夜中の揚げもんて うまいよな
その日の夜。
マリアンヌと気持ちを確かめ合った俺たちは、いつもより少し遅くまで話をしていた。
今まで話せなかったこと。
互いにどう思っていたのか。
昔の俺がどれだけマリアンヌを好きだったのか。
そして、今の俺がどれだけ彼女を大切に思っているのか。
そんなことを話しているうちに、気づけばかなり遅い時間になっていた。
「そろそろ寝ようか」
「はい」
二人でベッドに入ったものの、俺はなかなか眠れなかった。
なんというか……今日は色々ありすぎた。
ようやくマリアンヌと、本当の意味で夫婦になれたような気がする。
そう思うと、妙に目が冴えてしまう。
そして。
「……腹減ったな」
ぽつりと呟く。
隣を見る。
マリアンヌは眠っている。
……と思ったが、よく見ると目が開いていた。
「マリアンヌ?」
「……はい」
「起きてたのか?」
「はい。私も、少し眠れなくて」
そう言われると、俺も妙に納得した。
まあ、今日くらいは仕方ないか。
「俺、ちょっと厨房行ってくる」
「厨房ですか?」
「腹減ったから、何か作ってくる」
「……私も行っていいですか?」
「ああ」
二人で寝室を出る。
深夜の屋敷は静まり返っていた。
料理人を起こすのも悪いので、俺は誰もいない厨房へ入った。
「さて……」
棚を確認する。
鶏肉がある。
小麦粉もある。
油もある。
塩もある。
「よし」
これなら唐揚げが作れる。
鶏肉を切り分け、下味をつける。
衣をまぶして、熱した油へ入れる。
ジュワァァァッ!
静かな厨房に、揚げ物の音が響いた。
「……いい音だ」
香ばしい匂いが広がっていく。
俺は鶏肉を返しながら、火加減を調整する。
やっぱり夜中の揚げ物は最高だ。
そうして唐揚げを作っていると――。
ふと、厨房の入口に気配を感じた。
見ると、扉の隙間からマリアンヌがこちらを見ていた。
寝間着姿のまま、じっと鍋を見つめている。
「……マリアンヌ?」
「……はい」
「どうした?」
「その……」
マリアンヌは何か言おうとして、少し俯いた。
その瞬間。
ぐぅぅぅぅぅ……。
静かな厨房に、盛大な音が響いた。
「…………」
「…………」
マリアンヌの顔が真っ赤になる。
「……お腹、空いたんだな」
「……はい」
小さな声だった。
俺は笑いながら、出来上がった唐揚げを皿に盛る。
「じゃあ、こっち来いよ。ちょうどできたところだ」
「はい」
マリアンヌは嬉しそうに近づいてくる。
「熱いから気をつけろよ」
「いただきます」
一つ口に入れる。
しばらく咀嚼して――。
「……おいしい」
「だろ?」
「はい。とてもおいしいです」
マリアンヌはもう一つ手を伸ばした。
「そんなに気に入った?」
「……はい」
また一つ。
そして、もう一つ。
「マリアンヌ?」
「……止まりません」
「そうか」
俺も笑いながら唐揚げを食べる。
深夜の厨房で、夫婦二人。
なんだか妙に楽しかった。
唐揚げをある程度食べ終えたところで、俺は冷蔵庫代わりの魔道具を開ける。
「そういえば、デザートもあったな」
「デザート?」
「この前のイチゴが残ってたはず」
イチゴを取り出し、牛乳と合わせる。
甘さを加えて混ぜれば、簡単なイチゴミルクの完成だ。
「どうぞ」
「いただきます」
マリアンヌが一口飲む。
「……甘い」
「うまいだろ?」
「はい。とても」
俺も飲んでみる。
うん。
これはいい。
そして、冷たいものが欲しくなったので、今度はシャーベットを取り出した。
「これも食べるか?」
「はい」
二人でイチゴミルクとシャーベットを楽しむ。
「……なんか、これだけだと酒が欲しくなるな」
ふと思い出して、酒も持ってくる。
この世界の酒は種類が多い。
ただし――。
「まあ、これくらいなら大丈夫だろ」
俺はイチゴミルクに酒を混ぜる。
「イチゴミルクカクテルだ」
「カクテル……?」
「まあ、飲み物だよ」
マリアンヌが恐る恐る口をつける。
「……おいしいです」
「だろ?」
甘くて飲みやすい。
酒の味もほとんど感じない。
「これならいくらでも飲めそうですね」
「……あー」
俺は少し考える。
この酒。
前世基準で考えると、かなり強い。
だが、この世界では普通に飲まれている酒だ。
「まあ、飲みすぎなければ大丈夫だろ」
そんな軽い判断をした。
結果。
「……ルー様」
「ん?」
「なんだか……少し、ふわふわします」
「……俺も」
思ったより効いている。
しかもイチゴミルクのせいで、酒が入っている感覚がほとんどない。
「……これ、結構強いな」
「そうみたいですね」
二人で顔を見合わせる。
そして、なぜか笑ってしまった。
「今日は、楽しいですね」
マリアンヌがそう言った。
「そうだな」
今日という日は、きっと忘れない。
俺たちはようやく、お互いの気持ちを言葉にできた。
その夜に、こうして二人で夜食を食べている。
それだけなのに、妙に幸せだった。
「そろそろ戻るか」
「はい」
俺たちは厨房を片付け、寝室へ戻った。
酒のせいなのか。
それとも、今日一日で色々なことがあったせいなのか。
ベッドに入ると、今度はさっきまでのように眠れないことはなかった。
マリアンヌが俺の隣に寄り添う。
「……ルー様」
「ん?」
「今日から……もっと、近くにいてもいいですか?」
「もちろん」
俺は彼女の手を握った。
「俺も、ずっと一緒にいたいよ」
「……はい」
それから先のことは、二人だけの時間だった。
夜は静かに更けていった。
そして――。
翌朝。
小鳥の声が聞こえる。
カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいた。
「……ん」
目を覚ます。
隣には、マリアンヌがいる。
彼女もゆっくりと目を開けた。
「……おはようございます、ルー様」
「おはよう、マリアンヌ」
昨日のことを思い出す。
お茶会。
昔から互いに好きだったこと。
ようやく言葉にした「好き」。
深夜の厨房。
唐揚げ。
イチゴミルク。
そして――。
「……昨夜のこと、覚えていますか?」
マリアンヌが少し恥ずかしそうに尋ねる。
「……まあ、覚えてる」
「そうですか」
彼女は小さく笑った。
俺も笑う。
もう、昔みたいに互いの気持ちを勘違いすることはない。
俺はマリアンヌを愛している。
そして、マリアンヌも俺を愛してくれている。
それだけで十分だった。
「朝飯、何にする?」
「……昨日の唐揚げ、少し残っていますよね?」
「あるな」
「では、それを温めてもらいましょう」
「朝から唐揚げか」
「おいしかったですから」
「それもそうだな」
二人で笑う。
昨日までとは、何かが少し違う。
けれど、それは悪い変化じゃない。
むしろ――。
「……いい朝だな」
「はい。とても」
俺たちの新しい朝が始まった。




