瞬殺って やべぇ執事じゃん
休日の昼。
今日は領内にある牧場へ来ていた。
きっかけは、マリアンヌが「牧場を見てみたいです」と言ったことだった。
俺としても、特に予定があるわけじゃない。だったら二人で出かけるのも悪くないと思い、セバスチャンに頼んで案内してもらうことにした。
牧場に到着すると、さっそく羊の群れが目に入った。
「羊だ……」
思わず足を止める。
「はい。こちらでは羊毛を取るほか、食用としても飼育しております」
「へえ……」
前世では珍しくもなかった光景なのかもしれないが、異世界に来てから見ると妙に感動する。
羊がいる。
牛もいる。
そして――。
「牛乳も取れるんだよな?」
「もちろんでございます」
「チーズも?」
「はい。牧場で製造しているものもございます」
「マジか」
俺のテンションが一気に上がった。
牛乳。
チーズ。
どちらも普通に存在する。
しかも牧場で作っているなら、加工次第でまだまだ色々できそうだ。
「……アイスも作れるな」
「アイス、ですか?」
マリアンヌが首を傾げる。
「牛乳と砂糖があれば、たぶん作れる」
「そんなものまで作れるのですか?」
「魔法を使えば、もっと簡単だろ」
俺はそう言って、牧場の一角で試してみることにした。
牛乳に砂糖を混ぜ、少しだけ生クリームを加える。あとは冷やせばいい。
この世界では魔法がある。
だったら、冷やすことくらいできるだろう。
魔法を使って温度を下げていくと、液体だったものが少しずつ固まっていく。
「……おお」
「まあ……!」
マリアンヌが目を輝かせる。
「できた」
匙ですくって口に入れる。
「……うまっ」
牛乳の濃厚な味と砂糖の甘さ。
それだけなのに、妙に嬉しい。
「マリアンヌも食べてみろよ」
「はい」
彼女も一口食べる。
「……美味しいです」
「だろ?」
嬉しそうに笑うマリアンヌを見て、俺も自然と笑った。
その後は、牧場の景色を眺めながら昼食を取ることにした。
持ってきたサンドイッチや果物を広げ、簡単なピクニックにする。
「こういうのもいいな」
「はい。とても楽しいです」
マリアンヌは芝生に座りながら、嬉しそうに牧場を眺めている。
普段は屋敷や街の中で過ごすことが多いから、こうして二人で外で食事をするだけでも新鮮だった。
「また来ようか」
「本当ですか?」
「もちろん。今度はアイスの味も増やそう」
「ふふ。楽しみです」
そんな話をしていた、そのときだった。
少し離れたところから、牧場の人間が慌てた声を上げた。
「魔物だ!」
「え?」
振り向く。
牧場の柵の向こうから、見慣れない獣がこちらへ向かって走ってきていた。
俺は立ち上がった。
「……魔物?」
転生してから、戦闘らしい戦闘なんて一度も経験していない。
だから、俺は完全に固まっていた。
どうする?
逃げる?
マリアンヌを連れて屋敷に戻る?
そんなことを考えている間に、セバスチャンがすっと前へ出た。
「旦那様、奥様。こちらへ」
「セバス、どうするんだ?」
「問題ございません」
そう言った次の瞬間。
セバスチャンが一歩踏み出した。
その動きが、俺には見えなかった。
気づいたときには、魔物が地面に倒れている。
「…………」
俺は絶句した。
セバスチャンは何事もなかったかのように服の乱れを整えている。
「もう大丈夫でございます」
「…………」
マリアンヌを見る。
彼女は驚いてはいるものの、そこまで動揺していない。
牧場の人たちも、
「助かりました!」
「さすがセバスチャンさん!」
と、普通に喜んでいる。
「…………いや、待て」
俺はセバスチャンを見る。
白髪混じりの髪。
整えられた髭。
いつも通りの執事服。
そして、さっき一瞬で魔物を倒した男。
「セバスチャン」
「はい、旦那様」
「……お前、何者?」
「何者、と申されましても……」
セバスチャンは少し困ったように首を傾げた。
「旦那様のお側に仕える、ただの執事でございます」
「ただの執事が、あんな動きするか!?」
思わず声が大きくなる。
セバスチャンは少しだけ笑った。
「昔から旦那様のお側におりますので、多少は腕に覚えがございます」
「多少!?」
どう考えても多少じゃない。
俺は改めてセバスチャンを見る。
転生してから、戦闘なんて一度もしていない。
だから余計に分からない。
魔物って、あんな簡単に倒せるものなのか?
「……セバス、怖くないの?」
思わず聞いてしまった。
「何がでしょうか?」
「いや、その……魔物」
「慣れておりますので」
さらっと返された。
「…………」
俺はマリアンヌの隣に座り直した。
そして、小声で彼女に聞く。
「なあ、マリアンヌ」
「はい?」
「セバスって、昔からあんな感じなのか?」
「はい。とても頼りになる方ですよ?」
「……そうか」
俺はもう一度セバスチャンを見る。
「やべぇ……」
思わず呟いた。
「うちの執事、やべぇ奴じゃん……」
「旦那様、何か仰いましたか?」
「いや、何でもない!」
セバスチャンは不思議そうな顔をしたが、すぐにいつもの穏やかな表情へ戻った。
その後、何事もなかったかのようにピクニックは再開された。
マリアンヌは残ったアイスを美味しそうに食べている。
俺も食べる。
「……うまい」
牧場で飲む牛乳。
出来たてのチーズ。
そして魔法で作ったアイス。
最高だ。
ただ一つだけ、今日新しく分かったことがある。
俺の執事――セバスチャン。
あいつ、たぶん俺が思っていたよりずっと強い。




