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会社帰りに読む怪談  作者: 怒れる布団


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10/11

10夜、あなたは最後まで耐えられますか?

某有名施設のアトラクションのネタバレではありません。ご安心ください。

その遊園地の、この時期に現れる目玉ホラーアトラクション。


『あなたは最後まで耐えられますか?』


そのキャッチフレーズを見て興味本意でユウイチとツトムはそのアトラクションに入った。


「じゃあ、俺はこっちだな」


入口でスタッフに案内され、二人は別々の扉の前に立った。


「終わったら外で待ってるから」


「おう。お前も楽しんでこいよ」


二人はそれぞれ別の部屋へ入っていった。


一人ずつ案内されたのは、天井の低い薄暗い部屋。 壁も、床も、ドアも、すべての境界線が黒く消える。


中央には大きめのステンレス台。


そして、壁の一角にはめ込まれた古いモニターが、ジジ……と小さくノイズを立てている。


「うわ、なにこれ。凄いな」


ツトムは物珍しそうに周囲を見回した。 その一瞬、完全に真っ暗になったかと思うと、一人の女が入ってきた。 二十代前半、少し派手なメイクをした女。


「なんか思ってたのと違う。もっとお化け屋敷っぽいのかと思ってた」


女が呟く。


最新型の没入型ホラーアトラクション。 『初体験』


二人は名乗り合うこともなく、ただなんとなく会釈して、演出の開始を待った。 チラチラ、とモニターが強く明滅する。 緑色の無機質な文字が表示された。


『目の前の生物を手で殺してください』


「ええ?」


ステンレス台の真ん中からアクリルケースがせり上がってきて、体長10センチほどの小さな白いネズミが現れた。


「うわ、リアル。本物じゃないよね? 精巧ロボット?」


ツトムがケースの蓋を開けると、ネズミは怯える風もなく手の上に乗ってきた。 ほんのりと温かい。


「すごいですね、最近の技術」


「いいからサクッといきましょう」


女は笑いながらなんのためらいもなくネズミの頭を指で強くねじった。


壊れる感触に、笑い声が少しだけ高くなった。


バチュッ。 小気味よい破壊音とともに、ツトムの手にずっしりとした生々しい感触がのしかかった。


「うおっ、リアル!」


「やだこのネズミ、汚れてる」


ツトムは完璧な演出に冷や汗をかいていた。 一方、女は汚れを気にしながらも、ニヤニヤと笑っている。


次に出てきたのは、白いウサギ。ケースの端で丸くなっている。 モニターが表したのは、


『目の前の生物を殺してください。10分以内』


赤い数字のカウントダウンが始まった。

09:59

09:58

09:57


「えー……ウサギはちょっと……」


女が手を引っ込めた。


「俺も無理だって」


「はあ? なんで? 次はアンタの番でしょ」


ツトムは苦笑いを浮かべ、なんとなく押し付け合う。

数字は無情に減っていく。


05:00

04:59


部屋を包むのは無音のプレッシャー。 監視されているような強い視線を感じる。


(……なんか、おかしくないか?)


自分たちがそれを殺すのを待っているだけのアトラクション。


「……ねえ。これ、アトラクションだよ?」


女の声には、馬鹿にするような嘲りが滲んでいる。


「わかってるよ! テーマパークだぞここ!」


ツトムは自分に言い聞かせるように叫ぶと、意を決してウサギの耳を掴んで引きずり出した。 暴れるウサギの早い脈拍を感じながら、首に両手をかけ、一気に力を込める。 ゴキッ。 手に伝わる、骨が砕け、肉が引きつれるような鈍い感触。


ウサギが最後に見開いた瞳から光が消え、だらりと弛緩する。


握りしめた手から、ぬるい尿のにおいが立ち上った。


「ヒッ……!」


それを見て、女は初めて息を呑んで後退りした。 ツトムは自分の手を見つめたまま立ち尽くした。 手の震えが止まらない。 あまりにも生々しい。


三度目。


せり上がってきたのは、生後数ヶ月ほどの子犬だった。 つぶらな瞳で二人を見上げ、くぅん、と甘えた声を上げて尻尾を振った。


隣に置いてあるのは大きめのハサミ。


モニターが激しく明滅する。


『目の前の生物をハサミを使って殺してください。10分以内』


「無理無理無理! こんなの無理!」


女が叫んだ。


「出して! リタイアします!」


壁を叩き、扉を蹴るが、暗い部屋はビクともしない。


『実行されない場合、ペナルティがあります』


モニターに表示された文字。


「え、ペナルティ?」


ツトムは呆然と子犬を見つめた。


ウサギの時の感触が手に残っていて、吐き気が込み上げてくる。


01:00

00:30

00:00


カウントダウンがゼロになった。


――ビィィィィィィィィン!!!!


