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国なんて知ったこっちゃない、俺に大事なのは嫁だけだ  作者: 七風


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30/33

母親ってもっとほっとかれるものだと思ってたわ

翌朝。


 朝食を終えた俺が客間へ戻ろうとしていると、マミーに呼び止められた。


「ルー君、今日は少し時間あるかしら?」


「はい?」


 振り返ると、マミーが何やら紙を持っている。


「ちょっと付き合ってほしいの」


「何にですか?」


 マミーは嬉しそうに紙を広げた。


「これよ」


「……何ですか、これ?」


 紙の一番上には、大きな文字でこう書かれていた。


『息子がいたらしたかったこと』


「…………」


 俺はしばらく黙って紙を見つめた。


「マミー?」


「はい」


「これ……俺がやるんですか?」


「もちろんよ」


 即答だった。


 マリアンヌが隣から紙を覗き込む。


「お母様、いつの間にこんなものを……」


「前から考えていたのよ。男の子がいたら、一緒にやってみたいことって結構あったの」


 マミーは楽しそうに指を動かしていく。


「まずは一緒に買い物でしょう?」


「……はい」


「それから、息子に似合う服を選ぶでしょう?」


「……はい」


「一緒にお菓子を食べたり、庭を散歩したり、料理をしたり。できれば記念に写真も撮りたいわね」


「…………」


 想像以上に多い。


 俺が少し困った顔をしていると、マミーが首を傾げた。


「嫌?」


「いや、嫌というわけでは……」


「じゃあ、いいわね?」


「……まあ」


 そう答えた瞬間、マミーの顔がぱっと明るくなった。


「じゃあ行きましょう!」


 ……この人、強いな。


 こうして、俺の一日が始まった。


 最初は買い物だった。


 マミーは俺を連れて店を回りながら、服を次々と見ていく。


「ルー君、これ似合いそう」


「え、これですか?」


「ええ。ちょっと着てみない?」


「俺が?」


「息子の服を選ぶの、やってみたかったのよ」


「…………」


 断る理由もない。


 俺は言われるまま試着してみた。


「まあ! やっぱり似合うわ!」


「そうですか?」


「素敵ですよ、ルー様」


 マリアンヌまで笑っている。


「……二人とも楽しそうですね」


「だって楽しいもの」


 マミーは本当に嬉しそうだった。


 その後も服を見たり、装飾品を選んだり、少し休憩してお菓子を食べたりした。


 そのたびに、


「ルー君、これも食べる?」


「はい」


「こっちも美味しいわよ」


「……はい」


「ちゃんと食べてね」


「…………はい」


 気づけば、俺の前にはかなりの量のお菓子が並んでいた。


「マミー」


「何かしら?」


「俺、そんなに食べられませんよ」


「あら。男の子ならもっと食べるでしょう?」


「俺、もうそんなに若くないんですけど」


「ふふ。そういうところも可愛いわね」


「…………」


 なんだろう。


 嬉しい。


 嬉しいんだけど。


 ものすごくむず痒い。


 そんな俺を見て、マリアンヌがくすくす笑っている。


「ルー様、楽しそうですね」


「マリアンヌまで……」


 午後になると、今度は庭を散歩した。


 マミーは俺の隣を歩きながら、昔の話をしてくれる。


「ここね、昔はもっと小さな庭だったのよ」


「そうなんですか」


「マリアンヌとお姉ちゃんが小さい頃は、よくここで遊んでいたの」


「へえ」


 マリアンヌが少し恥ずかしそうに笑う。


「お姉ちゃんの後を追いかけていた頃ですね」


「そうそう。あなたは昔からお姉ちゃんについていくことが多かったわね」


 そんな話を聞きながら、俺は自然と笑っていた。


 その後は料理まで一緒にすることになった。


「ルー君、これ混ぜてもらえる?」


「分かりました」


「もう少しゆっくりでいいわよ」


「こうですか?」


「そうそう。上手ね」


 褒められる。


 ただそれだけなのに、妙に照れくさい。


 俺は前世でも、こんなふうに母親と料理をした記憶はほとんどなかった。


 気づけば夕方になっていた。


こうして、一日が終わった。


 部屋へ戻った俺は、ベッドに腰を下ろして大きく息を吐いた。


「……疲れた」


 今日は本当に色々やった。


 服を選んで。


