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節分、豆まきアルバイト、三回目、下

 だから(?)、見渡す限りの鬼野原を前にして、櫻花はいきなり裏切った。

「あたしを殺せたら、このラブリープリティキューティ朱里をあんたらにあげる!!」

「えええええええーーーーーー!!!!!」

 櫻花の作戦だ。こう言えば朱里は狙うまい。鬼も言葉を理解したらしい。意味不明な咆哮と共に一斉に櫻花の方に向き、銃口が向けられた。おかげで中央への侵攻ベクトルが緩む。

(今の内に立て直してくれるかな……)

 心で祈り、一斉に飛来する銃弾のあられにタイミングを合わせて櫻花が飛び出す。

そして標的と決めた一匹に豆を投げつけると鬼の渦中に飛び込んだ。こうなると鬼もむやみに飛び道具を使えない。

 マシンガンを鈍器に変えて振り下ろす鬼たち。その暴力を右に左にかいくぐり懐から無尽蔵に豆を取り出しては卒倒させていく櫻花。

 その鮮やかすぎる手並みを呆然と見守る朱里だったが、櫻花を取り囲む無数の殺気の一つが朱里に向いたことに勘付き、ひっと息をつめた。銃口がこちらに向いたのだ。

 が、その鬼の首に覆いかぶさるように左腕を絡めた櫻花は、囁くように言った。

「アンタ、馬鹿じゃないの? 朱里を傷つけたら、あのぴちぴちのおいしい肉の楽しめる部分が減るんだよ?」

 そのまま懐から取り出した札をバチンと音がするほどに強く顔に貼り付けると「壇!!」と吼える。

 鬼は鉄杭のように地面に打ちつけられ、顔を出すのみでまったく身動きが取れなくなった。それを櫻花は指差してまた叫ぶ。

「アンタらの喉から手が出るほどほしがってる、サイッコーに強い鬼を産める娘を殺そうとした裏切り者だよ。やっちゃいなさい」

 鬼たちは意味を理解したか本当の馬鹿なのか、寄ってたかって首だけ出してる鬼のリンチにかかる。

 そういうこともあり、以後、なおさら誰も朱里に手を出そうとはしなくなった。


「おやおや、146bの出口は毎回手ごわいと聞きますけど、元気な巫女さんがいらっしゃるんですねぇ」

 不意に、そのような声がした。ありえないほど高い跳躍から降り立った櫻花が、フワリと降り立つ石畳。

 鬼たちもその声の主が分かったのだろう。一斉に道を開け、脇に控えた。

 櫻花と朱里が目を向ける方、雪洞の朱里に薄く照らされて、巨大な三匹の影がある。

「あっはっハァ。イイネイイネ。いいね↑あげちゃうよぉ!?」

「僕たちが来たからには降伏しちゃった方がいいと思うよ?」

「しゃべってる……」

 赤、青、緑を基調とした三鬼。詰襟のような服を着ている鬼たちを見て、朱里が驚いたのは容貌よりもむしろそこである。今まで、ここまで流暢に人間の言葉を話す鬼はいなかった。

