ふふ 旦那様は相変わらずですね
最近、屋敷の使用人たちは、以前とは少し違う感覚で仕事をしていた。
原因はもちろん、旦那様――ルードリッヒ・フェルネだ。
昔の旦那様を知っている者ほど、その変化には驚いている。
「しかし……本当に変わられましたねぇ」
廊下を歩きながら、侍女の一人がしみじみと呟く。
「昔はもっと大人しくて、女性が近くにいるだけで緊張されていたものね」
「そうそう。マリアンヌ様とお話しされるときなんて、顔を真っ赤にされて」
「話しかけたいのに話しかけられない、というのが見ているこちらにも伝わってきたわ」
使用人たちは笑いながらも、どこか懐かしそうだった。
昔のルードリッヒは、悪い人ではなかった。
むしろ優しい。
仕事も真面目で、領地のこともきちんと考えていた。
ただ――とにかく女性が苦手だった。
そして、マリアンヌのことが好きなのに、それを本人に伝えることができなかった。
「それが今ではねぇ」
「マリアンヌ様の服を自分で考えたり」
「似合っているって、普通に言えるようになったもの」
「この前なんて、ずっと隣に座ってお話ししていたわよ」
「昔の坊ちゃまからしたら、とても考えられないわね」
そこへ、セバスチャンがやってきた。
「皆さん、旦那様から預かっているものがあります」
「預かっているもの?」
セバスチャンが箱を開ける。
中には、色とりどりの布が綺麗に畳まれていた。
「女性の皆さんには、こちらを」
取り出されたのはスカーフだった。
派手すぎず、それでいて上品な色合い。
「まあ……」
「綺麗ね」
「これを私たちに?」
「はい。旦那様からの支給品です」
女性たちは驚きながらスカーフを手に取る。
首元に合わせてみる者もいれば、鏡を見に行く者もいる。
「こんなもの、いただいていいのかしら?」
「もちろんです」
「旦那様が選ばれたの?」
「デザインについては旦那様の考案です」
「まあ!」
一方、男性使用人たちには別の箱が用意されていた。
「男性の皆さんには、こちらです」
箱の中には、細長い布が並んでいる。
「……これは?」
「ネクタイです」
「ネクタイ?」
セバスチャンが一本取り出して説明する。
「首元にこのように結んで使います」
男性使用人たちは見よう見まねで首に合わせてみる。
「おお……」
「なんだか少し格好いいな」
「旦那様の紋章も入っているぞ」
よく見ると、ネクタイの一部にはフェルネ家の紋章がさりげなく入っていた。
「仕事着に合わせてもいい感じだな」
「旦那様、こういうことまで考えられるようになったのか」
その様子を見ていた侍女が、ふっと笑う。
「……あの坊ちゃまも変わったわねぇ」
「ええ」
別の侍女も頷いた。
「昔は、こんなことを思いつく方ではなかったもの」
「服を作るなんて考えもしなかったし」
「ましてや、使用人にこんなものを配るなんてね」
セバスチャンも小さく笑った。
「旦那様は、以前とは随分変わられました」
そう言いながらも、その表情にはどこか嬉しそうなものがあった。
「……まあ、根っこのところは変わっておりませんが」
「そうなの?」
「はい。思いついたことを実行に移すところは、昔から変わりません」
「そこは同じなのね」
「ええ」
そんな穏やかな空気が流れていた――そのときだった。
「セバスチャンさん!」
廊下の向こうから、使用人が慌てた様子で走ってくる。
「旦那様から伝言です!」
「どうしました?」
「本日、昼になったら使用人全員、庭へ集合するようにとのことです!」
「……庭?」
セバスチャンの笑顔が止まった。
使用人たちも顔を見合わせる。
「全員……ですか?」
「はい。全員です」
「何のために?」
「それが……聞いておりません」
嫌な沈黙が落ちた。
「……旦那様が、全員を庭に?」
「はい」
「何か行事でもあるのかしら?」
「いや、聞いてないわ」
「領地関係の話?」
「それなら会議室じゃない?」
「では、何か新しい仕事を?」
その言葉に、全員の表情が曇った。
最近の旦那様は、とにかく思いつく。
服を変えた。
下着を変えた。
使用人にまでスカーフやネクタイを配った。
しかも、そのどれもが最初は「なんか思いついた」から始まっている。
「……まさか」
誰かが呟いた。
「また、何か思いつかれたんじゃ……」
「その可能性は高いわね」
「ということは……」
「仕事が増える?」
「……増えるでしょうね」
一人が遠い目をする。
「この前の服だって、最初は旦那様が絵を描いただけだったのよ」
「それが今では仕立屋さんが大忙しだもの」
「領地の道路や市場の屋根まで直す話になったって聞いたわ」
「旦那様、一つ思いつくと止まらないからな……」
男性使用人が腕を組む。
「庭に全員集合ってことは、相当な何かじゃないか?」
「そう思う?」
「思う」
「……怖いわね」
「怖いな」
そして、全員の視線がセバスチャンへ集まった。
「セバスチャンさん」
「なんでしょう?」
「旦那様、何をするおつもりなんでしょう?」
「私にも分かりません」
即答だった。
「……セバスチャンさんでも分からないの?」
「はい」
その一言で、さらに空気が重くなる。
この屋敷で旦那様のことを最も理解しているはずのセバスチャンですら分からない。
つまり――。
「……かなり嫌な予感がするわね」
「ええ」
「昼までに逃げる?」
「どこへ?」
「……ないわね」
「そもそも使用人全員集合だからな」
「逃げたら余計に怒られるんじゃない?」
「旦那様は怒らないと思うけど……」
「仕事は増えるでしょうね」
「それはもっと嫌だわ」
誰かがため息をつく。
セバスチャンはそんな使用人たちを見回し、静かに告げた。
「皆さん、とりあえず昼までは通常通り仕事をしてください」
「はい……」
「そして、昼になったら庭へ」
「はい……」
返事はするものの、誰の顔にも不安が残っていた。
――昼。
いったい何が始まるのか。
使用人たちは、その時を待つしかなかった。




