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邂逅

 「助けて」

 

 ガルムが石のように重い瞼を持ち上げ、辺りを見回す。

 ガルムは椅子に身体を縛られ、目の前には駅調査委員会の兵士数人が見張っていた。

 天井にぶら下がっているランプは明かりを与えつつも、同時に不気味な影を彼らに与えた。見張りの足元に伸びる影は常に落ち着きが無く、ゆらゆらとしている。

 「さて、やっと話す気になったか?」

 「そうだな…。今なら全部話せそうだな。もちろん。お前らも知ってる事、全部話してくれるよな?」

 「…いいだろう」

 ガルムはニヤリと微笑んだ。

 「さて、一つ目の質問だが、異世界はどんな所だ?」

 「…異世界があるかないかではなく、どんな所かって聞いてくる辺り、確信してるんだな」

 「あなたも駅調査委員会所属なら分かるでしょうに。時刻表に存在しない電車、存在しない形や型式の列車や電車、存在しない駅…。これを常日頃から見ておいて“異世界は存在しない”なんて言うほうが変ですよ」

 「それもそうだな。…結論から言うと、お前らの副委員長が狙っているところは明治時代に匹敵する場所と環境だ」

 「そうか。では二つ目の質問だ。魔法は、存在するか?」

 「無きにしも非ず、と言った所だ。存在はするが、お前達が思っているほど今は普及してないな」

 「了解だ。ではみっ」

 「ちょっと待った」

 ガルムは話を遮って言った。

 兵士は怒ったような驚いたような、よく分からない表情をしてガルムを見つめる。

 「俺も質問いいか?」

 「あぁ。それが約束か…」

 「一つ目、あの屍共に感染能力はあるのか?」

 それを聞いた瞬間、兵士の表情は明らかに変わった。

 目を大きく見開き、目は段々と血走る。そして、ほっぺが張り裂けそうなほど口を三日月型にし、その笑っているような顔まるで一種の妖怪のような顔になった。

 「世界平和、世界平和」

 「あん?」

 「感染能力は無い。無い無い無い無い痛い痛い痛い痛い」

 突然兵士は壊れた人形のように同じ言葉を繰り返し発し始め、ついには目から涙を溢しながら叫ぶ。

 周りの兵士達はすぐにその兵士を部屋から追い出す。

 部屋にはガルムだけが残った。


 「一体、何が…」

 ガルムはそう独り言を呟き、部屋中を見渡す。

 すると、部屋の隅に人、らしき影があった。

 姿を見ようにもランプの明かりはその人の足首より下しか照らさない。

 ただ、一つ言えるのは、足こそはジーンズと靴で見えないが、チラリと見える足首はミイラのような到底人間とは思えない物だった。

 「お前、誰だ?暇なら話し相手になって欲しいんだが」

 「私。私はアアア!!」


 ぐしゃっ


 部屋にはランプだけが残った。

 ランプは風に吹かれているかのようにキイキイと軋む音を立てて揺れている。

 ガルムは椅子ごと、影も形もなく、消えてしまった。

 部屋の隅にいた人影も今やいない。

 直後、カンッと不思議な音が外から響いた。

 音はその後も何度も何度も鳴り響いた。


 同時刻。

 伊八はすでに動いている。

 ひっそりと隠れるように潜水艦の特権である海に潜った。

 それから一分も経過したか分からないが、洋上はカンッという音と共に青と緑の不気味な色の煙に覆われた。


ーーーーーーーーーーーーーー


 1892年7月頃。

 異世界、ワ国十劉湾近海。早朝。

 朝日が顔を出した。

 ある一隻の木製漁船が大量の網と釣り糸を垂らしてプカプカと波の流れに身を任せていた。

 「引き上げんど〜」

 「サー」

 漁師達の掛け声が中から聞こえた。

 それと同時に網や釣り糸が次々と海から上がる。

 網には多種多様な魚がおり、釣り糸には立派なタチウオが掛かっている物と空振りだった物が上がった。

 「コイツはたくさんありますな」

 「これで当分は家族を養えまっせ!」