「手ごわいってことじゃない?」

 櫻花は朱里の声の聞こえるところにいる。この昭和巫女も、彼らのただならぬ雰囲気を感じ取っているようだった。

「手ごわいに決まっているよ?」

「なにせわたしたちは冥界のエリートですからねぇ」

「あっはっハァ。イイネイイネ!」

「一人馬鹿っぽいのがいるけど……」

「はい」

 うなずく朱里に青の鬼が反応した。

「馬鹿っぽい言うなよーーー!!!」

「いや、あんたじゃなくて……」

 と櫻花。緑の鬼が鼻を鳴らす。

「おやおや、我等"電鬼"に臆さず憎まれ口とは……後悔しますよ?」

「電鬼……?」

「クックック、知っておいでですか。名は自然と知られるものですねぇ」

「違うって。今あんたが名乗ったのをなぞっただけよ」

「ご謙遜なさらずとも……」

「いや、ホントに知らない」

「地獄で一番、電話は二番、三鬼の電鬼は三兄弟、のキャッチフレーズで、こちらの世界でもよく知られていると思いますがねぇ」

「え? いや、ホントに知らないよ? 知ってる? 朱里」

うしろで、ハトが豆鉄砲食らったような顔をして、朱里がふるふると首を振る。

「ほら、知らない」

「そんなわけありませんよ。有名です」

「どこで?」

「わたしの中で」

「それはただの自己陶酔でしょ!」

「……」

 流れる空白。いきなりキレる緑色。

「クッ!! 下手に出ればつけあげりやがって!! いいだろう!! 我は電鬼一号店、ヤマーダ電鬼!!」

 呼応し青や赤もキレのあるのポーズをとった。

「同じく二号店、コジーマ電鬼!!」

「あっはっハァ!! 同じく三号店、ファーブル昆虫鬼!!」

「我等"電鬼"三店舗!! いずれも容赦はせぬぞぉ!!」

 構える鬼たち。彼らの右手に、どこからともなく武器が現れる。

まるで掃除機のような形の得物を持つヤマーダ。扇風機のような道具を持つコジーマ。そして、冷蔵庫のような箱を抱えるファーブル……。

「クックック、臆したか」

「臆す前にツッコませて!!!!」

「聞く耳もたんね」

「もう泣いて謝っても許してあげないから覚悟した方がいいよ?」

「あっはっハァ! クゥゥ……重い……」

「ほら!! 無理してるじゃない!!!」

 当然だ。あの冷蔵庫。恐らく容量は400リットルを超えているだろう。アレを持ってどうやって戦うというのだ。

 しかしその呆れ顔を、ヤマーダが許さない。

「仕方がねえだろうが!! 手ごろな電気製品が見つからなかったんだよ!!」

「電気にこだわらなきゃいいでしょーーー!!!」

「"電鬼"が電気にこだわらなくて何にこだわるってんだぁぁ!!!」

「なら直すべきはファーブル昆虫鬼だーーーーー!!!!」

「え、え? お、俺? なんか、悪いことしたか……?」

「もはや悪いわ!!!」

 櫻花がピシリと言い放つとヤマーダが弁解を始めた。

「仕方がねえだろうが!! 生まれついた頃からのそいつの名前なんだからよぉ!!!」

「じゃあ電鬼を名乗るなーーーーーーーーー!!!!!!」

「な……なんだよ……」

 だんだんうろたえていく電鬼たち。

「冷蔵庫も持ってるじゃねえか。許してやってくれよ……」

「第一、何で冷蔵庫なのよ!! 掃除機、扇風機ってそろえたんなら、せめて食器乾燥機とかにしてきなさいよ!!!」

 たぶん、~~機(鬼)つながりだと言いたいのだろう。だが、鬼たちには理解できなかったようだ。本気で怒鳴りだすヤマーダ。

「もう許さん!! 貴様のような奴は丸呑みにして、じわじわと消化してやるから覚悟しろ!!」

 掃除機のノズルを右手に、本体を背負い、緑鬼が大地を蹴る。その踏み込みの強さにやや顔をしかめる櫻花。その一撃を受けようとはせず、大きく左へ跳んで別の標的へ目を向ける。

「少なくともコイツはあたしの敵じゃない!」

 向かう先にはファーブルがいる。櫻花は懐から赤い筆でなにかが書かれた札を取り出し、なにがしかを叫んだ。札から飛び出す鞭のようにしなる光。しなやかに伸びてゆくその帯は、重量装備のために思うように動けないファーブルを絡めとる。

