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国なんて知ったこっちゃない、俺に大事なのは嫁だけだ  作者: 七風


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20/33

ドッグランが出来ただと?マジかよ いくわ!

「最近、隣の領地では猫カフェという店が流行っているらしい」


イヌール家の執務室にて、領主のカマーセ・イヌールは報告を聞いて眉をひそめた。


「若造領主め……」


隣領のフェルネ伯爵が最近、猫と触れ合える店を作り、領内で人気を集めているらしい。カマーセは腕を組んだ。


「ふん。そちらが猫ならば――こちらは犬だ!」


家臣たちは顔を見合わせる。


(やっぱりそうなりますよね)


「犬を集めて、同じような施設を作るのだ!」

「かしこまりました」


誰も反対しなかった。そして何より、カマーセが犬好きなのは家臣たちにはとっくにバレていた。


ところが、最初の計画はかなり雑だった。


「犬は、とりあえず五匹ほど」

「うむ」

「餌は朝夕二回」

「うむ」

「庭に放しておけば運動も――」

「待て」


カマーセが顔を上げる。


「犬の餌とは、何を食わせるのだ?」

「……犬用の餌を」

「それは何だ?」

「……さあ?」

「何回食べさせればいい?」

「朝と夕方……でしょうか?」

「量は?」

「犬が食べるだけ……?」

「運動は?」

「庭を走らせればよろしいかと」

「…………」


カマーセは計画書を見つめた。


「お前たち」

「はい」

「犬を飼ったことは?」

「ありません」

「私もない」

「…………」

「…………」

「では、とりあえず五匹ほど飼ってみましょう」

「うむ」


こうして五匹の犬がやってきた。最初は順調で、犬たちは元気だったし餌も食べ、庭も走った。


「なるほど。これなら問題ないな」


カマーセは満足そうに頷いたが、家臣たちは(問題はこれからなんだよなぁ)と苦笑した。


そして数日後。


「旦那様」

「何だ?」

「こちらの犬が餌を残しております」

「……何?」


カマーセが犬を見る。


「こっちは?」

「全部食べました」

「こいつは?」

「少ししか食べておりません」


カマーセは犬たちを見比べた。


「……餌を変えろ」

「ですが、同じ犬用の餌で――」

「犬にも好みがあるだろう!」

「…………」


さらに。


「旦那様、こちらの犬はあまり走りません」

「庭が狭いのではないか?」

「十分広い庭ですが……」


カマーセは犬たちを見る。


「……いや。もっと走りたいのではないか?」

「…………」

「もっと広い場所を作れ!」

「は、はい!」


家臣たちが慌てて動き始める。その後も、寝床が狭い、水が足りない、暑そうだ、寒そうだ、遊ぶ場所が必要だ、他の犬と喧嘩しそうだ……と、問題が出るたびカマーセは騒いだ。