 男達は網に掛かった魚を見ながら口々にそう言った。

 「うん?何だこれは…」

 「どないした?」

 一人の漁師が山のように積もる魚の中から腕章を取り出した。

 その腕章には黄色の馬が描かれていた。


 ドォーン


 次の瞬間、漁船のすぐ近くに突然噴火したかのような水柱が立った。

 漁師達は態勢を崩し、甲板に転ぶ。

 それを追撃するように生暖かい海水が滝のように彼らに降りかかった。

 「なんじゃなんじゃ!?」

 漁師達は甲板に必死にしがみつきながら叫ぶ。

 「おおありゃすごいぞ」

 「でっけぇマグロが出て来おった!!」

 水柱の中から一見マグロのような物が飛び出した。

 しかし、それが「マグロではない」と考え直したのは間もなくだった。


 それは水柱から出て来るとボートのように水面を滑りながら漁船の横を通る。

 それはマグロよりもはるかに大きく、そもそも生物ですらない。

 艦である。


 「なんじゃあの鋼鉄のマグロは!?」

 「は、はよ逃げるぞ!!」

 「待った。まだ全ての網を引き上げられとらんぞ!!」

 「そんなもん、また金で買えるわい」

 漁船は煙突から黒煙を噴き上げ、矢のようにその場を離れて行った。


 マグロと言われた艦は、爆発から間一髪逃げ出した潜水艦伊八だった。

 伊八の艦橋には漁船が逃げ出した直後に拡声器を持ったレフトが上がった。

 「あっちゃー逃げたか…。ただ話をしたいだけなんだけどな」


 レフトはどうする事も出来ずにため息をつきながら周りを見渡す。

 正面は一面水平線の彼方までオレンジ色の空と青黒い海が広がり、背後には陸地の影が見えた。

 「異世界もやはり地球と変わらず、か…」

 伊八に今は逃げる能力はおろかまともに航行するほどの余力も残っていなかった。


 しばらく洋上を漂い、朝日が水平線から離れた頃、陸地側からオレンジから青色に変わっていく空を黒く染め上げる煙が見えた。

 レフトは目を皿にしてその黒煙を見つめる。

 黒煙の下には吹き出す黒煙とは正反対の天使のように真っ白な船体に身を包んだ艦艇が密集し、コチラに向かっていた。

 「…どうやらやる気は十分らしい」

 レフトはすぐに艦内に入った。

 そして舵を握り、勢いよく左に回す。

 伊八はゆっくりと艦首を艦隊の方向に向ける。


 艦首を向けている間、彼らは一発たりとも撃ってこなかった。

 「読みを間違えたかな…」

 レフトはそう独り言のように呟きつつも、「なんか今さら止めるのも違うな」と思い、ともかく艦首を向けていた。


 「手を挙げろ」

 突然背後から声が響いた。

ーーー全く気付かなかった…。

 レフトは驚いたような顔をしながら渋々両手を挙げる。

 彼女は周りの気配を感じ取ることにおいては絶対に近い自信があった。語ろうと思えばそれに関するエピソードなんて無尽蔵に出て来る。

 そもそも気配を感じ取る事が不慣れならこの仕事に向いていない。


 「誰だい君は。聞いたことの無い声だが…」

 「私。私はアアアねぇ」

 レフトは背筋に氷を押し当てられたような気分だった。

 全身から汗が滝のように流れ出る。

ーーーまずい。

 レフトは瞬く間に腰にぶら下げっていた拳銃を引き抜き、クルリと振り返る。

 そして何か言わせる間もなく何度も引き金を引いた。


ーーーーーーーーーーーーーー


 一方、艦隊は伊八を中心に輪になるように展開していた。

 この艦隊は前弩級戦艦“印沼”を旗艦におくワ国の主力艦隊である。


 ちょうどこの世界ではこの頃に戦艦という艦種が生まれた。

 今まで主力を任されていた装甲艦からバトンを受け継ぐ時期だ。


 前弩級戦艦という通り、大砲の設置されている場所はかの戦艦三笠とそう大差ない。

 全長125m、幅20m。主砲は丸いケーキのスポンジにパイプが二本横並びで突き刺さっているような形であり、口径は24cm。通称24cm連装砲である。それが前弩級戦艦の特徴とも言うべき、艦首に一基、艦尾に一基の配置である。


