作るのは面白いんだよ 発表?お前に任すわ
俺は、屋敷の倉庫から持ってきた古びた箱を眺めていた。
昨日、ステータスを確認してから気になっていたものだ。
古びた木箱。
中には、金属製の小さな窯のようなものが入っている。
「これ、何なんだ?」
前世の知識では見たことがない。
なら――。
「鑑定」
軽く手をかざす。
目の前に文字が浮かんだ。
簡易錬金窯
素材を錬金術によって別の物質へ変換するための器具。
専用の錬成陣と組み合わせて使用する。
「…………」
俺はしばらく窯を見つめた。
「錬金窯?」
そういえば、この世界には錬金術があるんだった。
名前くらいは知っている。
でも、実際に見たことはない。
「……これ、使えるんじゃないか?」
俺は窯をもう一度見る。
なんだか妙に気になってきた。
だったら――。
「セバス!」
「はい、旦那様」
すぐにセバスチャンがやってくる。
「優秀な錬金術師を呼んでくれ」
「錬金術師、でございますか?」
「ああ」
俺は窯を指差した。
「これを使える奴が欲しい」
「……なるほど」
セバスチャンは窯を見たあと、俺を見る。
「何か思いつかれたので?」
「まだ何も思いついてない」
「…………」
「ただ、面白そうだろ?」
「……左様でございますな」
セバスチャンは小さく息を吐いた。
その顔には、わずかながら楽しそうな色が浮かんでいる。
「では、腕の立つ錬金術師を探してまいります」
「頼む」
「承知いたしました」
セバスチャンが部屋を出ていく。
俺は再び錬金窯を眺めた。
「……何が作れるんだろうな」
少しだけワクワクしてきた。
服。
食べ物。
便利な道具。
もしかしたら、前世では作れなかったようなものまで作れるかもしれない。
「これは……楽しそうだな」
俺は知らなかった。
この日から――。
俺と一人の錬金術師による、妙な発明競争が始まることを。
そしてその結果、屋敷の厨房と領地の産業が、また少し便利になっていくことを。
数日後。
「失礼いたします」
セバスチャンに案内され、一人の男が研究室へ入ってきた。
年齢は三十代くらいだろうか。
少し乱れた髪に、眼鏡。
服にはところどころ薬品の染みがついている。
いかにも錬金術師、といった格好だった。
「こちらが、今回お呼びした錬金術師でございます」
「初めまして。錬金術師のレオニードと申します」
「ルードリッヒだ。よろしく」
「こちらこそ」
レオニードは軽く頭を下げると、すぐに部屋の中央に置かれた錬金窯へ視線を向けた。
「……これが?」
「ああ。倉庫にあったんだ。鑑定したら錬金窯って出た」
「少し拝見しても?」
「もちろん」
レオニードは窯の周囲を歩きながら、細かく確認していく。
底。
蓋。
魔力の流れ。
そして、窯の横に刻まれていた小さな魔法陣。
「……かなり古い型ですね」
「使えるのか?」
「ええ。問題ありません」
レオニードは少し驚いたように窯を見た。
「むしろ、状態が良すぎます。長く使われていなかっただけで、錬金術の基礎機構はきちんと残っています」
「へえ」
「ただし、この窯だけでは作れるものに限界があります」
「やっぱりそうなのか」
「ええ。小型ですから、大きな物は無理でしょう」
俺は窯を見る。
「じゃあ、まずは小さいものから試そう」
「何を作るおつもりで?」
「調味料とか」
「調味料?」
「ああ。塩とか砂糖とか、あとはジャムなんかも作れる?」
「素材があれば可能です」
さっそく試してみることになった。
レオニードが材料を確認し、窯へ入れていく。
「錬成陣を起動します」
「おう」
魔法陣が淡く光った。
窯の中から小さな音が聞こえる。
しばらくして――。
「完成しました」
蓋を開ける。
「おお」
そこには、見慣れた調味料が出来上がっていた。
次はジャム。
果物を入れて、錬成陣を調整する。
しばらく待つ。
「……完成です」
瓶へ移して味見してみる。
「うん。ちゃんとジャムだ」
「成功ですね」
レオニードも少し嬉しそうだ。
「面白いな、これ」
次は別の果物。
甘さを少し変える。
