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会社帰りに読む怪談  作者: 怒れる布団


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4/6

4夜、先客

夜勤中のことだった。

俺は大病院の巡回警備をしている。

午前三時頃。 誰も使っていない五階の空室に、小さな男の子が入っていくのを見た。


七、八歳くらいだろうか。

白いパジャマ姿で、タタタタタッと廊下を走り、ゆっくりドアを開けて中へ入る。


小児病棟では珍しくない。


回復して動けるようになった子供が、夜中に抜け出して遊ぶことがある。

俺は小さく舌打ちしながら子供の後を追った。

思った通り、病室の窓際に男の子は座っていた。


「どうしたの?」


声をかけると、男の子は振り返った。


「お母さんが来たんだ」


だが、面会時間はとっくに過ぎている。


「お母さん?いや、今は病院に入れないだろ……」


そう言いながら男の子に近づくと、子供は窓を指差した。


「あっち」


外を見る。

しかし、駐車場にも人影はなかった。


「誰もいないじゃないか」


そう言った瞬間。

男の子の顔から笑みが消えた。


「いるよ」


その声は少し震えている。


「ずっとこっち見てる」


俺はもう一度窓に顔を寄せた。

その時、街灯の明かりの境目、病院の真下に、女が立っているのが見えた。

その女はこちらを見上げている。

距離があるのに顔がよく見えた。


いや。


顔だけが異様に大きかった。

まるで双眼鏡でも覗いているように。

女は瞬きもしない。

ただ上を見ている。

俺の背中に嫌な汗が流れ窓際から一歩後退った。


「あ、あれがお母さん?」


男の子は首を振る。


「違うよ」


「じゃあ何だ?あれは」


男の子は少し考え、小さな声で言った。


「病院に時々入ってくる人……かな」


病室の空気が急に冷えた気がした。


「僕の前の部屋にも入っていくのを見たよ」


「前の部屋?」


「二〇七号室の前の部屋」


俺は黙った。

二〇七号室の向かいの二〇三号室は先月閉鎖された病室だ。

入院していた子供が立て続けに亡くなったから。

男の子は続ける。


「アレ、最初は外にいるんだ」


「……」


「でも突然入ってくるんだ」


俺はもう窓を見ることができなかった。

だが、女は確かにそこにいる気がする。

そして。


「な、なあ」


俺は男の子に尋ねた。


「お母さんはどこにいるんだ?」


男の子はきょとんとした顔をした。


「そこだよ」


男の子が指を差す。

そこにはカーテンが閉じられていたベッドが一つ。


「お母さん」


男の子が呼びかける。

返事はない。

だが。

カーテンの下を掴む黒い指先が見えた。

俺の全身が固まった。

男の子は嬉しそうに言う。


「ね?」


ゆっくりカーテンが揺れた。

誰も触っていないのに。


「お母さんはね」


男の子が笑った。


「ベッドの下が好きなんだ」


その瞬間。

カーテンの隙間、ベッドの下の暗闇から、 何かがこちらを見ていた。

顔なのかどうかも分からない。

ただ。

真っ黒だった。


終わり

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