猫か 猫カフェとか需要あんじゃね?
「今日は楽しみですね」
朝からマリアンヌは嬉しそうだった。
今日は先日の舞踏会で知り合った令嬢たちを屋敷へ招いている。
クラリッサ・ビーフスをはじめ、あの場でマリアンヌの服に興味を持ってくれた令嬢たちだ。
「お茶会、ですからね」
「そうだな」
ルードリッヒも今日は少し準備をしていた。
「せっかくだし、新しいお菓子を出そうと思ってる」
「新しいお菓子ですか?」
「まあ、ちょっとしたものだけどな」
厨房ではすでに料理人たちが忙しそうに動いていた。
今日用意したのは、ロールケーキ、シュークリーム、マカロン。
どれも前世では珍しくもない菓子だ。
しかし、この世界では話が違う。
「……暴食の国なんだよなぁ」
厨房を見ながら、ルードリッヒは少し首を傾げた。
「料理の国を名乗るなら、もうちょっと進んでてもいいと思うんだけどな」
もちろん、この世界にも美味しい料理はある。
ただ、菓子についてはまだまだ発展途上だった。
「うん。いい感じだな。マリアンヌが喜ぶだろうな」
やがて令嬢たちが客間へ集まった。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「こちらこそ来てくださって嬉しいです」
マリアンヌは笑顔で令嬢たちを迎える。
そこへ、お茶と一緒に菓子が運ばれてきた。
「まあ……!」
最初に声を上げたのはクラリッサだった。
「これは何ですの?」
「ロールケーキというお菓子です」
マリアンヌが説明する。
「こちらはシュークリーム。そして、これはマカロンです」
令嬢たちは興味津々で菓子を眺めている。
「どれも見たことがありませんわ」
「綺麗ですね……」
「食べてもよろしいのですか?」
「もちろんです」
一口食べた瞬間、令嬢たちの表情が変わった。
「美味しい……!」
「まあ……!」
「こんなお菓子、初めてですわ」
クラリッサもロールケーキを一口食べて、目を輝かせる。
「これは……いくらでも食べられそうですわね」
「食べ過ぎると夕食が入らなくなるぞ」
後ろからルードリッヒの声がした。
「まあ、旦那様」
令嬢たちが一斉に振り返る。
ルードリッヒは追加の皿を持って立っていた。
「気に入ったなら、もう少し出そうかと思ってな」
「これも旦那様がお考えになったのですか?」
「まあ、そうだな」
「まあ……」
令嬢たちがマリアンヌを見る。
「本当に、旦那様に愛されておりますのね」
「え?」
マリアンヌが少し驚く。
「こんなに素敵なお洋服を考えてくださって、お菓子まで用意してくださるなんて」
「……そうですね」
マリアンヌは嬉しそうに笑った。
「ルー様は、いつも私のことを考えてくださっています」
その言葉を聞いた令嬢たちは、なんとも微笑ましいものを見るような顔になった。
「素敵なご夫婦ですわね」
「本当に」
ルードリッヒは少し照れくさそうに頭を掻く。
「いや、まあ……喜んでもらえるなら作るだろ」
その様子を見て、令嬢たちはまた笑った。
「ところで」
クラリッサがふと思い出したように口を開く。
「マリアンヌ夫人、先日お話しした猫の件ですが……」
「猫?」
マリアンヌの反応が変わった。
「はい。実はうちの猫が最近、子猫を産みまして」
「…………猫ですか?」
声が明らかに弾んだ。
クラリッサが笑う。
「ええ。四匹ほど」
「四匹……」
マリアンヌが身を乗り出す。
「どんな子たちですか?」
「白い子や茶色い子、黒い子もおりますわ」
「まあ……!」
完全に食いついている。
ルードリッヒはその様子を見て苦笑した。
「マリアンヌ、そんなに猫好きだったのか?」
「……はい」
少し恥ずかしそうに頷く。
「とても好きです」
クラリッサが続ける。
「ただ、さすがに四匹すべてをうちで飼うのは難しくて、今ちょうど引き取り先を探しているところなんです」
「私が!」
マリアンヌが即答した。
令嬢たちが一斉にマリアンヌを見る。
「……私が、その子を引き取ってもよろしいですか?」
「もちろんですわ」
クラリッサは嬉しそうに笑った。
「では、今度一緒に見にいらしてください。実際に会ってから決めていただいても構いません」
「はい! ぜひ!」
その勢いに、ルードリッヒも思わず笑う。
「じゃあ決まりだな」
「ありがとうございます、ルー様!」
マリアンヌは嬉しそうに微笑んだ。
その顔を見て、ルードリッヒも満足そうに頷く。
「猫か……」
ふと、ルードリッヒの中で別の問題が浮かんだ。
「名前、どうするんだ?」
「それは……」
マリアンヌが子猫を想像するように目を細める。
「可愛い名前をつけてあげたいです」
「そうだな」
ルードリッヒも真剣に考える。
「じゃあ、俺も考えるか」
「はい」
数日後。
子猫を迎えたルードリッヒは、真剣な顔で候補を並べていた。
「クトゥルフ」
「……?」
「アザトゥース」
「…………」
「ナイアルラトホテップ」
子猫が、
「にゃっ!」
と鳴いた。
「ん?」
もう一度。
「ナイアルラトホテップ」
「にゃああ!」
「……長いか?」
子猫は露骨に嫌そうな顔をした。
「ふふっ」
隣でマリアンヌが笑う。
「この子、嫌がっていますよ」
「そうか?」
ルードリッヒは首を傾げた。
「じゃあ別の名前を考えるか」
子猫はマリアンヌの膝へよじ登った。
そして彼女の腕の中で丸くなる。
「……可愛い」
マリアンヌが幸せそうに微笑む。
ルードリッヒはその姿を眺めながら、ようやく思った。
「まあ、名前はマリアンヌが決めればいいか」
こうして、フェルネ家に一匹のメス猫が加わった。
このとき誰も知らなかった。
この猫が、人間の言葉を理解していることを。
そして――。
この屋敷で、これから色々な騒動を起こすことになることを。