「いーよいしょぉぉ!!!」

 そのまま冷蔵庫ごと、グルグル巻きになった赤鬼を石畳へ叩きつけた。

「なにぃぃぃ!!!」

 驚きふためく青と緑。赤を冷蔵庫の下敷きにし、さらにその上に半ば座るように着地して豆を叩きつけた櫻花が顔を上げる。

「これでちょっとは"電鬼"っぽくなったんじゃない?」

「おのれ!! 許さないよ?」

 扇風機の柄の部分を持つ青鬼のコジーマが走る。櫻花は居合抜きのような手つきで懐から直接豆を放った。

が、同時に回転を始める扇風機。その風はすぐに突風となって、豆を……それどころか櫻花を突き飛ばすような力となる。

「うぁ!!」

 櫻花は冷蔵庫の上だ。足場の悪さはいかんともしがたく、方向を変えてきた豆と共に後ろへと転がり落ちる。身体能力の高さにより受身を取って跳ね起きたが、

「櫻花さん! 危ない!!」

「あっけないですねぇ!!」

 左の耳には朱里、右の耳にはヤマーダの声が櫻花を貫き、反射的に身をかがめるが、その首筋に掃除機の吸い込み部分が押し当てられた。

「クックック、残念」

 電源が入る音と、巨大なモーター音。「あ!!」という声と「櫻花さん!!」という声が交錯して……次の瞬間には、櫻花の姿は消えていた。


「櫻花……さん……?」

 潰れた赤鬼と、その少し向こうでにんまりとした笑みを浮かべている青と緑の鬼たち。

その戦闘区域に、巫女は朱里一人となっていた。

「え、どういうこと……?」

 朱里は状況が飲み込めない。雪洞の明かりに薄く照らされる神社の空があまりに静かで、今まで流れていた時間はどこに行ったのかと思わず目配せしてしまう。

 しかし右を見ても左を見ても、時間は一向に帰ってこない。

「どういうこと……?」

 空恐ろしく後ずさりながら、今起きた現実を消し去ろうとするが、緑の鬼はそんな彼女の不安定にとどめを刺した。

「おいしかったですよ。彼女」

「……うそ……」

「掃除機は胃の腑に繋がっていますからねぇ。後は消化を待つのみです」

 鬼は大きいとはいえ、櫻花を丸呑みできるような胃袋には思えない。どのような構造かは作者すら分からないが、櫻花は今確かに、胃壁に圧迫されて強い酸性の液に溶かされようとしていた。

 身動きをしようにも全身が胃の筋肉に押し固められて身動きができない。どころか、呼吸もままならない状態にある。

「や……」

 朱里が小さな悲鳴を上げた。何か言いたいが声も出ない。相手は常識が通じる者たちではない。あらためて櫻花が陥った状況……そして、今から自分に起きる未来を想像して立ちすくむ。

 まるで岩壁に押し付けられて後退が出来なくなったかのように硬直している朱里を取り囲もうと歩みを進める鬼たち。

 しかし、その距離が肉薄とは言えぬ間に、朱里の首にかかっている勾玉が反応した。

 立ち込める三色の煙。鬼と同じ色の煙が、徐々に人化していく。

「愛でちーーー」

「勇気でちゅー」

「希望でしゅー」

 嫌がってたわりに素直に名を変えて現れた三体だったが、ツッコんでる余裕は今の朱里にはない。

「助けて!!」

「誰をでち?」

「朱里ちゃんでちゅ?」

「櫻花サマでしゅ?」

「どっちも!!」

 すると三体共に二匹の"電鬼"を横目に挟み、首を振った。

「朱里ちゃんを助けるなら、朱里ちゃん担いで逃げるでち」

「櫻花サマ助けるなら緑の方を集中攻撃するでちゅ」

「二人は無理でしゅ。やられましゅ」

「ぇぇぇぇ……」

 声にならない朱里の声。『緑の方を集中攻撃する』ということは、自然、青の矛先は自分に向く。……勝てるわけがない。

 いや、勝てるとか勝てないとかの次元じゃない。まな板の鯉だろう。

 朱里は唇を噛み締めた。それでも、声を発さなければならない。絶望は目の前に迫っている。自分はやられる。それでも……、

「……櫻花さんを……」

 か細い声。そして、確かな声。

「櫻花さんを助けて!」

「合点でち」

 途端、夜空に散らかる愛、勇気、希望。すぐにヤマーダに取り付いて、たかるハエのように、目障りな存在として彼の視界を塞ぎ始めた。

 ヤマーダも掃除機を駆使して吸い込もうとノズルを振り回すが、どういうわけか吸い込めない。蜂の巣をつついてしまった熊のようにわめきながら、ぶんぶんと両手を振り回し、それでも朱里に向かおうとしていたが、やがて諦め"ハエ"を先に追いやることにしたらしい。

 つまり、朱里にとっては案の定、コジーマが彼女を見下ろすこととなった。

「抵抗しても同じだと思うよ?」

 袂に手をいれ、豆を握り締めている朱里をコジーマは笑う。

「言っとくけど、電鬼の中のリーダーは僕だから」

「え?」

「ヤマーダがうるさいからまるでリーダーみたいだけど、一番強いの僕だから」

「ええええ!!」

「おとなしく掴まるなら丸呑み。抵抗するならお尻の穴から口まで串で刺して、焼いていただく」

「ぇぇぇぇぇ……」

 退く朱里。鬼はそれを咎めた。

「あれ? 抵抗するの? 串、刺すの?」

「……」

「いいよ大歓迎。お尻に串を刺しはじめた時の、声と顔が好きだから」

 変態だ。朱里は立ち止まるしかない。まるでくもの糸に絡め取られたかのように何も見えないところで立ち止まり、ゆっくりと迫りくる鬼を見た。

 もし鬼が太陽を背にしていたら、鬼の影が朱里を徐々に飲み込んでいくように見えることだろう。足から黒く染まっていくように感じる自分の身体を、しかしあるところで吹っ切るように、足を大きく踏ん張ると叫んだ。