突然、頭蓋骨を直接揺さぶるような狂気的な爆音が部屋を満たした。


「うわっ!」


二人は耳を塞ぎ、床に転がった。 次の瞬間、壁の境界線の隙間から「黒い波」が溢れ出してきた。


カサカサカサカサカサカサッ!


「……っ!」


何万匹もの羽虫と甲虫の群れ。 黒い塊となって二人になだれ込み、皮膚を、髪を、服の隙間を這い回る。 耳を塞いでも、鼓膜のすぐそばで羽ばたかれる音。 口を少しでも開ければ虫が飛び込み、喉の奥へと侵入しようとする。 さらに全身を刺され、噛まれる激痛。


二人は悲鳴を上げることすらできず、ただ床を転げ回った。


正気を失いかけたその時――ピタリと音が止んだ。


虫たちは、一斉に消える。


二人は、痒みも痛みも消えていることに気がついた。


子犬はすでに消えていた。


モニターの文字が変わる。


『ペナルティ実行終了』


冷たい文字が浮かぶ。


四度目。


床のスリットから、硬質な金属音を立てて二本のナイフがせり上がってきた。


モニターの画面が真っ赤に染まる。


『二人で殺し合ってください。10分以内』


09:59


「……嘘だろ……」


ツトムの声が震える。 殺し合い? 人間同士で?


「おい、出よう! どこかにリタイアボタンが――」


ツトムが振り返った瞬間、女の手にはすでにナイフが握られていた。 女は荒い呼吸を繰り返し、瞳孔が大きく開いている。


「……ねえ」


女が虚ろな声を出す。


「これ、本当にアトラクションだよね?」


「え……?」


「ぜんぶバーチャルよね!?」


女がナイフを構えて走り出した。


「やめろ!」


ツトムは逃げ惑った。 しかし、何もない部屋に隠れる場所など存在しない。


「大丈夫! バーチャルだから!」


上から覆いかぶさってきた女が、狂気的な力でナイフを振り下ろす。


ツトムは必死で左腕を交差させて、右手でナイフを掴んだ。 そして、女の喉元へと突き刺した。


「ガハッ……!?」


生温かい血液が喉元から溢れ出る。 震える指先に女の生暖かい血が伝い、肉を切り裂いた時の鈍い感触が、手を通して脳に届く。


女の口から血が滴り、血の匂いが充満した。


(本物だ……)


女の真っ黒な目が、ツトムを睨む。


パンッ!


明るい音とともに、部屋の照明が切り替わった。


気がつけばツトムを睨んでいた女の死体も、床一面に広がっていた血の海も、影も形もなく消え去っていた。 相手を刺したナイフすら、消えている。 部屋の反対側の壁がカチャリと音を立てて開いた。 出口だ。


「……あ」


ツトムは腰を抜かしたまま、慌てて駆け出した。 外へ出ると、すでに日は沈んでいたが、テーマパーク特有の華やかな灯りが照らしている。


ベンチの近くで、一緒に遊びに来ていた友達のユウイチが待っていた。


「お! おかえりー! 面白かったな? ホラーナイト『初体験』!」


ユウイチが笑顔で駆け寄ってくる。 ツトムは胸を撫でおろし、大げさに身振り手振りを交えて語りかけた。


「本当にヤバイ体験だった! 途中で知らない女と二人きりにされるし、ネズミとかウサギ殺させられたし……最後、ナイフで殺し合いだったし!」


一息に捲し立てる。 しかし、ユウイチは笑っていなかった。 首を少しだけ傾げ、不思議そうな顔でツトムを見つめている。


「……え? なに言ってんだ?」


「え?」


「俺の部屋、ずっと一人だったぞ」


ユウイチはスマホを取り出し、アトラクションの公式パンフレットの画面を見せてきた。


『完全個室・定員1名。あなたは最後まで耐えられますか?』


ツトムの思考がフリーズする。


「一人……? だって、俺、女の人と一緒に……」


「入る時も一人だったじゃん。俺、見てたぞ?」


ユウイチはクッと笑った。


「誰と殺し合ったんだ?」


――風が止んだ。 女の顔が、脳裏に蘇る。


ネズミの死骸の重み。 ウサギの首を折った時の生温かい感触と、生々しい尿のにおい。 自分を襲ってきた、あの無数の虫の刺し傷。 そして、ナイフを突き立てた時。 女の胸から溢れ出し、自分の顔に派手に飛び散った、あの温かい血の感触。


(演出だから消えたんだよな……?)


ツトムはゆっくりと自分の手を見つめた。 手から、あの強烈な鉄の匂いが、鼻をつくほど強く漂い始めていた。

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