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会社帰りに読む怪談  作者: 怒れる布団


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9/11

9夜、開けてはいけない友情

華やかな宴の裏に隠された、嫉妬と怨恨。 びちゃ、びちゃ、と濡れた音を立ててドアの向こうに立っていものはなんなのか。 謝り狂う加害者、震える友。 そして、そっとドアノブに手をかけ――。 崩壊した友情の先にある結末を、どうぞ覗いてみてください。

 豪華客船での七泊八日の旅は、まるで夢のような時間だった。


 平凡な大学生活の最後に訪れた、本来なら触れることすら叶わないはずの優雅な世界。


 視界いっぱいに広がる青い海、毎晩のようにテーブルを彩る豪華なディナー、そして夜の船上バーで傾けるグラスと華やかな花火。 何もかもが眩しかった。


 きっかけは、あの日、四人で買った一枚の宝くじだった。


「もし当たったら、みんなで最高に豪華な旅行に行こうね」


 冗談交じりの約束とともに宝くじを託されたのは、カズエだった。誰も本気になんてしていない。

 だからこそ、カズエから当選の知らせを受けたとき、彼女たちは自分の耳を疑った。


 手元に舞い込んだのは、四百万円という学生にしては大きなお金。

 ユカは真っ先に「四人で等分して山分けにしよう」と提案した。


 現実的な選択肢だと、カズエも思う。


 けれど、トモカとツバサは首を縦に振らなかった。 せっかくだから忘れられない思い出を作りたいと押し切り、結局、彼女たちはこの船のチケットを手に入れたのだ。


  ◇


「カズエはあのお金、独り占めしようって思わなかったの?」


 船上のテラスで、ふいにユカが尋ねた。


「独り占め……あー、ごめん。ちょっとだけ思った……」


「それでも、ちゃんと言っちゃうのがカズエだよねぇ」


  そばでジュースを飲んでいたトモカが苦笑する。


「私なら、絶対言わないわ」


 ユカは悪びれることなくそう言うと、手にしたグラスの氷を揺らし、ふっと鼻で笑った。


 その横顔には、小さな不満が滲んでいる。


 山分けすれば、一人百万円もらえるはずだった。それが、たった一週間で泡のように消えるのだから、無理もない。


(でも、もともとそういう約束だったし、皆が山分けに納得しなかったしねぇ)


