表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/25

挑戦、妹萌え、玉砕。上

 今年も無事節分が終わり……

「ぜんっっぜん、無事じゃ、なぁぁぁぁぁい!!!!」

「なによ、毎年同じリアクションしないで」

 神楽神社の境内には、鬼との壮絶な戦いの爪痕が方々に刻まれてる。拝殿の一部は大津波でも通り過ぎたかのようにバラバラに崩され、見るも無残に破壊されていた。

 参道の石畳は崩れ、鳥居は傾き、今回戦没した巫女の英霊を祀る石碑が、まだ未完成のまま静かに横たわっている。

「わたし、今年こそダメだと思ったんですよ!?」

「んーー、あたし、死に掛けたしねー」

「死に掛けたんならなんでそんなに平然としてるんですかぁぁぁぁ!!!!」

「あたしは死に掛けても死んでないし、神楽神社はまだ残ってるし、アンタも無事だし、日本も無事でしょ? なにが不満なのよ……」

「……」

 この人には『コワカッタカラ、モウコリゴリ』という神経は存在しないのだろうか。

「まぁ、毎年の風物詩みたいなもんだからね。来年もよろしくね☆ 朱里」

 それについてはすでに詐欺じみた契約が交わされている。が、朱里には今回、それを打ち崩すものすごい武器があった。

「櫻花さん、実はわたし、今年の三月で大学卒業なんです」

「へ……?」

「だって、わたしが神楽神社で豆まきしたの、今回で三回目ですよね」

 大学一年の節分は、友達に誘われてスキーに行った。つまり豆まき初参加は大学二年の二月である。それから三回ならば、自分は今、四年生なはずだ。

「就職もすると思うし、そうなったら今みたいには神楽神社にはこれないと思います」

「……」

 目をぱちくり櫻花。キツネにほっぺたつままれたような顔をして、朱里の方を見たままとなる。

 あまりにそのままなので間が持たず、朱里は続けた。

「時間が経つのって早いですよね。もう三年も経っちゃったなんて思ってもみなかったです」

「三年?」

「はい、三年」

「三年??」

「……」

 朱里は気づいた。彼女なりのショックなのだろう。

 確かにこの三年、神楽神社では大変なことも多かったけど楽しくもあった。桜の咲く日もあれば、大雨が拝殿のひさしを打つ音を二人で聞いていた日もあった。

 "サヨナラ"というのは、それらの時間すべてを、"過去"というアルバムにスナップして胸にしまいさることを意味する。楽しかった思い出があればあるほど、今から止まる時間に寂しさを覚えるのは無理もない。

 櫻花が自分との時間をそのように大切に思っていてくれたというのなら、朱里も自然、その時間を惜しく感じて目頭が熱くなった。

「ほんと、長い間ありがとうございました」

「……」

「就職しても、時間を見つけて神楽神社には来ますから」

「……ちょっといい?」

 真顔。……櫻花の、これほどの真顔を朱里は見たことがあるだろうか。

 朱里は泣くのをこらえながら頬をほんの少しだけ赤くして、櫻花の方へ向き直った。

「はい」

「あんたさ……」

 なにを言い出すのか。櫻花のことだからひょっとするととんでもないことを言い出すかもしれない。

 でも、大学卒業はゆるぎない事実なのだ。そして朱里には朱里に未来がある。さすがに一生神社の巫女としてやっていけるとは思ってないし、櫻花も単なる巫女を雇い入れることはすまい。