「食べられない!! 櫻花さんを助ける!!!」

 ひどく切れ切れに言ったが、震えた声でよくぞ言った。一掴みの豆が、弾幕のようになって鬼のほうへ舞う。そして走る。恐怖から逃げるようにコジーマを中心に、半円状に走りながら豆を撃ち込んだ。

 鬼は動かない。落ち着いた表情で右手の扇風機の電源を入れると、薙ぎ払うように腕を半周。驚くべき風量で豆をすべて退ける。そしてまるで鶏を追うように両手を広げて朱里の方へ向かった。

 速い!

 とても逃げ切れないことを悟った朱里が豆を投げるが、軽やかなステップで射線から外れた鬼の腕が瞬く間に朱里の腰を捕らえてしまう。

「はい、丸焼き決定。お尻出しな」

「きゃぁぁぁ!!!」

 手玉に取られた朱里が、左腕の脇に腰を抱えられたような形になる。相手は片手なのに、どんなにもがいてもまるで身動きが取れない。コジーマは足をバタバタとさせている朱里の尻を一度「ぺん」と叩き、

「うまそうな匂いだと思うよ?」

 と言う。朱里の表情からさぁっと血の気が引いていく中で、右腕の扇風機の頭がひとりでに取れると、何対かになっている棒のようなものが伸びた。

「便利でしょ? 串刺しの丸焼きが好きだから扇風機に仕込んでもらったんだよ?」

「いやぁぁぁぁ!!!」

 半狂乱になってバタつく朱里。鬼は憎たらしいくらいの余裕で、無造作に袴をめくり上げ下着を下ろすと、尻に棒をあてがった。

 絶望と気が狂いそうな未来予想図。朱里が強く目をつむったその時。

「分かったでち、朱里ちゃん!!」

「ちょっと手を貸してほしいでちゅ!!」

「お前ちょっと朱里ちゃんを離してくれでしゅ」

 『豆まきアルバイト(この作品)』がエログロ作品ならもっとも読者をガッカリさせるんじゃないかという絶妙のタイミングで、空気の読めない三体の座敷わらしが飛来する。

 そのうち一人、「でしゅ」が目印の"希望"が、朱里に注意を削がれまったくの無防備になっていたコジーマの背中に張り付き、白い閃光を放って破裂した。

「うわぁぁぁぁ!!!」

 今までビクともしなかった青鬼の身体がつんのめるように飛び、朱里は傍らに放り出される。

「朱里ちゃん! 起きるでち!」

「緑がくるでちゅ!」

 朱里、自分の運動神経限界で飛び起きる。視界には悶絶している青鬼と、こちらに迫る緑鬼が見えた。

「箱の下敷きになってる鬼の所へ走るでちゅ!!」

 飛び掛ってきたヤマーダに張り付く"勇気"。引っぺがそうと左腕を伸ばした鬼の先で、希望と同じ閃光を発した。

「ぐわぁ!!!」

 それは尋常でない痛みなのだろう。鬼たちはその閃光をもろに受けて、ゴロゴロとのたうち回っている。

「さ! 今でち!!」

 背中を押されて走り出す朱里。冷蔵庫の前まで来る。

「この箱を開けるでち!」

「え?」

 赤い座敷わらしは自分を指差して言った。

「愛はブツリテキな物に触れることができないでち。櫻花サマはここでち!」

「ちょこざいなぁぁ!!」

 再び襲い掛かってくるのは先に復帰した青鬼コジーマだ。逃げなければ掴まる。

 しかし貴重な一瞬を、朱里は冷蔵庫を開け放つことに費やした。


 異様な光景が朱里の目の前にはあった。

 中身は冷蔵庫ではない。赤いひだ状のものが櫻花を、まるで噛んで溶かしているかのようにうごめいている。櫻花はそれにいいようにされながら、意識が朦朧としているようだった。

