騒がしいお姉ちゃんだな!でも おもしれ~女
三日目の夕方。
今日も一日、マミーに付き合っていた。
買い物をして、甘いものを食べて、一緒に庭を歩いて、料理までした。
正直、かなり疲れた。
でも、不思議と嫌ではない。
むしろ――こうして自分を家族として扱ってくれることが、少し嬉しかった。
「ルー君、今日は楽しかったわね」
「はい。俺も楽しかったです」
そう答えると、マミーが嬉しそうに笑う。
「まあ……」
そのとき。
玄関のほうから、元気な声が聞こえてきた。
「ただいまー!」
「…………?」
誰だ?
マリアンヌが顔を上げる。
「あ」
「どうした?」
「お姉ちゃんです」
「お姉さん?」
「はい」
マリアンヌが嬉しそうに立ち上がった。
「帰ってきたんだ……!」
そう言って玄関へ向かっていく。
俺も少し遅れて後を追った。
すると。
「マリー!」
「お姉ちゃん!」
二人が抱き合った。
「久しぶり!」
「うん!」
「元気だった?」
「元気よ。お姉ちゃんは?」
「もちろん元気!」
二人のやり取りを見ているだけで、仲がいいことが分かる。
やがて。
マリアンヌの姉がこちらを向いた。
「……で?」
「え?」
「あなたが?」
俺を見る。
上から下まで、じっと見られる。
「伯爵?」
「……はい」
俺が答えると。
「へえ……」
姉は少し目を細めた。
「あなたが、マリーの旦那様ね」
「そうです」
「ふーん」
なんだろう。
妙に距離が近い。
俺が少し戸惑っていると、マリアンヌが困ったように声をかけた。
「お姉ちゃん、ルー様に失礼よ」
「別にいいじゃない。家族になるんだから」
「家族……」
その言葉に、俺は少しだけ驚いた。
けれど。
嫌な感じはしなかった。
「初めまして。ルードリッヒ・フェルネです」
「こちらこそ。マリアンヌのルーシーよ」
ルーシーはあっさりと挨拶を済ませる。
そして。
「ところで、伯爵」
「はい?」
「男、いない?」
「…………」
いきなりだった。
「え?」
「だから男」
「……男?」
「そう。私の旦那になるような男」
「お姉ちゃん!?」
マリアンヌが真っ赤になる。
「何よ。私ももう二十七よ?」
「そうだけど……」
「そろそろ結婚しないと、家の跡継ぎも困るでしょう?」
ルーシーは平然としている。
「別に高位貴族じゃなくてもいいのよ。ちゃんとした家の男なら」
「…………」
俺は少し考えた。
この人、ものすごく現実的だな。
「お姉ちゃん、いきなりそんなことをルー様に……」
「だって伯爵なんだから、貴族の知り合いくらいいるでしょう?」
「まあ……」
いるにはいる。
俺は腕を組んだ。
そして、ふと思い出す。
「……一人、いるな」
「本当!?」
食いつきが早い。
「うん」
「どんな人?」
「二十七歳くらい」
「ほう」
「騎士だ」
「へえ」
「男爵家の三男だったかな」
「なるほど」
「教育はちゃんと受けてるし、礼儀もある」
「いいじゃない」
「出世欲もそんなにない」
「ますますいいわね」
ルーシーは真剣に聞いている。
「それで?」
「俺の領地で働いてる騎士だ」
「…………」
ルーシーが少し考える。
「その人、婿に来てくれそう?」
「たぶん」
「ならいいわ」
「決断早くない?」
「何言ってるの」
ルーシーは当然のように答えた。
「私は跡継ぎを産みたいのよ。家を継ぐ男が必要なの」
「……なるほど」
ものすごく合理的だった。
「お姉ちゃん……」
マリアンヌは呆れたような顔をしている。
「何よ」
「もう少しこう……恋愛とか……」
「結婚してからでもいいでしょう」
「…………」
マリアンヌが黙った。
どうやら反論できないらしい。
その様子を見て、俺は少し笑った。
「まあ、本人が良ければ紹介するよ」
「本当!?」
「ああ」
「じゃあ決まりね!」
「いや、まだ相手に確認してないから」
「じゃあ確認して!」
「分かった分かった」
話が早すぎる。
俺が苦笑していると、ルーシーがふとマリアンヌを見る。
「それにしても……」
「はい?」
「マリー、幸せそうね」
「え?」
「顔を見れば分かるわよ」
マリアンヌが少し照れる。
「……うん」
「なら安心した」
ルーシーは笑った。
「私、マリーのこと大好きだから」
「お姉ちゃん……」
二人が笑い合う。
その様子を見ていると、ルーシーがただ豪快なだけの人ではないことが分かった。
妹のことを、本当に大切にしている。
「ルー様」
「ん?」
「お姉ちゃん、昔からこうなんです」
「そうなのか?」
「はい。動物も好きですし、木にも登るし……」
「木?」
「子供の頃はよく登っていました」
「へえ」
「猫を見つけると追いかけていったりもして」
「なるほど」
猫好きなのは昔かららしい。
その話を聞いていると、俺も少し興味が湧いてきた。
「……そういえば、猫カフェ好きそうだな」
「大好きよ!」
ルーシーが即答した。
やっぱりか。
「今度、うちの猫カフェにも来る?」
「行く!」
また即答。
マリアンヌが笑った。
「お姉ちゃん、絶対気に入ると思う」
