ルードリッヒィィィ!なんたる!なんたることだ!
カマーセ・イヌールは、なかなかに真面目な男である。
曲がったことが嫌い。
鍛錬を怠らない。
そして、女性にへらへらするような男が嫌いだった。
「男は、女を引っ張ってこそだ!」
それが幼い頃からのカマーセの持論だった。
だからこそ、十歳の頃に初めて隣領のパーティーへ参加したとき、会場の端にいた少年を見て興味を持った。
「……あれが、フェルネ家の長男か」
ルードリッヒ・フェルネ。
自分より二歳年下。
周囲の子供たちが遊んだり、貴族同士で話したりしている中、彼は一人で本を読んでいた。
「女になど興味がないのか?」
聞けば、勉学にも熱心らしい。
剣術はあまり得意ではないようだが、魔法の腕は確か。
二歳年下とは思えない。
「……ふふ」
カマーセは思わず笑った。
「隣の領の次期当主がこんな子なら、こちらも負けてはいられんな」
その日からだった。
カマーセはルードリッヒを勝手にライバルとして意識するようになった。
将来、隣り合う領地を治める者同士。
互いに領地を発展させ、切磋琢磨する。
そんな関係になれたら面白い。
「いつか私が先に領地を大きくしてみせるぞ」
まだ十歳。
だが、本人は本気だった。
そして数年後。
貴族学園に入学したカマーセは、二年遅れて入学してきたルードリッヒを見つけた。
「ほう」
少し離れたところから、その姿を見る。
「鍛錬も忘れていないようだな」
以前より身体つきもしっかりしている。
勉学にも励んでいるらしい。
「やるじゃないか、ルードリッヒ」
やはり自分の見込んだ男だ。
将来の隣領主。
良きライバルになるに違いない。
――そう思っていた。
夏までは。
「……最近、ルードリッヒがおかしい?」
ある日の昼休み。
友人から聞いた噂に、カマーセは眉をひそめた。
「なんでも、男爵令嬢に一目惚れしたらしい」
「…………」
「しかも、自分から話しかけることもできず、遠くから見ているだけだとか」
「…………」
しばらく黙ったあと。
「なんたる!」
カマーセが机を叩いた。
「なんたることだ!!」
「カ、カマーセ?」
「ルードリッヒともあろう者が!」
あれだけ勉学に励み。
魔法を磨き。
鍛錬も忘れなかった男が。
「女性を遠くから見るだけだと!?」
信じられなかった。
「話しかければいいではないか!」
「いや、それができないから困ってるんじゃ……」
「男なら堂々と行け!」
カマーセは拳を握った。
「それでこそ男だろう!」
自分の中で築き上げてきたルードリッヒという男の評価が、音を立てて崩れていく。
「まさか……」
カマーセは頭を抱えた。
「私のライバルが、女一人に振り回されるような男だったとは……!」
なんたる。
なんたることだ。
だが――。
カマーセは知らなかった。
その令嬢こそが、後にルードリッヒの妻となるマリアンヌだったことを。
そして時は流れた。
今。
カマーセは隣領主となったルードリッヒを見ていた。
「……マリアンヌ夫人と仲がいいのは結構」
夫婦仲が良い。
それ自体は素晴らしいことだ。
だが。
「少し、妻の機嫌を取りすぎではないか?」
服を選ぶのも一緒。
食事も一緒。
猫カフェにも一緒。
犬の施設にまで一緒に来る。
ルードリッヒが何かを決める。
その隣にはマリアンヌ。
マリアンヌが嬉しそうに笑う。
するとルードリッヒも嬉しそうに笑う。
「…………」
カマーセは腕を組んだ。
「もう少し堂々とすればいいものを!」
妻を大切にするのはいい。
愛するのもいい。
だが、男が妻の顔色を窺ってばかりではいけない。
「男が決める!」
拳を握る。
「男が守る!」
さらに胸を張る。
「男が前に立つ!」
それこそが男らしさだ。
「わが妻は、私の男らしいところが好きだと言ってくれるのだぞ!」
カマーセは自信満々だった。
「ルードリッヒ! しゃんとせんか!」
十歳の頃。
勉学に励み、魔法を磨いていた少年。
自分が認めた、隣領の次期当主。
いつか肩を並べると信じたライバル。
その男が今では――。
「……妻に甘すぎる」
カマーセは深いため息をついた。
だが。
少し考える。
「……まあ、仲が良いのは悪いことではないか」
そこは認めざるを得ない。
マリアンヌ夫人も幸せそうだ。
ルードリッヒも楽しそうだ。
ならば、それはそれでいい。
しかし。
「だが男としては、もう少し――」
そこまで言って、カマーセは眉をひそめた。
「……いや」
何かを思い出した。
犬の施設を見に来たときのルードリッヒの様子。
犬に囲まれ、嬉しそうにしていたらしい。
「犬もいいな」
などと言っていたと聞いた。
「…………」
カマーセは額を押さえた。
「私は、あいつに何を期待しているのだ……しかし、犬好きに悪い奴はいない。」
その頃。
ルードリッヒは屋敷でセバスチャンから隣領主の名前を聞いていた。
「カマーセ・イヌール様から書状が届いております」
「カマーセ?」
ルードリッヒは首を傾げた。
「……誰だっけ?」
「以前、何度かパーティーでお会いになっております」
「そうなの?」
ルードリッヒは少し考えた。
「……いたような、いなかったような」
「左様でございますか」
「まあ、隣領の人なんだな」
「はい」
「じゃあ、あとで読むよ」
「承知いたしました」
それで終わった。
ルードリッヒにとっては、その程度だった。
十歳の頃から自分を勝手にライバル認定されていたことも。
学園時代、女性に惚れて落胆されていたことも。
今になって「妻に甘すぎる」と心配されていることも。
何も知らない。
ルードリッヒは書状を置くと、庭へ向かった。
「マリアンヌ、散歩しない?」
「はい、ルー様」
二人並んで歩いていく。
その頃。
隣領では――。
「ルードリッヒめ……!」
カマーセが拳を握りしめていた。
幼少期から続く、熱いライバル心。
対するルードリッヒ。
「……今日の夕食、何にしようかな」
完全に別のことを考えていた。




