同級生よ 俺の嫁のかわいさにびびれ
今日は久しぶりに、マリアンヌが同級生たちとお茶会をする日だった。
もちろん、俺が作った新しい服を仕立て屋に完成させてもらい、それを着て参加する。
「ルー様、どうでしょう?」
「うん。すごく似合ってる」
「ありがとうございます」
鏡の前で確認するマリアンヌは、とても嬉しそうだった。
「今日は皆さん、どんな反応をされるでしょうね」
「気に入ってもらえるといいな」
「きっと大丈夫ですよ」
そう言って、マリアンヌは屋敷を出ていった。
俺は屋敷で仕事をすることになった。
……別に一緒に行ってもいいんだけど、女性同士のお茶会に俺が混ざるのもどうかと思う。
そしてしばらくして。
「まあ、マリアンヌ!」
「素敵な服!」
お茶会が始まるなり、友人たちはマリアンヌの服に目を奪われた。
「ありがとう」
「どこの仕立て屋なの?」
「実は、ルー様が考えてくださったの」
「え?」
一斉に驚かれる。
「旦那様が?」
「はい」
マリアンヌは少し照れながら頷いた。
「デザインを考えてくださって、仕立て屋さんに作っていただいたんです」
「まあ……」
「以前と雰囲気が全然違うわ」
「とても似合ってる」
「ありがとう」
褒められるたびに、マリアンヌは嬉しそうに笑う。
その様子を見て、友人の一人がふと尋ねた。
「そういえば、マリアンヌって結婚したばかりの頃、旦那様のことをあまり話さなかったわよね」
「……そうでしたね」
マリアンヌは少し考えるように紅茶を見つめた。
「最初は、ルー様に近寄りづらかったんです」
「そうなの?」
「はい。話しかけても、あまり会話が続かなくて」
今となっては、想像するのが難しい。
「私は私で、伯爵夫人としてこの屋敷でどう頑張ればいいのか、そればかり考えていました」
「まあ……」
「ちゃんと夫人として振る舞わなければいけない。旦那様に嫌われてはいけない。使用人の皆さんにも認めてもらわなければいけないって」
マリアンヌは苦笑する。
「だから、毎日少し緊張していたんです」
すると、向かいに座っていた友人が不思議そうな顔をした。
「あら、マリー。あなた、知らなかったの?」
「え?」
「旦那様、あなたのことが大好きだったじゃない」
「……え?」
マリアンヌが固まった。
「聞いた話では、昔からあなたのことをものすごく大切にしていたって」
「そうなの?」
「そうよ。むしろ、あなたに嫌われるのが怖くて話しかけられなかったんじゃないかって、私は聞いてたけど」
「…………」
マリアンヌはしばらく何も言えなかった。
「……ルー様が?」
「そうよ」
「私を?」
「そうよ」
友人たちは顔を見合わせる。
「だから結婚が決まったとき、あなたは随分恵まれた相手と結婚するのねって、みんなで話してたのよ」
「……知りませんでした」
マリアンヌは頬に手を当てる。
「でも、今は幸せそうね」
「はい」
マリアンヌは迷うことなく答えた。
「今は、とても幸せです」
「顔を見れば分かるわ」
「それにしても……」
友人の一人が改めて服を見る。
「旦那様がこんなに素敵な服を考えられるなんて、意外ね」
「ルー様は、いろんなことを思いつかれるんです」
「まあ、羨ましい」
「でも……」
マリアンヌは少しだけ笑う。
「私の服については、毎回一緒に考えてくださるんです」
「まあ!」
「この色が似合うとか、この形がいいとか。実際に着てみて、二人で決めるんですよ」
「それは仲がいいわね」
「はい」
マリアンヌは紅茶を一口飲んだ。
そして、幸せそうに笑った。
以前は、伯爵夫人としてどう振る舞えばいいのか分からなかった。
今は違う。
無理に立派な夫人になろうとしているわけではない。
ただ、夫と一緒に毎日を過ごしている。
それだけでいいのだと、少しずつ分かってきた。
「ところでマリー」
「はい?」
「その服、今度私にも紹介してくれない?」
「もちろんです」
「私も仕立ててみたいわ」
「でしたら、仕立て屋さんを紹介しますね」
どうやら今日のお茶会は、服の評判まで広がることになりそうだった。
そして屋敷に戻った。
「ただいま戻りました」
「おかえり、マリアンヌ。楽しかった?」
「はい。とても」
いつものように笑って答える。
けれど、その日のマリアンヌは、どこか落ち着かなかった。
夕食の間も、ふとした瞬間に友人の言葉を思い出してしまう。
――旦那様、あなたのことが大好きだったじゃない。
本当に?