 カズエはユカの不満を理解しつつも、ユカの味方をすることはできなかった。


 そんな微妙な空気など意にも介さず、誰よりもこの旅を満喫していたのがツバサだ。


「ねえ、見て! このドレス、次のパーティーに着ていったら変かな?」


  ツバサが興奮気味にスマートフォンの画面を見せてくる。 華やかな船内ショップで買い揃えたブランド物の服やアクセサリーを身につけ、ツバサはいつも以上に輝いていた。


「いいんじゃない。ツバサに似合ってる」


 そう言えば、ツバサは屈託なく笑う。 そんな輝きに引き寄せられるように、船上では何人もの男性がツバサに声をかけていた。


 そして三日目の夜。 ツバサが目を輝かせながら紹介したのは、金持ちで、背が高く、顔もいい若い青年だった。


「私、この人に好きだって言われちゃった」


 ツバサは明らかに優越感を滲ませて笑っている。

 カズエは素直に「いいなぁ」と呟き、トモカは曖昧に笑った。


 トモカには以前、片思いの相手をツバサに奪われた経験があった。


「私、あの人に好きって告白されちゃった」


 今と大して変わらないセリフで、自慢気に話していたツバサ。 彼女は、自分が欲しいと思ったものは、誰のものでも構わず手に入れる。


「トモカが好きだった人? でも、まだ付き合っているわけじゃないでしょ?」


 今でもトモカの中には、その言葉が突き刺さっている。トモカは、ぎゅっと唇を噛み締めた。


 そして七日目の朝。 ツバサは朝食を終えると、


「明日で最後だから、今日は彼と一緒に過ごすわ」


 そう言って笑い、最高のおしゃれをして部屋を出ていった。


「あ~あ、今夜は戻ってこないかもね」


  カズエは冗談めかして笑った。 ユカとトモカが一瞬だけ顔を見合わせたことには、気づかなかった。


 そして、その夜。


  ツバサは帰って来ないはずだった。


  ◇


 ――とん。


 深夜、小さな音がした。

 カズエは眠ったまま、眉を寄せる。


  ――とん、とん。


  誰かがドアを叩いている。 夢うつつの中、ぼんやりと目を開けると、薄暗い船室の中で人影が立っているのが見えた。


「……ユカ?」


 ドアの前で、肩を震わせている後ろ姿。


「どうしたの?」


  カズエが起き上がると、ユカは振り返った。

 その顔は、真っ青だった。


「……あ」


「え?」


 その時。


「……カズエ?」


 ドアの向こうから、ツバサの声がした。


「あれ……ツバサ?」


「カズエ、お願い。開けて」


「どうしたの? 彼氏と喧嘩でもした?」


 ガウンを引っ掛けてドアに近づこうとしたカズエに、


「開けないで!」


 ユカが叫んだ。 カズエは、その声に足を止める。


「なんで? ツバサが帰ってきたんじゃ……」


「ダメ! ツバサじゃないわ!」


「でも、声が……」


「違うの……」


 ユカの声が震えている。

 その直後。


 ――――――ドン。


「開けてよ!」


 ドアが強く叩かれ、カズエは飛び上がった。


  ツバサの声は、先ほどより大きい。


「ねえ、カズエ! 開けて!」


 カズエがドアに近づこうとすると、ユカが腕を掴んだ。


「駄目だってば!」


 その騒ぎで、奥のベッドにいたトモカも目を覚ました。


「……何?」


 トモカは眠そうに体を起こし、ドアを見た。


 途端――


「開けろ――――――!」


 怒鳴りつけるその声を聞いた瞬間、トモカの顔から血の気が引いた。


「う……うそ……」


「トモカ?」


「なんで……」


  ドアの向こうから、また声がする。


「ユカ! 開けろっていってんだよ!」


 ドン! ドン! ドン!


 ツバサに強く名を呼ばれ、ユカの肩が跳ねた。


「トモカでもいいわ! 早く開けろっ!」


 しかし、トモカも金縛りにあったように動かない。


 カズエは二人を見た。


「ねえ? 開けてあげようよ」


「駄目、ダメ、ダメ、駄目、だめ!」


  その言葉を聞いたらしいツバサがドアの向こうで、笑った。


 そして――


 ――ドン。 ――ドン。 ――ドン。


「早く!」


  ドアを叩く音が、次第に激しくなっていく。


  ――ドン、ドン、ドン、ドン、ドン。 ――――――――ドン。


「ちょっと、周りに迷惑よ!」


 カズエが慌ててドアを開けようとした、その時。


「「駄目!」」


  ユカとトモカが同時に叫び、カズエにとりすがった。


「なんでよ!」


 カズエも苛立ちを込めて叫んだ。


「ツバサなのよ?」


  二人は答えない。


「どうして開けちゃいけないの?」


  次の瞬間、


 ――ドン! ドン! ドン! ドン!

 ガガガガガガガガガガガガ!


「あけてぇぇぇぇぇぇ!」


 尋常ではないその様子に、カズエは今度こそ扉を開けようとした。


 その時――


「ツバサはもう帰ってこないの!」


  ユカが肩で息をしながら叫んだ。 その途端、ドアを叩く音がピタリと止んだ。


 カズエは、 「は?」 と、理解が及ばず小さく疑問の声を上げた。


「なに……言ってるの……?」


  トモカの目から涙がこぼれていた。


  「どういうこと?」


 カズエが声を荒げる。 俯いたユカが、震える声で言った。


「……ツバサは……もう」


「え?」


「だって……」


 ユカが手を握りしめる。


「私たちが……」


 そこで言葉が途切れた。 ドアの向こうから、また声がした。


「ユカ」


 今度は、笑っている声だった。


「トモカ」


 二人とも凍りつく。


「早く……開けて……」


 カズエが二人を見る。


「何をしたの?」


  ユカは目を閉じた。


  「……私たちが、ツバサを海に落としたの」


 カズエの思考が止まった。


  「…………突き落とした? ……は?」


 トモカが泣きながら頷く。


「ちょっと脅かすつもりだったの! でも、本当に落ちるなんて!」


「お願い……。開けて……」


 すすり泣く、か細い声が聞こえた。


  「わた……し……一人……さみしい」


 ユカとトモカが顔を上げる。


  「ね……ぇ……開けて?」


 ドアノブが、ゆっくり回った。 カチャ。 鍵がかかっているため、外からは開かない。


 ガチャガチャガチャ!! ガチャガチャ!!! ガチャガチャガチャ!!!


  乱暴に揺さぶられるドア。 三人は息を呑んだ。


「いやぁぁぁ! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


  トモカが耐えきれず、悲鳴のような謝罪を叫ぶ。


 カズエは、ただ呆然とドアを見つめるしかなかった。


 その横で、ユカが声を張り上げた。


  「何よ! 私は悪くない! 私は悪くない! 全部あんたが悪いのよ!!」


  ドアを揺さぶる振動が止まった。


 静寂。


  ガチャ。 一度だけ、ドアノブが音を立てた。


 そして―― バン!


 扉を叩く音。


「ねえ、カズエ」


 ツバサの声がした。


(あら……ツバサの声って、こんな声だったかしら……)


 もはや理解することを放棄したカズエは、ぼんやりとそんなことを思った。


「その二人が私を殺したの」


「だから――」


  一拍。


「あなたが開けてくれる?」


 カズエはドアを見つめた。静まり返った船室には、水音が微かに響く。


 ――びちゃ。

 ――びちゃ。

 ――びちゃ。


「カズエ」


 ツバサが、くすりと笑った。


「朝になっても、消えてあげないよ」

 

「ねぇ、どうする?」


 カズエは


(……まあ、いいか。ツバサが怒っているのは、ユカとトモカだもんね)


  そう思い、そっとドアノブに手をかけた。


  終

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