さらに別の素材を組み合わせる。
調味料も試してみる。
気づけば、机の上にはいくつもの瓶が並んでいた。
「これ、組み合わせ次第で色々作れるんじゃないか?」
「そうですね」
「じゃあ、もっと試してみよう」
「はい」
レオニードの目が少し輝いた。
どうやら俺だけではなかったらしい。
「……面白くなってきたな」
俺は小さな錬金窯を眺めた。
ただ、そこで一つ問題がある。
「なあ、レオニード」
「はい?」
「これ、もっと大きくできないのか?」
「…………」
レオニードは窯を見る。
そして、少し考えてから答えた。
「できます」
「できるの?」
「改良すれば」
「じゃあ、やろう」
「……え?」
「大型化だ」
俺は立ち上がった。
「もっと大きなものが作れたら、色々便利だろ?」
レオニードはしばらく黙っていた。
やがて――。
「……確かに」
眼鏡を押し上げる。
「大型化できれば、錬金術の用途そのものが変わります」
「だろ?」
「窯だけではありません。錬成陣も大型化して、出力側の魔法陣も調整すれば、かなり大きな物まで扱えるようになるかもしれません」
「面白そうだな」
「……はい」
レオニードは完全に乗っていた。
そこから二人の作業が始まった。
窯の構造を調べる。
魔力の流れを確認する。
錬成陣を書き換える。
魔石の配置を変える。
出力用の魔法陣も調整する。
「ここ、魔力の流れをもう少し広げられないか?」
「できます。ただ、出力が安定しなくなる可能性があります」
「じゃあ、ここに制御用の魔法陣を追加しよう」
「なるほど……」
レオニードが紙に書き込む。
「では、この部分をこうして……」
「おお、それならいけそうだ」
「やってみましょう」
失敗する。
調整する。
また失敗する。
さらに調整する。
そんなことを何度も繰り返した。
それでも二人とも飽きなかった。
「……できた」
数日後。
研究室の中央には、以前より一回り、いや二回り大きくなった錬金窯が置かれていた。
「成功です」
レオニードが嬉しそうに笑う。
「やったな」
俺も思わず笑った。
試しに大量の果物を入れてみる。
錬成陣を起動。
しばらくして――。
「完成しました」
隣の出力用魔法陣が光る。
そこに、大きな容器いっぱいのジャムが現れた。
「……すげえ」
「成功ですね」
「これなら食品加工にも使えるな」
「もちろんです」
レオニードは楽しそうに頷いた。
俺も、さらに考える。
「なあ」
「はい?」
「熱を吸ったり、冷やしたりするようなものも作れるか?」
「……冷却装置ですか?」
「ああ。部屋の熱気を吸って、冷気に変換するんだ」
レオニードは黙った。
そして――。
「……面白いですね」
「だろ?」
「やってみましょう」
こうして俺たちは、さらに色々な物を作り始めた。
食品加工用の器具。
保存用の容器。
温度を保つ道具。
冷却装置。
簡単な暖房器具。
香料を作るための器具。
染料を作る装置。
作っては試す。
試しては改良する。
俺が思いつきを口にすると、レオニードが錬金術として成立する形に組み立てる。
レオニードが新しい仕組みを考えると、俺が使い道を考える。
いつの間にか、俺たちはすっかり夢中になっていた。
「これもいけるんじゃないか?」
「試してみましょう」
「じゃあ次はこれだ」
「分かりました」
研究室には、次々と新しい試作品が増えていった。
そして、その中には――。
「……これ、マヨネーズにも使えるんじゃないか?」
「マヨネーズ?」
「ああ。今までは厨房で人が混ぜて作ってるだろ?」
「ええ」
「錬金術で混合そのものを安定させれば、もっと簡単に作れるんじゃないか?」
レオニードが目を輝かせた。
「やってみましょう!」
「おう!」
さっそく二人で錬成式を組み始める。
卵。
油。
酢。
塩。
材料を入れて、錬成陣を起動する。
魔法陣が淡く光った。
「……どうだ?」
「もう少し魔力の流れを調整しましょう」
「なるほど」
失敗。
調整。
再挑戦。
そして――。
「できました!」
窯の中には、見慣れたマヨネーズが出来上がっていた。