 買い物をして。


 お菓子を食べて。


 庭を歩いて。


 料理をして。


 最後には写真まで撮った。


 正直に言えば、最初はかなり恥ずかしかった。


 息子がいたらやってみたかったこと。


 そんなものを、自分が代わりにやっているのだから。


 俺は天井を見上げた。


 ふと、前世の母親のことを思い出す。


 俺が子供の頃の母さんは、どちらかというと放任主義だった。


 もちろん愛情がなかったわけじゃない。


 ただ、今のマミーみたいに、


「ちゃんと食べてね」


とか、


「これ似合うわよ」


とか、


「一緒にやりましょう」


なんて、何でも構ってくるタイプではなかった。


 それを思い出すと、少しだけ笑ってしまう。


「……全然違うな」


 むしろ今のほうが、よほど母親らしい気がする。


 とはいえ。


「ちょっと、むず痒いけどな……」


 俺は苦笑した。


 それでも。


 今日一日を思い返してみる。


 マミーは、本当に楽しそうだった。


 俺に服を選ぶときも。


 一緒に料理をするときも。


 写真を撮るときも。


 ずっと嬉しそうに笑っていた。


 たぶん。


 俺を単なる「娘の夫」として扱っているわけじゃない。


 伯爵だから気を遣っているわけでもない。


 マリアンヌを幸せにしているから仕方なく受け入れているわけでもない。


 ただ、本当に。


 俺自身を、家族として可愛がってくれている。


「……そっか」


 そう思うと。


 胸の奥が、じんわりと温かくなった。


 母親にこんなふうに構ってもらった記憶は、俺にはあまりない。


 だから、どう反応すればいいのか分からなくて、少しむず痒い。


 でも。


 嫌じゃない。


 むしろ。


「……嬉しいんだな、俺」


 ぽつりと呟く。


 そう思えた。


 そして。


 セドリックのことも思い出した。


 最初は、明らかに俺に緊張していた。


 伯爵と男爵。


 爵位だけを見れば、俺のほうが上だ。


 だから、どうしても「伯爵様」として接してしまう。


 でも、酒を飲んで話しているうちに、そんなことは気にならなくなっていた。


 領地の話をして。


 昔のマリアンヌの話を聞いて。


 くだらない話をして笑って。


 いつの間にか、俺はあの人を爵位で見ていなかった。


 そしてたぶん、向こうも同じだった。


 俺を「伯爵」としてではなく、一人の人間として見てくれていた。


 それが、妙に心地よかった。


「……家族、か」


 俺は小さく呟いた。


 前世でも、この世界でも。


 家族というものを、こんなふうに感じたことはなかった。


 血が繋がっているわけじゃない。


 俺とマミーも。


 俺とセドリックも。


 それでも。


 マリアンヌを通じて繋がったこの家族が、少しずつ自分の居場所になっている気がする。


「……悪くないな」


 そう呟いたところで、部屋の外から声がした。


「ルー様?」


「マリアンヌ?」


「はい。入ってもいいですか?」


「ああ」


 扉が開く。


 マリアンヌが入ってきた。


「今日は大変でしたね」


「まあな」


「でも、嬉しそうでしたよ」


「……そう見えた?」


「はい」


 マリアンヌが笑う。


「お母様、とても嬉しそうでしたから」


「それは分かる」


「私も嬉しかったです」


「何が?」


「ルー様が、お父様やお母様と仲良くなってくださったことです」


「……そっか」


 俺も笑う。


「俺も、悪くないと思ってるよ」


「ふふ」


 マリアンヌが嬉しそうに笑った。


 その夜。


 俺は眠る前に、今日のことをもう一度思い出した。


 むず痒くて。


 少し恥ずかしくて。


 でも。


 確かに嬉しかった。


 マミーが俺を可愛がってくれることも。


 セドリックが俺を一人の人間として見てくれることも。


 そして何より。


 マリアンヌの家族の中に、自分の居場所ができたことが。


「……明日も、ちゃんと付き合うか」


 明日もきっと、マミーは何か考えているだろう。


 そう思うと、少しだけ笑ってしまった。


 そして翌朝。


「ルー君、おはよう!」


「……おはよう、マミー」


 廊下の向こうから聞こえた声に、俺は思わず苦笑する。


 どうやら。


 今日もマミーの息子として、一日を過ごすことになりそうだった。

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