領民へ自慢の嫁を見せびらかす ん 領地の問題 それはしっかりやろうぜ
数日後。
ようやく、試行錯誤を繰り返していた服が完成した。
「どうかな?」
俺はマリアンヌの姿を見ながら尋ねる。
「とても素敵です」
マリアンヌは鏡の前でゆっくり身体を回してみる。
今回作ったのは、普段着として使える少し軽めの服だ。動きやすさを重視しながらも、貴族の女性が着ても見劣りしないように仕立ててある。
何度も試作品を作り直しただけあって、かなり満足のいく出来になった。
「うん。やっぱり似合うな」
「ありがとうございます」
マリアンヌが嬉しそうに笑う。
それを見ているだけで、頑張った甲斐があったと思える。
「せっかくだし、これを着て領内を見て回らないか?」
「視察ですか?」
「そう。実際に外を歩いてみないと、服として問題がないか分からないからな」
「分かりました。ご一緒します」
俺たちはセバスチャンを伴って屋敷を出た。
領内の街を歩いていると、いつも通り領民たちがこちらに気づいて頭を下げる。
「旦那様、奥様、お出かけですか?」
「うん。ちょっと街の様子を見に来た」
そんなやり取りをしながら歩いていると、何人かの女性がマリアンヌの服に目を向けていることに気づいた。
「……あの」
一人の女性が少し遠慮がちに声をかけてきた。
「はい?」
マリアンヌが振り返る。
「奥様、そのお召し物……とても素敵ですね」
「ありがとうございます」
マリアンヌは嬉しそうに微笑んだ。
「旦那様が考えてくださったんです」
「まあ!」
女性が驚いた顔をする。
「どちらで仕立てられたんですか?」
「まだ店では売ってないんだ。試作品だから」
「そうなんですか……」
女性たちが残念そうな顔をする。
俺はその反応を見て、少し考えた。
……これは、いけるかもしれない。
服を改良するだけなら、自分たちが快適になるだけだ。
でも、これだけ興味を持ってもらえるなら、領内で服を作って売ることもできる。
仕立て職人の仕事も増える。
布が売れる。
糸も必要になる。
染色だって需要が出る。
「セバスチャン」
「はい、旦那様」
「あとで仕立て職人と話をしたい」
「かしこまりました」
セバスチャンはいつものように淡々と答えた。
ただ、少しだけ目が細くなっている。
たぶん、何が始まるのか察している。
そのまま街を歩いていると、今度は子供たちがマリアンヌの服を見ていることに気づいた。
「おねえちゃん、その服かわいい!」
「ありがとう」
マリアンヌがしゃがんで子供と目線を合わせる。
その姿を見て、俺はまた思った。
やっぱり、この服にしてよかった。
前の服が悪かったわけじゃない。
ただ、今のほうがマリアンヌらしい。
本人が笑っているから、それだけで満足だ。
「ルー様」
「ん?」
「どうしました?」
「いや、似合ってるなと思って」
「……またですか?」
マリアンヌは少し恥ずかしそうに笑った。
「何度言われても、嬉しいですけど」
「なら何度でも言うよ」
「ふふっ」
隣でセバスチャンが小さく咳払いをした。
「旦那様、視察の途中でございます」
「分かってるって」
その後も街を歩きながら、店の様子や道の状態、人の流れなどを確認していく。
すると、街の外れに差しかかったところで、道の状態が少し気になった。
「セバスチャン。この道、雨が降ったら大変じゃないか?」
「はい。特に雨が続いた後は、ぬかるみや水溜まりが多くなります」
道の端を見ると、雨水が流れる場所も十分ではない。
荷車が通った跡には深い轍が残っていて、その脇には水が溜まっている。
「なるほど……」
少し先では、商人が荷車を押している。
車輪がぬかるみに沈み、二人がかりでなんとか引っ張り出していた。
「これ、結構困るだろ」
「以前から修繕の要望は出ております」
「なんで直してないんだ?」
「予算と人手の問題でございます」
「なるほど」
俺は道を見ながら考える。
舗装するとなると大変そうだが、水を流すだけなら何とかなるんじゃないか。
「……魔法でどうにかできないの?」
「可能でございます」
「できるの?」
思わず聞き返した。
「土を固めたり、溝を掘ったりする魔法を使える者がおります。大規模な工事でなければ、それほど難しいものではありません」
「だったらやればいいじゃん」
セバスチャンが一瞬だけ黙った。
「……旦那様」
「ん?」
「そのための費用と人員を確保する必要がございます」
「ああ、そうか」
領主なのだから、魔法が使えるからといって勝手に解決するわけにはいかないらしい。
それでも、方法があるなら放っておく理由もない。
「じゃあ、まずは見積もりを出してくれ。道を固めて、水がちゃんと流れるようにする」
「承知いたしました」
さらに街を見て回る。
すると今度は市場の周辺で、店先に置かれた商品が雨よけの布に覆われているのが目に入った。
「ここも雨の日は大変そうだな」
「はい。屋根のある場所が足りませんので」
「じゃあ屋根を増やせばいい」
「……承知いたしました」
セバスチャンの返事が、さっきより少しだけ重い。
「どうした?」
「いえ。問題が一つ見つかるたびに、旦那様のお仕事が増えているように思いまして」