 聞こう。なにを言い出しても、櫻花との最後の時を、真摯に向き合いたいと思う。

「あんたさ……」

「はい」

「ホントに三年経ったと思ってるの……?」

「へ……?」

「三年経ったと思ってるの?」

「え、だって節分三回やりましたよね?」

 朱里が言えば、櫻花は真顔のまま答えた。

「あんた、サザエさんに喧嘩売ってるの?」

「へ……?」

「就職って言うけど、就職活動した?」

「……え?」

 物語は登場人物の生活をすべて描くわけではない。しかしキャラクター自体は世界の中で生きているわけで、『描き記さないことは一切やっていない』わけではない。

……はずだ。

「ですよね?」

「誰に聞いてんの……」

「え? だからわたし、就職活動してましたよね?」

「いやだから、あんたまだ大学二年生だって」

「へ!?」

「だから就職活動なんてするわけないでしょ」

「は!?」

 朱里大混乱。

「え!? だってホラ、こないだの節分の豆まき三回目でしたよね!?」

「うん、朱里が来てからは三回目だね」

「ってことは三年経ったってことですよね!?」

「いや、だから、アンタは『サザエさん効果』を知らないのかっての」

「サザエ……?」

 ……よくわからないが、ものすごくいやな予感しかしない。

「じゃあ聞くけど、昭和十三年生まれのカツオ君がまだ小学生なのはどう説明つけるつもりよ」

「あ、あの……アレは漫画ですから……」

「イクラちゃんがいつまでも言葉がしゃべれないのはどうしてなの!?」

「だから漫画……」

「人生は漫画みたいなもんなのよ!!!!」

「ええええええええええええーーーーーー!!!!」

 櫻花、格言じみた極論を発動。朱里に百四十ポイントのダメージを与える(比喩)と、さらに彼女は呪文を詠唱するかのように畳み掛けてきた。

「人生はさながらカツオの如く、ワカメの如し、マスオの如く、タラオの如し!!」

 そして返す刀で渾身の一撃!!

「だからあんたも都合つくまでずっと大学二年生なのよーーーーー!!!!」

「何ですってぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」

 ……今回もご多分に漏れないトンデモ理論が、朱里を一瞬にして飲み込んでいった。


 怒涛の連続技を食らって半ば燃え尽き真っ白になっている朱里を、拝殿に収容した櫻花は温かいお茶を淹れると言った。

「で、なに? 今日は悩みがあるって言ってなかった?」

「わたし、歳はとってるんですか?」

「もうその話は終わり。気にしないの」

 オバサン化したあんたなんて誰が見たいのよ……と一蹴した櫻花。紫色の座布団の上で茶を含む姿だけは茶道の家元とまごう程に整っている。

「だって……」

 朱里にしてみればその『サザエさん効果』に比べたら、相談したい悩みなどちっぽけなことのようにしか思えない。

「あのね朱里。人生で起こっていることなんてあまり知らなくてもいいのよ。言っておくけど、この話読んでる人たちだって、自分が実は地球に生きてるって信じ込まされてるだけの、物語のキャラクターなんだから……」

「怖いこと言わないでください……」

「ともかく、なに? 悩みの方が、あたし聞きたい」

 朱里もうなずいた。たぶん今の話を突き詰めても、今の自分には何も分からないだろう。

「実は、神社の袴と、神楽鈴を借りたいんです」

「いいけど、どしたの?」

「それが……話せば長いんですけど……」

 言いよどむ朱里の表情。

「聞きますか?」

「うん」

 対して、櫻花は即答した。今日は別に急ぐ仕事もない。

「結論から言うと、神楽を舞ってほしいといわれました」

「どこで?」

「どこでかは……ちょっと分からないんですけど……」

「……どういうこと?」

 そういう流れとなれば櫻花が不思議がるのも無理はない。というか、なんでそういうことになっているのか、朱里自身もちょっと不思議なのだ。


 事の起こりは、朱里の部屋の扉に、聞きなれないノックの音が転がってきたことからだった。

「はーい」

 朱里はその時、大学に提出するレポートをまとめていた。カレンダーは一月。大学は試験の時期だ。室内着用にしている、もこもこふわふわの白いセーターに包まれた後ろ姿は、床にぺたんと座っていると雪だるまから顔を出しているかのようにも見える。

