベラダとサーカス団のみんなに、ロンは大きく手を振って返す。
そんなロンの肩を抱きながら、サーも見送り、手を振った。
「行ってしまった……」
やがて、見えなくなったサーカス団の姿に、寂しそうにロンが言った。
サーは優しく微笑み、ロンの肩を抱く手を強める。
「寂しいか?」
「……い、いいえ」
「強がらなくていいよ」
そっと涙を零すロンに、サーはロンを抱きしめた。
「これからは、どんな時でも、私がそばにいることを忘れないで」
「サー様……」
二人は、そのままキスをした。
「やあ。ハッピーエンドかい?」
そこにフェマスが声をかけたので、二人は驚いて離れる。
「フェマス」
「僕もそろそろ行くよ。最後まで、どんでん返しがあってよかったな。僕も一安心……というか、幸せにな」
「ありがとう、フェマス」
ロンとサーが同時に言ったので、フェマスも笑った。
「さて……僕はまた、旅に出るとするよ。だから、重々しく見送るのはやめてくれよな」
「わかったよ……でも、ありがとう」
サーが、フェマスと握手をしてそう言う。
そんなサーの手を、フェマスは強く握り返した。
「頑張れよ、サー。ロンも幸せにな。もう幸せを離すなよ」
「ええ、フェマス。あなたもね」
固く友情で結ばれた二人を見つめ、ロンもそう返す。
「やられたな。じゃあ、もう行くよ。また会おう」
フェマスはそのまま、振り向かずに去っていった。
「ハッピーエンドか……」
するとそこに、テオーがやって来た。
「伯父様」
「おめでとう、ロン。どうなることかと思ったよ」
テオーの言葉に、ロンは頭を下げる。
「心配かけてごめんなさい。それに、ペンダント、壊しちゃって……」
「いいんだよ。あれはもともと、おまえの物だ。おまえを守ってくれる、父親の形見だろう?」
「ええ。最後まで私を守ってくれたわ。でももう、粉々に壊れてしまった……」
残念そうに俯くロンに、テオーは優しい顔を向ける。
「あるさ。形はなくても、あのペンダントの力は、おまえ自身になったのだ。おまえの父親も、そして母親も、もはやおまえ自身なのだ」
「伯父様……」
それを聞いて、ロンは涙ぐんだ。
「その通りかもしれないね……ロンはこれから、私の妻であり、この国の母であり、キキを超えた大魔女になったのだから」
サーが言った。
プレッシャーをかけられたように、ロンは眉を顰める。
「なんだか大変ね……」
「ハハハ。そうだね……だが、ロンはそのままでいい。自然体のロンが、今までも人々を救ってきた。いくつかの行き違いはあったけれど、見てみろ。これほど幸せな日はあるのだろうか……これこそハッピーエンド、そして、新しい幕開けに相応しいではないか」
城の外には、美しい夕焼けが染まっていた。
数ヵ月後。
毎日のように行われるパーティーの中で、ロンは突然の体調不良で床についた。
「ロンが体調不良? 何かあったのか!」
そんな知らせを受け、サーは心配そうにそう言った。
今までもロンは元気な様子だったため、不安がよぎる。
だが、その後に受けた医者からの言葉で、サーは一目散にロンのもとへと駆けつけた。
「ロン! ああ、君はなんて素晴らしい女性なんだ!」
それだけを言って、サーはベッドに横になっていたロンを抱きしめる。
ロン、懐妊のニュースだった。
「あなたも素晴らしいわ、サー!」
嬉しさに涙して、ロンもサーに抱きついた。
「今度こそ、大事にしてもらわないとな……」
「ええ……」
「これからは、何があっても私が守る。だから、安心して生まれておいで」
優しい瞳で、サーはロンの腹をそっとさすった。
数ヵ月後、サーとロンの子供が無事に生まれた。男の子と女の子の双子であった。
「必ず幸せにするわ」
「もちろんだ」
幾度の難を越え、二人の愛は更に固く結ばれ、二人はますます国を繁栄させていくことだろう――。