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国なんて知ったこっちゃない、俺に大事なのは嫁だけだ  作者: 七風


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14/33

なぁ 人の嫁に発情してんじゃねぇよ

舞踏会も中盤に差しかかり、会場のあちこちで貴族たちが談笑していた。


ルードリッヒはマリアンヌとしばらく話していたが、料理の並んだテーブルを見て立ち上がる。


「ちょっと取ってくる。何か食べたいものあるか?」


「では……あのお肉を少し」


「了解」


「ありがとうございます、ルー様」


ルードリッヒは皿を手に取り、ついでにワインも一本持って戻ってくる。


その間、マリアンヌは壁際で一人になっていた。


そこへ、一人の男が近づいてきた。


まだ若い貴族だったが、身なりのわりに品がない。


「これはこれは、美しいご婦人がお一人ですか」


「……はい?」


マリアンヌが振り向く。


男は彼女の顔を見たあと、露骨に視線を下げた。


「いやぁ、失礼。あまりにもお綺麗だったもので」


マリアンヌは少し困ったように笑う。


「ありがとうございます」


「よろしければ、私と少しお話でも――」


そう言いながら、男はさらに一歩近づく。


そして、マリアンヌの胸元をいやらしい目つきで覗き込んだ。


マリアンヌの表情がわずかに強張る。


その瞬間。


「おっとっと」


背後から声がした。


男が振り返る。


ルードリッヒが皿を片手に、少しよろめいていた。


「……おっと」


持っていたワインが大きく傾く。


バシャッ!