 そんな朱里が振り返った先に、ゆっくりと姿を現したのは朱里の兄だった。

「どうしたの? お兄ちゃん」

 兄のノックは聞きなれているはずだ。なのに違和感を感じるほど、今日のドアの叩き方には覇気がなかった。

 浮かべている表情はまるで『妹の日記を盗み読みしたら「盗み読みはよくないよ? お兄ちゃん」と書いてあったのを見てしまったかのように、どこかばつが悪そうだ。

 しかし実際朱里は日記を書いてないのでそういうこともなく、何かこちらに不都合な心当たりもない。

 なので、純粋に兄……蒼谷そうやの声を受け入れる目をして、「どうしたの?」を聞いた。

 蒼谷は立ったまま、後ろ手でドアを閉めると、ぼそぼそと声を発し始める。

「朱里、折り入って頼みがあるんだけど……」

「頼み?」

「人に会ってほしいんだけど……」

「誰に?」

「……ま、友達といえば友達なんだけど……」

 歯切れの悪い蒼谷の物言いに、いい予感はしない朱里。自然、言葉がネガティブになった。

「わたしうまくしゃべれるかわかんないよ?」

「うまくしゃべれなくてもいいから、うまく話をあわせてほしいんだけど」

「えー?」

「とりあえず、その人と会うときは、お前は『プリンセスめるめる』な」

「は?」

「ちょっと本当に申し訳ないんだけど、そういうことでよろしく! 詳細は後日!」

 そのまま出て行こうとする兄に雪だるまの朱里はダイブ。引きずられるような格好でその足首を掴んだ。

「ちょっと待って説明たんないよ! プリンセスめるめるってなに!?」

「いやぁ、お恥ずかしながら詳細は話しづらいんだけど」

「詳細話してくれないと分かるわけないでしょーーー!!!」

「話せるわけないんだけど!!」

「話さなきゃ会わないよぉぉ!!!」

「会ってくれぇぇぇ!!!!!」

「じゃあその人に『めるめる』ってなんですか? って聞いていいの!?」

「それは困る!!!!」

「ホラぁ! 事情もわかんないのに話なんて合わせられないよぉぉ!!」

 ……やけに間延びする兄妹のやりとりはそれからも長い時間続いていた。


「実は兄者は出会い系サイトに登録しておる」

 今度は蒼谷の部屋だ。観念したのか部屋の真ん中で、切腹前の武士よろしく正座して朱里を見据えている。なぜかその両手は後ろ手に縛られていた。

「ところがまったく相手にされないので、つまらなくなりおり御座候」

「ちゃんとしゃべりなさい……」

 縛った妹がたしなめると、兄は小さな声で「ゴメンナサイ」と言う。

 ……蒼谷はこのサイトに、出会いというよりはコミュニケーション目的で登録したらしい。身もふたもない言い方をすれば退屈しのぎなのだが、出会い系といってもライトな場所だから、別に彼のようなモチベーションが特別珍しいというほどのことでもないらしい。

 なお、こういうところは男性が圧倒的に多い場合がほとんどだ。すると数の少ない女性は、いるだけでもてはやされ、自然、女性上位な社会が形成される。蒼谷はそこに目をつけた。

「つまり、ネカマをやりおり御座候」

「ちゃんとしゃべりなさい……」

「はぃぃ……」

 ネカマとはネットのオカマ的な意味がある。姿が見えないネット媒介で、男性が女性になりすましてやりとりをすることをいう。

「いやぁ……そしたら途端に大人気よ」

 この男には男心のツボを押さえる何かがあったのだろう。"男"であった時とは比べ物にならない充実したネット生活を送ったようだ。

「その名も『プリンセスめるめる』!!」

「……」

 無言で呆れる妹。思えばこんな名前をつけるところから男臭いわけだが、その"めるめる"にどっぷりハマってしまった男がいるらしい。

「いやぁ……その人に俺、誕生日プレゼントはもらうわ、進級祝いはもらうわ……」

「……なるほど」

 朱里にもようやく話が飲み込めてきたようだ。

「その人が「会いたい」って言ったってこと?」

「そうそのとおりでござる!!」

「ござらなーーーーい!!!!」

 そもそもその男が"めるめる"にハマった理由がある。

 顔を知っているのだ。"めるめる"の、である。本名を萌葱もえぎ朱里という……

「馬鹿兄ぃぃーーーーーーーー!!!!」

「いやぁ……だってほら、写真くらい見せないと女って信用してくれないのでござる!!」

「ござらなぁぁぁぁぁぁい!!!!」

 妹の肖像権を不正利用してなんてことをしてくれるのだ。

 第一朱里は、かわいい。具体的な容姿を描写するより、今、その場で、読者が一番かわいいと思う女性を思い浮かべてほしい。

 それくらいかわいい。

 そんな子が好意を持って話しているのだ。ウソかマコトか確かめたくなる気持ちも沸くだろうし、気持ちが見切り発車してしまう人もいるに違いない。

 が、しかし、朱里にとってはいい迷惑でしかない。

「今すぐその人に謝って!!!!!」

「いやぁ……実は、もうその人、飛行機の予約取っちゃってるんだけど」

「キャンセルしてもらってーーーーーーー!!!」

 というか、「もうその人、ウチに来てるんだけど」じゃなくてよかった。

 朱里にしてみたら途方もなくタワケな話だが、蒼谷にしてみれば、そこで引き下がれる話ならわざわざ妹にこんな相談はしない。

「いやぁ、でも本当にお世話になった人だし、飛行機はキャンセル料かかるし、別に結婚してくれってわけじゃないし、その人北海道の人だからおいそれとこっちには出てこないし……」

「出てきてるよ!!」

「まぁ今回は頼むよ。北海道帰ったらちゃんと本当のこと言うし、あの人ほんとに朱里と会うのを楽しみにしてるんだけど」

「知らないよ……」

「な、頼む」

「絶対ヤダ!!」

「あ! そうだ!」

 蒼谷が手を叩く。

「俺の車、また貸してやるから」

「え……?」

「乗っていい。会ってくれたらいくらでも乗っていい!」

「……」

 アカリダマル。心臓を銃弾で打ち抜かれたかのようにしばらく浅い息をして止まり……ややも首をかしげ、大きな眼球をころりとあさっての方向へと動かした。

「……まぁ……その人もわざわざ北海道から来るんだもんね……」

 ……つくづくゲンキンな平成娘である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