「でしょうね!」
なんだか。
初対面なのに、妙に話しやすい人だった。
マミーはそんなルーシーを見ながら笑っている。
「ふふ。久しぶりに家族が揃ったわね」
セドリックも嬉しそうに頷いた。
「そうだな」
その日の夕食は、久しぶりに家族全員で囲むことになった。
ルーシーは俺に遠慮する様子もなく話しかけてくる。
「伯爵、猫カフェってどんな感じ?」
「かなり大きいぞ」
「へえ!」
「貴族向けの店もある」
「行きたい!」
「そのうち連れていくよ」
「約束ね!」
「分かった」
本当に遠慮がない。
でも。
嫌ではなかった。
むしろ、こうして家族の一員として普通に扱われていることが、少し嬉しい。
マリアンヌを見る。
ルーシーと楽しそうに話している。
マミーも笑っている。
セドリックも穏やかな顔をしている。
こういう時間も。
悪くないな。
そして翌日。
いよいよ帰る日になった。
朝食を終え、帰る準備を済ませる。
三日間。
長いようで、あっという間だった。
「寂しくなるわね」
マミーがそう言って、少し寂しそうに笑う。
「また来ますよ」
俺が答えると、マミーの顔がぱっと明るくなった。
「本当?」
「はい」
「嬉しいわ、ルー君」
その笑顔を見ていると、また来てもいいと思う。
帰る前に、俺はふと思い出した。
「……そういえば」
「どうしたの?」
「写真、まだ撮ってませんよね」
「あ」
マリアンヌが声を上げる。
「そういえば……!」
「写真?」
ルーシーが首を傾げる。
「家族で撮ろうと思っていたんです」
「いいじゃない!」
ルーシーがすぐに乗ってくる。
「せっかくだもの。全員で撮りましょうよ」
「ええ」
マミーも嬉しそうだ。
「こういうの、欲しかったのよ」
セドリックも穏やかに笑った。
「いい記念になりそうだな」
使用人に頼み、五人で並ぶ。
セドリック。
マミー。
マリアンヌ。
俺。
そして、ルーシー。
「もう少し寄ってください」
「こうか?」
「ルー君、もう少しこちらへ」
「はい」
マミーが俺の腕に軽く寄り添う。
ルーシーもマリアンヌの肩に腕を回す。
「では、撮ります」
ぱしゃり。
一枚の写真が残った。
そこには、家族五人が並んでいる。
それを見て、マリアンヌが嬉しそうに笑った。
「素敵な写真ですね」
「ああ」
俺も笑う。
この家に来たときは、少し緊張していた。
けれど今は。
なんとなく、ここが自分にとっても家族のいる場所なのだと思える。
そして――。
「……そうだ」
俺はふと思いついた。
「もしよければ、うちに来ませんか?」
「え?」
「俺の屋敷にも」
マリアンヌを見る。
「マリアンヌの家族ですし、俺にとっても家族みたいなものですから」
少し照れながら続ける。
「それに、うちの屋敷で働いている者たちにも、皆さんを紹介したいです」
マリアンヌが嬉しそうに笑った。
「素敵ですね」
だが。
「いいわね!」
真っ先に反応したのはマミーだった。
「ぜひ行きましょう!」
「え?」
「ルー君のお家を見てみたいわ!」
さらに。
「観光ね!」
目が輝いている。
「どんなところなのかしら。楽しみだわ!」
その勢いに、俺は少し圧倒される。
「まあ……確かに、観光みたいなものですね」
「でしょう?」
マミーは完全に乗り気だった。
そして。
「それなら、あの騎士にも会ってみようかしら」
「……あの騎士?」
俺が聞き返す。
「ほら、お姉ちゃんが話していた――」
「ああ」
マリアンヌが思い出したように頷く。
そういえば、お見合いの話をしていたな。
「せっかくルー君の領地へ行くんですもの。どんな人なのか見てみたいわ」
「私も!」
姉がすぐに食いついた。
「その人、どんな人なの?」
「だから、まだ本人に話してないって」
「じゃあ会ってから考えればいいじゃない」
「いや、そういうものなのか?」
「そういうものよ」
どうやら、ルーシーは完全にその気らしい。
マミーも楽しそうに笑っている。
「ルー君と旅行ね!」
「……旅行」
俺は苦笑した。
別にそこまで大げさなものじゃない。
ただ、屋敷に遊びに来てもらうだけだ。
そう思っていた。
「い、いいのかね?」
セドリックだけが少し戸惑っている。
「ルードリッヒ君も領主として忙しいだろうし……」
「大丈夫ですよ」
俺は普通に答える。
「せっかくですから、皆さんで来てください」
「……そうか」
セドリックは少し考えたあと、嬉しそうに笑った。
「では、お言葉に甘えようか」
「やった!」
マミーが嬉しそうに声を上げる。
「ルー君と旅行ね!」
「……まあ、そういうことになりますね」
俺は苦笑した。
どうやら。
俺の何気ない一言で、三人ともフェルネ家へ遊びに来ることになったらしい。
マリアンヌが隣で嬉しそうに笑っている。
「楽しみですね、ルー様」
「ああ」
俺も笑った。
家族みんなで旅行。
それも、悪くない。
そして俺はまだ知らなかった。
この日からしばらく。
俺の屋敷が、ネコスキー家の観光地になることを。