マリアンヌは向かいに座るルーを見た。
「どうした?」
「いえ……」
今のルーは、いつもと変わらない。
食事をしながら今日あったことを聞いてくる。
「服、好評だった?」
「はい。皆さん、とても褒めてくださいました」
「そっか。それならよかった」
「……はい」
昔とは、全然違う。
今のルーは、普通に目を合わせてくれる。
話しかければ、話を続けてくれる。
服のことなら、何時間でも一緒に考えてくれる。
似合っていると思えば、何度でもそう言ってくれる。
――昔から好きだった。
そう聞いてしまったせいで、今までの記憶まで違って見えてくる。
食事のとき、なかなか目を合わせてくれなかったこと。
話しかけても、短い返事しか返ってこなかったこと。
自分が髪型を変えたとき、顔を真っ赤にしながら「似合っている」と言ったこと。
好きだと言ったお菓子を、何でもないような顔で渡してきたこと。
寒そうにしていたら、何も言わず暖房の魔道具を強くしてくれたこと。
あのときは、全部こう思っていた。
嫌われているのではないか。
妻として気に入られていないのではないか。
自分が何か失礼なことをしてしまったのではないか。
でも。
もし、友人の言ったことが本当なら。
あれは全部――。
「……ふふ」
「ん?」
思わず笑ってしまった。
「どうした?」
「いえ。少し、昔のことを思い出していました」
「昔?」
「はい」
マリアンヌは少しだけルーを見つめる。
聞きたい。
でも、少し怖い。
もし違っていたら?
友人が何かを勘違いしていたら?
そう考えると、なかなか口に出せなかった。
それでも、その夜。
寝室に入ってからも、その気持ちは消えなかった。
ルーが寝る準備をしている横で、マリアンヌは何度も口を開きかけて、やめる。
「マリアンヌ?」
「はい?」
「さっきからどうした?」
「……ルー様」
「ん?」
「一つ、聞いてもいいですか?」
「ああ。もちろん」
マリアンヌは胸の前で手を握った。
「……ルー様は、私のことを昔から好きだったんですか?」
ルーの動きが止まった。
少しだけ考えてから、彼は静かに頷いた。
「うん」
あまりにもあっさり答えられて、マリアンヌは逆に戸惑った。
「……本当に?」
「本当だよ」
「では、なぜ……」
マリアンヌは言葉を探す。
「なぜ、あの頃はあまりお話ししてくださらなかったんですか?」
「それは……」
ルーは少し困ったように笑った。
「好きだったから、だと思う」
「好きだったから?」
「うん。好きな相手を前にすると、何を話せばいいのか分からなくなるだろ?」
マリアンヌは目を瞬かせた。
「俺も、昔はそうだったんだと思う」
「……そうだったんですね」
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
あのとき自分が怖いと思っていた沈黙は、嫌われていたからではなかった。
むしろ逆だった。
自分と話すことを、あの人は怖がっていた。
自分に嫌われることを、恐れていた。
「私……ずっと、ルー様に嫌われているのだと思っていました」
「え?」
「この屋敷に来たばかりの頃です。私は伯爵夫人としてちゃんとしなければいけないと思っていて……それなのに、ルー様はあまりお話ししてくださらなくて」
「……そうだったのか」
「はい」
マリアンヌは少し笑う。
「でも、今思えば……ルー様は、ちゃんと私を見てくださっていたんですね」
「うん」
「お菓子のことも?」
「ああ」
「暖房のことも?」
「それも」
「髪型を変えたときのことも?」
「……それも」
マリアンヌはとうとう笑ってしまった。
「全部だったんですね」
「たぶん」
「たぶん?」
「昔の俺、かなり不器用だったから」
「ふふっ」
笑いながら、マリアンヌの目には少しだけ涙が浮かんだ。
「嬉しいです」
「マリアンヌ……」
「ずっと、私だけが頑張らなければいけないと思っていました」
伯爵夫人として。
妻として。
この家に受け入れてもらうために。
でも、違った。
最初から、この人も自分のことを大切に思ってくれていた。
ただ、お互いにそれを知らなかっただけだった。
「私も……」
マリアンヌはルーの手を取る。
「私も、ルー様のことが好きです」
「……うん」
「今まで、ちゃんと言葉にできませんでした」
「俺もだよ」
「でも、今は言えます」
マリアンヌは笑った。
「ルー様が好きです」
その言葉を聞いて、ルーも笑った。
「俺も、マリアンヌが好きだよ」
それだけだった。
けれど、その言葉がずっと欲しかった。
夫婦になった。
一緒に暮らしている。
笑い合うことも増えた。
それでも心のどこかに残っていた小さな不安が、今ようやく消えていく。
自分は、この人に愛されていた。
そして自分も、この人を愛している。
そのことを、二人で確かめられた。
その夜は、いつもよりずっと穏やかな時間が流れた。
そして翌朝。
窓から差し込む朝日に目を覚ます。
隣ではマリアンヌがまだ眠っている。
その寝顔を見ながら、俺は思った。
なんだか、昨日までより近くなった気がする。
同じ妻。
同じ屋敷。
同じ毎日。
なのに、何かが違う。
マリアンヌがゆっくり目を開けた。
「……おはようございます、ルー様」
「おはよう、マリアンヌ」
目が合う。
そして、二人とも自然に笑った。
「……いい朝ですね」
「ああ」
俺はそう答えた。
本当に、いい朝だった。