「……おお」
俺は一口食べる。
「うん。ちゃんとマヨネーズだ」
「これなら厨房での作業をかなり減らせますね」
「だろ?」
俺は満足して頷いた。
だが。
そこでレオニードが窯を見つめた。
「……これ、マヨネーズだけじゃありませんよね」
「ん?」
「材料を混ぜるだけではなく、加熱や冷却まで錬成式に組み込めるなら……」
俺も窯を見る。
「……色々できそうだな」
「ええ」
「じゃあ、次は何を作る?」
レオニードが笑う。
「それを考えるところから始めましょう」
「面白そうだな」
その日の夜。
研究室の机には、二人が書き散らした錬成式と設計図が山のように積まれていた。
冷却装置。
加熱装置。
食品加工機。
保存容器。
染料。
香料。
まだ試していないものまで、次々と書き込まれていく。
俺はその紙を眺めながら思った。
「……これ、もっと色々作れるんじゃないか?」
隣では、レオニードも同じような顔をしている。
「……私も、そう思っていました」
「よし」
俺は立ち上がった。
「明日からもっと試そうぜ」
「はい!」
こうして――。
俺たちの錬金術研究は、マヨネーズ作りから始まり、少しずつおかしな方向へ進み始めた。
そして翌日。
研究室の扉を開けたセバスチャンは、机いっぱいに並んだ設計図を見て――。
「…………」
静かに扉を閉めた。
見なかったことにしたかった。
だが。
「セバス! ちょっと来てくれ!」
すぐに中からルードリッヒの声が響く。
「……旦那様」
セバスチャンは深く息を吐いた。
どうやら今回も、長い一日になりそうだった。
――数日後。
研究室には、さらに大量の試作品が並んでいた。
レオニードが一つ一つ確認している。
「冷却装置、食品加工機、保存器具……これだけでも十分な成果です」
「そうか?」
「十分どころではありません。錬金術師たちに発表すれば、かなりの反響があると思います」
「発表?」
俺は少し考えた。
そこで、ふと思った。
「……なあ、レオニード」
「はい?」
「これ、俺が発表しないと駄目なのか?」
「え?」
「いや、俺は別に目立ちたいわけじゃないんだよ」
俺は並んだ試作品を見る。
「便利になればそれでいい」
「ですが、旦那様の発想がなければ、ここまでの物は……」
「じゃあ、レオニードが発表してくれ」
「私が?」
「ああ」
レオニードが固まる。
「錬金術師なんだから、そのほうが話も早いだろ?」
「……確かに」
「それに、こういうのは専門家に任せたほうがいい」
俺は少し考えてから続けた。
「俺は新しい物を考えるところまででいい。発表とか、他の錬金術師との話とか、普及とか、そういうのは全部任せる」
「…………」
レオニードは俺を見つめた。
「旦那様は……」
「ん?」
「本当に、それでよろしいのですか?」
「もちろん」
俺は頷く。
「その代わり――」
「はい」
「利益が出たら、三割は俺。七割はレオニードでいい」
「…………え?」
今度は本気で固まった。
「いや、俺は領主だし、別に金に困ってないからな」
「しかし、発想をされたのは旦那様です」
「でも、実際に錬金術として形にしたのはお前だろ?」
俺は肩をすくめる。
「それに、俺が全部抱え込んだら面倒じゃないか」
「面倒……ですか」
「ああ。発表も交渉も、他の錬金術師への説明も、注文の対応も。全部俺のところに来たら嫌だろ?」
「……旦那様」
レオニードはしばらく黙っていた。
そして――。
「分かりました」
深々と頭を下げた。
「この仕事、必ず成功させます」
「うん。頼む」
俺は満足した。
これでいい。
俺は思いついたものを作る。
レオニードは錬金術師として、それを世に広める。
利益は三割も入れば十分だ。
何より――。
「これで、俺は目立たなくて済むな」
「…………」
レオニードが少し複雑そうな顔をしている。
「どうした?」
「いえ……」
眼鏡を押し上げる。
「旦那様は、御自分が何を作っているのか、本当に分かっていらっしゃるのかなと」
「便利な物だろ?」
「……はい」