「櫻花さん!!」

 その手を取って引っ張り出す。襞は一応の抵抗らしきものをするが、その力は朱里には及ばないようだった。

 上半身が起きる櫻花。ゴホッと何度か咳き込んで、荒く息をする。

 しかし彼女の描写を細かくしている場合ではない。コジーマは右手の得物を長い棒に変えてそこまで迫っている。その頃には緑鬼ヤマーダも立ち上がり、自分の"胃袋"を見て血相を変えていた。

「うおおおおおお!!!」

 咆哮しながら飛び掛る青鬼コジーマ。しかし何かできる間は朱里にはない。櫻花も鈍い。その前に"愛"が立ちはだかったが、青鬼はその張り付きからの自爆をされまいと強靭なステップで愛をかわし、飛び掛る。

 が、その、勇み宙に舞った青鬼の巨大な背中を完全に覆いつくすほどの影が突如、神楽神社を覆いつくした。

 今回の大目玉であった(はずの)邀撃用人型兵器、グリフィスである。大部分に大きな損傷を負っているようだが、それでもなお、両の足を地につけて、戦局を見下ろし始めた。

「あ!!!」

 見上げる朱里が声を上げると同時に、肩のガトリングガンが回転すれば、途端にあたり一面は豆だらけの風景となった。青鬼の姿など、一瞬で消え去る。

「櫻花さん!」

 もう一度声を上げた朱里が、一息に櫻花を引っ張り出す。

 朱里に思うことがあったのだろう。その身体が完全に胃袋から離れれば櫻花から手を離し、袂の豆に手をやる。そして、

「えい!!」

 気合と共にまかれる豆。冷蔵庫の中に散乱したそれらは、今まさにそこまで迫っていたヤマーダに断末魔の絶叫を強要して消えた。


 グリフィスが戦列に復帰したことで形勢は完全に逆転した。広く展開した鬼たちが太刀打ちできるはずもなく、なまじ彼らが深く入り込んでいるためにミサイルなどの兵器も使えない。

 防戦一方で消え入りそうに固まっていた巫女たちのおかげで、逆に縦横無尽に動くことのできたグリフィスは如何なくその実力を発揮できる状況にあった。

 人間はたとえグリフィスの豆攻撃を受けたとしても死ぬわけではないので、無差別の発砲が可能であり、そうなると鬼たちはたまらない。蜘蛛の子を散らすように撤退を始め、やがて収束した。

「なんでまだ動くんならすぐに動いてくれないのよ……」

 皆が言いたいのはそこだろう。代表して、櫻花が雪乃を責める。が、実際はメカなりの事情があった。

「拡散メガ粒子豆に全部の電力持っていかれてて、そのままブレーカーが落ちちゃったから、また動けるようになるまで時間がかかったんだよ」

 始動に一定以上の電力が必要なのはどの電化製品も同じだ。

「てっきりあのミサイルでやられちゃったかと思ったわよ」

 雪乃はゆるく、コロコロっとした笑みを浮かべて

「18兆円だからね。丈夫だよ~」

 とはいえ、大破であることは変わりない。

「まぁ、修理代に16兆円はかかるだろうねぇ。あははは」

 ……もはや狂気の世界だった。

 まぁ、それを払うのは雪乃ではないので気楽なものだ。近眼の人の見せる、あの淡い焦点の瞳を櫻花に向けてふわふわと笑う彼女の表情に毒を抜かれ、櫻花は責めるのをやめた。ボロボロになって立っているグリフィスを指差し、言う。

「とにかく、今回はアレのおかげで助かったわ。ありがとう」

 雪乃はうなずき、「グリフィスは霞ヶ関に着払いで送ってくれればいいから」と配送便の伝票を櫻花に手渡した。

 もはや、ツッコむのは野暮である。


 それら挨拶を終えると、場はいつものように朱里と櫻花の二人となる。懸命すぎて忘れていたが、辺りは凍てつく寒さを氷の月が静かに照らす、厳冬の夜空が広がっていてとても寒い。