「でも、直せるんだろ?」
「はい」
「じゃあ直そう」
俺はあっさり答えた。
国を変えたいわけじゃない。
偉くなりたいわけでもない。
ただ、自分の領地で暮らしている人たちが、少しでも楽に暮らせるなら、そのほうがいい。
しかも魔法がある世界だ。
前世なら何年もかかりそうなことでも、魔法を使えば意外と簡単に解決できるかもしれない。
「セバスチャン」
「はい」
「他にも、街で困ってることがないか聞いてみよう」
「……かしこまりました」
セバスチャンは静かに一礼した。
その横でマリアンヌが楽しそうに笑っている。
「ルー様、視察に来てよかったですね」
「そうだな」
最初は服がちゃんと使えるか確認するだけのつもりだった。
それなのに、道の修繕に市場の屋根。
帰ったら仕立て職人との話もある。
「……なんか、仕事が増えたな」
「ふふっ」
「まあ、いいか」
俺は隣を歩くマリアンヌを見る。
今日の目的だった服の確認は、十分すぎるほどできた。
そして何より、こうして一緒に街を歩いて、領民の暮らしを見るのも悪くない。
「マリアンヌ」
「はい?」
「今日の服、本当に似合ってるよ」
「ありがとうございます」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
視察の結果、いくつか新しい問題が見つかった。
でも、魔法のあるこの世界なら、思ったより何とかなるのかもしれない。
だったら、一つずつやっていけばいい。
屋敷に戻ると、さっそく仕立て職人との面談をすることになった。
「こちらが、旦那様が考えられた服のデザイン画でございます」
セバスチャンが机の上に並べていく。
「おお……」
仕立て職人は一枚ずつ手に取り、真剣な顔で眺めている。
俺はそれぞれの服について、必要な部分だけ説明した。
「基本はこの形で。生地や細かい仕立てについては、職人さんに任せるよ」
「よろしいのですか?」
「その道の専門家だろ? だったら任せたほうがいい」
俺はデザイン画をまとめて渡した。
「これを作ってくれ。あとはよろしく」
「……かしこまりました」
仕立て職人は少し戸惑いながらも、頭を下げた。
俺としては本当にそれだけだった。
自分が考えたものを形にするのは職人の仕事だ。
俺が全部口を出したら、かえって邪魔になる。
ただし――。
「マリアンヌの服を作るときは、毎回俺も打ち合わせするから」
「承知いたしました」
そこだけは譲らない。
マリアンヌの服については、実際に本人に着てもらいながら、似合う形や色を一緒に決めたい。
それくらいは自分でやりたいのだ。
服だけではない。
靴や帽子、鞄、髪飾りなどの小物についても、いくつかデザインを考えて、それぞれ専門の工房にすでに依頼してある。
こちらも基本的には職人に任せるつもりだ。
そんな中、以前作った女性用下着についても、仕立て屋との話が進んでいた。
試作品を見た仕立て屋の夫人が、しげしげと眺めている。
「これが……女性用の下着ですか?」
「そう。今までのものより、動きやすくて着心地もいいはずだ」
「まあ……」
夫人はしばらく眺めたあと、驚いたように目を見開いた。
「まあ! なんてハレンチですわね!」
「え?」
思わず聞き返した。
「どこが?」
「どこがって……!」
夫人は顔を赤くしている。
俺には今までの下着のほうが、よっぽど動きにくそうに見えるんだけどな。
「マリアンヌは着心地がいいって言ってたぞ」
「奥様が?」
「うん。気に入ってくれてる」
俺がそう言うと、マリアンヌが夫人に声をかけた。
「よろしければ、実際に試してみませんか?」
「えっ?」
「着てみれば、きっと分かりますよ」
「い、いえ、私は……」
「大丈夫です。こちらへどうぞ」
そのままマリアンヌに連れられて、夫人は別室へ消えていった。
「……」
残された俺と仕立て屋は、顔を見合わせる。
「奥様は、ああいうところがお強いですな」
「そうか?」
「はい」
しばらくして、二人が戻ってきた。
夫人の表情が、先ほどとは明らかに違っている。
「……いい物でしたわ」
「だろ?」
「ええ。とても動きやすいですし、締め付けも少ない。それに、思っていたよりずっと快適ですわね」
「だから言ったじゃないか」
俺が笑うと、夫人は試作品を見つめながら考え込む。
そして――。
「……これ、売れますわね」
「え?」
「女性なら、一度は試してみたいと思うはずですわ」
先ほどまで「ハレンチ」と言っていた人とは思えないほど、目が輝いている。
「こんなに着心地がいいもの、私だけで終わらせるなんてもったいないですわ」
「じゃあ、作ってもらおうか」
「はい!」
こうして女性用下着も、商品化に向けて動き始めることになった。
……まさか最初に「ハレンチ」と言っていた人が、一番やる気になるとは思わなかった。
そして気がつけば、服だけではなく下着に小物、さらに領内の道や市場の整備まで話が広がっている。
俺はセバスチャンを見る。
「……仕事、増えたな」
「はい。大変ありがたいことでございます」
その返事が妙に嬉しそうだった。
まあ、いいか。
自分の領地が少し良くなって、マリアンヌが笑ってくれるなら。
それで十分だった。