レオニードは苦笑した。
「便利な物です」
そこで俺は、ふと思った。
「そうだ」
「はい?」
「発表だけじゃなくてさ」
「……はい」
「発表会で質問されたら、レオニードが答えてくれ」
「もちろんです」
「その後の詳しい説明も」
「はい」
「他の錬金術師から研究について聞かれたら?」
「私が対応します」
「商人から製造の話が来たら?」
「私が」
「貴族から面会を求められたら?」
「私が対応します」
「よし」
俺は頷いた。
完璧だ。
「じゃあ、俺は行かなくてもいいな」
「…………」
レオニードの動きが止まった。
「いや、発表会ですよ?」
「うん」
「旦那様も共同開発者ですよね?」
「そうだけど?」
「でしたら、普通は一緒に出席されるものでは……」
「でも俺、目立ちたくないし」
「…………」
レオニードが黙り込む。
俺は少し考えた。
「じゃあ、名前だけ出せばいいんじゃないか?」
「名前だけ……」
「そう。俺は発想担当。レオニードは発表担当」
「……役割分担、と」
「そうそう」
なんとなく、それっぽく聞こえる。
レオニードも納得しかけた。
「では、質疑応答は?」
「レオニード」
「はい」
「頼んだ」
「……はい」
「技術的な説明も?」
「私が」
「契約や販売の交渉も?」
「私が」
「苦情が来たら?」
「…………私が」
「よし」
俺は満足した。
「完璧だな」
「何がですか!?」
レオニードが初めて大きな声を出した。
俺は少し驚いた。
「え?」
「旦那様、それは共同研究ではなく、ほとんど丸投げではありませんか!」
「いやいや」
俺は真面目な顔で答える。
「俺は三割もらうんだぞ?」
「そこですか!?」
「七割はレオニードだろ?」
「そうですが!」
「だったら、その分働いてくれ」
「…………」
レオニードが頭を抱える。
少し考えたあと、ため息を吐いた。
「……分かりました」
「頼む」
「ですが、発表会には来てください」
「えー……」
「共同開発者として」
「…………」
俺は渋々頷いた。
「じゃあ、端っこに座ってるだけでいい?」
「それで構いません」
「質問されたら?」
「私が答えます」
「俺は?」
「黙っていてください」
「分かった」
話がまとまった。
俺は安心した。
これなら大丈夫だ。
発表会でレオニードが全部説明している間、俺は隅で静かにしていればいい。
そして発表会当日。
「旦那様、こちらへ」
会場に入った俺は、さっそくレオニードに連れて行かれた。
「俺、ここでいい?」
「はい」
案内されたのは、登壇者の席。
「……ここ、隅じゃなくない?」
「共同開発者ですから」
「…………」
逃げ道がない。
発表が始まる。
レオニードが壇上に立った。
「本日は、新型錬金術式と、それを利用した新型錬金器具について――」
会場の錬金術師たちが一斉に注目する。
俺は静かに座っていた。
すると、さっそく手が上がる。
「この錬成式を考案したのは誰ですか?」
レオニードがこちらを見る。
俺は目を逸らした。
「……ルードリッヒ様です」
「ほう!」
会場がざわめく。
次の質問。
「この冷却装置の原理について詳しく!」
「ルードリッヒ様の発想を元に、私が錬成式として構築しました」
またざわめく。
さらに質問。
「大型化の発想は?」
「ルードリッヒ様です」
「食品加工への応用は?」
「ルードリッヒ様です」
「この魔力制御式は?」
「私です」
「なるほど!」
俺は思った。
……レオニード、頑張ってるな。
発表会は大いに盛り上がった。
そして終了後。
「ルードリッヒ様!」
「旦那様!」
「少しお話を!」
大量の錬金術師と商人が、こちらへ押し寄せてきた。
「…………」
俺は固まった。
隣を見る。
レオニードも固まっている。
「……レオニード」
「はい」
「話が違わないか?」
「私に言わないでください!」
こうして――。
俺が目立ちたくなくて丸投げした発表会は、見事に俺まで目立つ結果となった。
そして俺は、その日初めて理解した。
発明するより、発表するほうが面倒なこともある。