赤い液体が男の頭から肩へ盛大に降り注いだ。


「…………」


「…………」


会場が静まり返る。


ルードリッヒは男を見て、それから自分の手にあるワインを見る。


「……悪い悪い。よろけちまった」


あまりにも自然な顔で言う。


男は顔を引きつらせながら、頭から垂れるワインを拭った。


「な、何をするんですか、あなた!」


「ん?」


ルードリッヒは男を見る。


そして、その視線がマリアンヌへ向いていたことを思い出したように首を傾げた。


「なぁ」


声が少し低くなる。


「人の嫁、何見てんだ?」


「…………」


男の顔から血の気が引いた。


周囲の貴族たちも、誰も口を挟まない。


ルードリッヒは男の服装を見る。


胸元の紋章。


「……準男爵か」


セバスチャンから聞いていた貴族の爵位を思い出す。


「それも、かなり下のほうだな」


「なっ……!」


男が何か言い返そうとする。


しかしルードリッヒは、そのまま淡々と続けた。


「別に爵位がどうこうって話じゃない。ただ、人の嫁をあんな目で見る奴は好きじゃないんだよ」


マリアンヌのほうを見る。


「怖かったか?」


「い、いえ……」


マリアンヌは少し驚きながら首を振った。


ルードリッヒはそれを確認すると、男へ視線を戻した。


「まあ、俺の気分次第じゃ処分しても構わねぇかもな」


「……!」


男が固まる。


その言葉に、さすがに周囲もざわついた。


「旦那様」


少し離れたところから、セバスチャンが静かに近づいてきた。


「この者の件は、主催者に任せたほうがよろしいかと」


「ああ。そうだな」


ルードリッヒは頷く。


「騒ぎが大きくなる前に頼む」


「かしこまりました」


セバスチャンが男のそばへ立つ。


「こちらへ」


「ま、待ってください! 私は何も――」


「お話は後ほど伺います」


男は青ざめた顔のまま、セバスチャンに連れていかれた。


その背中を見送ってから、ルードリッヒはマリアンヌへ向き直る。


「悪かったな。一人にしちまって」


「いえ……」


マリアンヌは首を振る。


「それより、お料理が……」


「あ」


ルードリッヒは手元の皿を見る。


肉料理が綺麗に残っている。


「よかった。無事だった」


「ふふっ」


マリアンヌが笑う。


「ルー様らしいですね」


「何が?」


「私を心配してくださったあとに、お料理の心配をなさるところです」


「そりゃ腹減ってるからな」


「もう……」


二人がそんなやり取りをしていると、少し離れたところから声がかかった。


「マリアンヌ夫人!」


振り向くと、数人の令嬢がこちらへ近づいてきていた。


「先ほどから気になっていたのですが、そのお召し物、とても素敵ですわ」


「ええ。今まで見たことのないデザインですもの」


「その髪飾りも素敵……どちらの工房で?」


「靴もとても可愛いですわね」


次々と質問され、マリアンヌは少し驚きながらも嬉しそうに答えていく。


「これは、ルー様が考えてくださったんです」


「旦那様が?」


「はい。色や形も、一緒に相談しながら決めました」


「まあ……!」


令嬢たちの目が輝く。


「それなら、あのお召し物も?」


「はい」


「では、この首元のデザインも?」


「そうです」


「まあ、素敵!」


あっという間にマリアンヌの周囲に人が集まり始めた。


ルードリッヒは少し離れた場所でその様子を眺めていた。


「……なんか、すごいことになってるな」


自分が作った服について話しているだけなのに、まるで展示会でも始まったようだ。


「ルー様は、服飾についてお詳しいのですか?」


令嬢の一人が尋ねる。


「え?」


マリアンヌがルードリッヒを見る。


ルードリッヒは少し考えてから答えた。


「いや、詳しいってほどじゃない。なんとなく思いついただけだよ」


「まあ、それでこんな素敵なものを?」


「すごいですわ……」


令嬢たちはますます興味を持ったようだった。


マリアンヌも嬉しそうに微笑んでいる。


そんな輪の少し外側で、一人の令嬢がその様子を見ていた。


彼女の名前は、**クラリッサ・ビーフス**。


ビーフス伯爵家の令嬢だった。


以前から、彼女はルードリッヒに密かに好意を抱いていた。


けれど、今まで一度もそれを口にしたことはない。


そして今。


マリアンヌの隣に立つルードリッヒを見て、クラリッサは小さく笑った。


「相変わらず、かっこいいわね」


けれど、その視線の先にいる二人を見れば、答えは明白だった。


ルードリッヒはマリアンヌを大切にしている。


ただの政略結婚の夫婦ではない。


心から妻を愛しているのだ。


「……これは、入り込む隙なんてないわね」


寂しさは少しだけあった。


それでも、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。


むしろ、あれだけ大切にされているマリアンヌが少し羨ましいくらいだ。


「お邪魔虫は、さっさと次の恋を探しましょう」


クラリッサはそう決めると、マリアンヌたちの輪へ近づいていった。


「マリアンヌ夫人、私もその服について聞いてもよろしいかしら?」


「あ、もちろんです」


「ありがとうございます」


それからしばらく、令嬢たちはマリアンヌの服やアクセサリーについて話を続けた。


クラリッサもその輪の中で自然に会話を楽しんでいた。


恋敵になる必要なんてない。


「夫人の友人くらいにはなれそうね」


そう思ったクラリッサは、マリアンヌへ笑いかけた。


その後、ルードリッヒはクラリッサの名前だけを覚えていた。


家名も爵位も、そのときは特に気に留めなかった。


――後日。


「ビーフス伯爵領の牛肉?」


「はい。非常に質の良い牛を育てていることで有名です」


「…………」


ルードリッヒは固まった。


牛。


牛肉。


「……ビーフス?」


どこかで聞いた名前だ。


しばらく考えてから、ようやく思い出す。


「……ああ。あのときの令嬢か」


名前しか覚えていなかった。


しかし。


「牛肉か……」


ルードリッヒの目が輝いた。


「ちょっと個人的に融通してもらえないかな」


こうしてクラリッサ・ビーフスとの付き合いは、思わぬところから始まることになった。


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