「今日は助けられたよ朱里。ありがとう」

 目を細める櫻花。朱里は少し元気がない。

 原因は勾玉にあった。

 三連の勾玉の二つが粉々に割れてしまっている。朱里をかばって無造作に行った彼らの「攻撃」は、彼らの命を奪うものであったらしい。

 知れば、朱里は自責の念に捕らわれた。

「大丈夫でち。愛たちは不死身でち。また時が経てば再生するでち」

とは、言っていた。でも、その命は座敷わらしとてかけがえのないものだ。

「ごめんね。ホントごめんね……」

「大丈夫でち」

 ……そんな調子で、櫻花があいさつ回りをしている間、愛はつたない言葉で、落ち込んでいる朱里をずっと励ましていたのである。

「ごめんなさい、櫻花さん」

 うつむく朱里に櫻花は微笑む。

「あの子たちも朱里が気に入ったんじゃない? いけ好かないヤツのために自爆はしないよ」

「……」

 ならばなおさら、二度と会えないかもしれない選択を彼らに強いたことを、朱里は残念に思えた。

「とりあえず、勾玉返してね」

「はい」

 後ろに手を回し、ネックレスの止め具を外した朱里。櫻花に手渡してもしばらくそれを見たままとなる。

「あの子の本当の名前、何でしたっけ」

「茂平だね」

「……今度出てきたら、茂平って呼んであげよう……」

「そうだね」

 そして櫻花が明るい声を上げた。

「でもおかげで今年も日本は泰平だと思うよ。ありがとう朱里」

「……」

「ん、朱里どうしたの? アルバイト代ほしい?」

 それもそうだが、それ以上に、朱里には言うべきことがある。

 すなわち、豆まきは今回で最後にしたい。

 だって無理だ。どう考えたって無理だ。鬼と戦うたびに朱里は命の危険を感じるし、そもそも鬼の暴虐に対向する手段を自分は持ち得ない。

 今日こそ言おう。絶対に言ってやろう。

 ……口を開きかけた時、櫻花はいつもの愛らしい、福娘の笑顔を見せた。

「それにしても朱里ももう立派な戦巫女いくさみこだよね」

「え? いや……」

「いや、そうだよ。だってあの二匹に立ち向かって、あたしを助けたんでしょ? 言っとくけどあの電鬼ってヤツらは普通の強さじゃないよ」

「でも、わたしなんて全然ダメで、茂平とかがかばってくれなきゃ三度は死んでました」

「違うんだよ。立ち向かったところがすごいの」

 100%勝てると思える相手になら、どんな勇気でも湧いてこよう。朱里が行ったのは、100%勝てない相手に勇気を振り絞ったこと。

 口で言うのは簡単だ。しかしそんなことを実際に、どれだけの人間ができようか。

「それを立派といわずになんと言うの?」

「はぁ、ありがとうございます」

「もう、節分にはなくてはならない存在になってきたよ、朱里は」

「へ?」

「来年も大変だろうけど、がんばろうね」

「ちょ……ちょっとまって! わたし、来年はもう無理かもです!!」

 来年参加のフラグが立っていることに慌てる朱里が弁解する。と、櫻花は「そう……」とうなずいて否定をしなかった。

「まぁとりあえず、アルバイト代出すから領収書にサインしてくれる?」

「はい」

 懐から差し出されて領収書とペン、そしてお金の入った茶封筒。額は850円なんかじゃない。満足した朱里がサインを走らせ、今日が終わる。

 サインされた紙を受け取った櫻花は満面の笑み。最高に愛らしい顔で、悪魔のように微笑んだ。

「ありがとう。ちなみにこれ、来年以降の節分の雇用契約書が二枚目に複写されてるから」

「は?」

 領収書を破ると、先ほど朱里がペンで書いたサインがそのまま複写されていて、

『雇用契約書

   署名者(以下甲と呼ぶ)は年一度の節分の行事において、以下の契約を神楽神社(以下乙と呼ぶ)と結ぶこととなった……(後略)』

 以下契約内容が羅列されている。向こう三年は自動更新の契約がなされていた。

「というわけでお願いね☆」

「聞いてません!!!」

「だって説明したらサイン拒否するでしょ?」

「間違いなく」

「ホラ、大成功☆」

 櫻花、ウィンク。

「詐欺ですーーーーー!!!!」

 まったくである。よい子は真似してはいけない。

「逃げちゃダメよ? 契約違反で訴えるからね」

「ひどいーーーーーーーー!!!!」

「だって、朱里がいなきゃあたし死んでたんだもん。朱里がいなきゃあたし、死んじゃうもん」

「いっそ死んでーーーーーー!!!!」

「あらあら、そんなこと言って……あたしのために命を賭けて戦ってくれたこと、知ってるんだから」

「心底後悔してますーーーーーーー!!!!!」


 憎まれ口を叩かれながらでも、手放したくない。

 憎まれ口を叩きながらでも、なんとなく離れようとはしない。

 ……友情で恋愛感情でもないけれど、二人はもはやお互いに、なんとなく特別な存在だ。

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