「もっと犬が快適に過ごせるようにしろ!」


最初は猫カフェへの対抗だったはずが、いつの間にか完全に犬のための施設作りになっていた。


完成したのは広大な運動場、犬同士を遊ばせる区画、水飲み場、休憩所、犬用の食事、飼い主が休める場所、さらにはしつけを学べる場所まである施設だった。


「旦那様」

「何だ?」

「……これ、かなり本格的な施設になっておりますが」

「当然だ」


カマーセは真顔で答えた。


「犬が快適に過ごせない施設など作ってどうする」


家臣たちは顔を見合わせた。


「……旦那様」

「何だ?」

「もしかして、犬がお好きなのでは?」

「違う!」


即答だった。


「これは事業だ! 隣領の猫カフェに対抗するためのものだ! だから犬が快適に過ごせるようにしているだけだ! 犬が喜ぶ顔が見たいとか、そういうことではない!」

「……はい」


その足元に一匹の犬が寄ってきた。「わん!」と尻尾を振る犬にカマーセが振り返り、しゃがみ込む。


「……どうした?」


犬が手を舐める。


「…………」

「…………」

「……ふふ」


カマーセは笑った。


「可愛いな、お前は」


家臣たちはそれを見て(やっぱり犬好きじゃん)と思ったが、カマーセは気にしなかった。


「よし。これでルードリッヒを迎える準備は整った」

「…………」


家臣たちは嫌な予感がした。


「旦那様」

「何だ?」

「ルードリッヒ様が来ると決まったわけではありませんが」

「来る。絶対に来る」


カマーセは自信満々だった。


「猫カフェの対抗施設だぞ? 隣領主なら気になるに決まっている。そして私の犬施設を見て驚き、その後領主邸に来る。そこで私と会談だ」

「はい?」

「『素晴らしい施設だった』と言われる」


カマーセは腕を組み、少し低い声を作る。


「『ふん。犬好きならば当然の施設だ』……いや」


カマーセは首を振る。


「『貴殿の猫カフェも大したものだ。だが、犬も悪くないだろう』……いやいや、もっと余裕を見せるべきか」


また考える。


「『まあ、せっかく来たのだ。茶でも飲んでいけ』」

「…………」


家臣たちは何も言わなかった。


「よし。領主邸も整えておけ」

「すでに整っております」

「茶は?」

「用意しております」

「菓子は?」

「用意しております」

「客間は?」

「整えてあります」

「犬施設の資料は?」

「こちらに」


家臣が分厚い資料を差し出す。


「よし」


カマーセは満足した。さらに、


「入口で待つ必要はないな」

「はい?」

「いや、待っていたらこちらが楽しみにしているように見える。少し余裕を見せる」


そう言って執務室へ戻った。


だが、五分後。


「……来たか?」

「まだです」


十分後。


「……まだか?」

「まだです」


二十分後。


「ルードリッヒは?」

「まだ来ておりません」


三十分後。


「本当に来るのだろうな?」

「……施設には来る可能性が高いかと」

「よし!」


カマーセは立ち上がった。


「では玄関で待つ!」

「先ほど余裕を見せると――」

「気が変わった!」

「はい……」


結局、カマーセは玄関で待機した。服装も完璧、髪も整え、挨拶の言葉も考え、茶も資料も用意した。さらには、


「この角度なら、犬施設の全景も見えるな」

「…………」


窓際の位置まで調整していた。


「ここでルードリッヒを迎える。そして一緒に施設を見る。その後、屋敷へ」

「はい」


家臣たちは(旦那様、完全に楽しみにしてるな)と思った。


そして、ついに。


「旦那様!」

「来たか!?」

「フェルネ伯爵様が施設にお見えになったようです!」

「よし! では、そろそろこちらへ来るな!」

「…………」


家臣は黙った。


「どうした?」

「いえ……」


なんとなく嫌な予感がする。


その頃、施設では――。


「……おお」


俺はドッグランを見ていた。犬たちが走り回っている。


「すごいな」


マリアンヌが笑う。


「可愛いですね」


犬が寄ってきた。「わん!」と挨拶する犬の頭を、マリアンヌが「ふふ。こんにちは」と撫でる。クラリッサも嬉しそうだ。


「まあ、人懐っこいですわね」


俺もしゃがみ込む。


「お前も可愛いな」


犬が尻尾を振り、手を舐められた。


「おお……」


なんか嬉しい。


その後も俺たちは施設を見て回った。犬が走り、遊び、水を飲み、昼寝している。


「ここ、いいな」

「はい」


マリアンヌも楽しそうだ。


「犬たちも楽しそうですね」

「ああ」


クラリッサも笑う。


「また来たいですわ」

「俺もそう思う」


気づけばかなりの時間が経っていた。


「そろそろ帰るか」

「はい」


俺たちは満足して施設を出た。そしてそのまま帰り、領主邸には寄らなかった。挨拶もしなかった。カマーセ・イヌールという領主がいることすら知らず、ただ犬と遊びに来ただけなのだから。


その頃――。


「…………」


カマーセは玄関で待っていた。


「まだか?」

「……はい」

「遅いな」

「……はい」

「もう施設は見ただろう?」

「はい」

「なら、そろそろ来るはずだ」

「…………」


さらに三十分。


「……まだか?」

「旦那様」

「何だ」

「施設にはいらっしゃったそうです」

「うむ!」

「ですが――」

「うむ?」

「そのまま帰られたそうです」

「…………」

「領主邸には、お見えになっておりません」

「…………」


沈黙。


「挨拶も?」

「されておりません」

「…………」


カマーセの顔が引きつった。


「……帰った?」

「はい」

「犬と遊んで?」

「はい」

「私には会わず?」

「はい」

「…………」


そして。


「ルードリッヒィィィィィ!!」


屋敷中に怒号が響いた。


「貴族たるもの、他領へ来たのなら領主邸に挨拶しに来るのが常識だろうがー!」

「旦那様、落ち着いてください!」

「私はずっと待っていたのだぞ!」

「……そもそも、犬と遊びに来ただけなのでは?」

「それでもだ!」


カマーセは机を叩く。


「せっかく私が作った最高の犬施設を見せてやったというのに!」

「旦那様」

「何だ!」

「……やはり、お好きなのでは?」

「違う!」


即答だった。家臣たちは顔を見合わせ、そして笑った。


「次に来たときは絶対に挨拶させてやるからな、ルードリッヒ!」


その頃、俺は馬車の中で。


「……楽しかったな」


マリアンヌが笑う。


「はい」


クラリッサも頷く。


「また来たいですわね」

「ああ」


俺は満足していた。隣領主の怒りなど、知る由もない。


「犬はいい」


本当に。


「犬もいいな」

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