 六月に就役したばかりの本艦の初出撃は不審船の調査という到底今では考えられないほど戦艦の贅沢な使い方をしているが、そんな事はお構いなしの乗組員達は大満足である。


 戦艦印沼艦長は頭を抱えながら艦橋に上がり、右側に見える伊八を見下ろす。

 「全く。これが異世界の兵器だなんて。方提督、どうしますか?」

 方は腰にぶら下げている刀を引き抜き、刀身を見つめる。

 刀身に映る自分は目の下に黒いクマを抱え、顔色に至っては今に倒れてもおかしくないほど真っ青である。

 しかし、まだ身体は三十代だ。

 それでもなおかろうじてここに立っている。

 「突撃隊を組織しろ。乗り込むぞ」

 「了解。…鹵獲が、ベストですよね?」

 「それは俺が中に入ってから決める。もし最悪の事態になったら俺ごとあの兵器を沈めろ。分かったな?」

 「了解。ご武運を」


 戦艦印沼から一隻のボートが海面に降ろされた。

 方は拳銃を持った数人の兵士と共にそのボートに乗り、伊八の艦首甲板に着いた。

 伊八はなおも不気味なほど静かだった。

 「お~い大丈夫か?」

 戦艦印沼から次々とそんな声が上がった。

 方達は一斉に戦艦印沼を見つめた。

 戦艦印沼の艦首には未来の超兵器を一目見ようと士官や水兵が野次馬のように集まっていた。

 彼らは暇を持て余し、方達の一挙手一投足をまるでスポーツでも観戦するかのように眺めている。


 「呑気な奴らだ」

 方はそう独り言を言って一人ツカツカと先へ先へと進む。

 艦橋の目の前まで来ると、方は中に入る扉を探そうと艦橋に手を当てて周りをグルリと一周しようとした。

 しかし、半周し、艦尾側に着いたところでオオオンと不思議な音が潜水艦から響いた。

ーーー生き物が発する音とは考えられない。

 方達は艦橋から数歩退く。


 彼らの判断は、正しかった。

 艦橋の頂上から突然、六本の黒い細長い物体がスッと飛び出した。

 細長い物体は太さがイチメートルあるか無いかほどの細さだが、長さは何十メートルもある。

 物体はある程度の高さまで行くと生き物のようにポキッと曲がり、五本はアメンボのように海面に接着し、もう一本は戦艦印沼の艦首に降りた。

 その時の艦首は大混乱に陥り、士官や水兵は我先にと逃げるように艦内へ隠れた。


 物体もとい足のような物は艦橋から何かを引っ張り上げるかのように上へ上へと上がっていた。

 そしてついに艦首から姿を現したのは人型のミイラのような物だった。

 それは背中からあの黒い足を伸ばし、綺麗な黒髪を柳のように生やしている。

 だが、身体はミイラのような外見で、服装は黒いポロシャツとジーンズを着ているなど現代的な服装だった。


 「異世界の人間か!?」

 兵士達は見たこともない服装を見るなり口々にそう言った。

 ()()はしばらく眼球の無い穴が空いたように真っ黒な目をキョロキョロと動かして周りを見渡していた。


 「提督、どうしますか?」

 兵士の一人があの物体を見ながらそう聞いた。

 「生きることが最優先だ。最悪全ての武器を放棄してでも逃げ切るぞ」

 「はい!」


 「キュイイイイッ!!」


 突然()()が黒板を爪で引っ掻くような不快な音を出した。

 そして方の目の前までグイッと近寄った。

 もう手を伸ばせば()()に触れられる距離だった。

 兵士達は拳銃を構え、何が起きてもいいように引き金に手をかけた。


 一秒一秒がまるで一年のように長く感じた。

 方は冷静を装い、余裕な素振りで「誰だ?」と言った。

 「アドミラル。私は Sarubia Whiteです。あなたの本名を聞かせてください」

 ミイラのような外見とは裏腹に言葉をスラスラと喋るその姿は人間そのものだった。

 「サルビア殿。私は海軍中将、方という者だ。サルビア殿の目的は如何に?」

 「本名を聞かせてください」

 「…方だ」

 「本名を聞かせてください」

 方は不気味に思い、冷や汗を流した。

 サルビアはジッと何も無い目を方に向けている。


 方が黙り込んだのを見ると、サルビアは静かに方の目の前を離れ、高々とした場所に再び戻った。

 その瞬間、それを待っていたかのように戦艦印沼の主砲が火を吹いた。24cm連装砲から放たれた二発の巨弾はサルビア目掛けて飛んでいく。

 しかし、案の定初弾は当たらず、彼女の頭上を通過してはるか遠くで水柱を上げた。

 サルビアの視線はすぐさま戦艦印沼に向いた。

 「ギャアアア!!」

 叫び声を上げながらあの巨体で想像も出来ないようなスピードでアメンボのように戦艦印沼へと迫る。

 副砲や小口径砲がすぐさま火を吹いた。


 数発は当たった。

 それでもサルビアを倒すどころか止めることも叶わず、艦首甲板に乗り込まれた。

 「艦長、目標が来ました!」

 「それがどうした。ゼロ距離で主砲を叩き込んでやれ!!」

 主砲はすぐに火を吹いた。

 二発の巨弾の内、一発がサルビア本体に直撃した。

 この時発射された砲弾は徹甲弾という装甲を貫くための砲弾だった。


 砲弾はサルビアに当たると、電車が急ブレーキしたかのよな火花を上げた。

 何とサルビアは砲弾を止めようと全力でクルクルと回る砲弾を掴んでいたのだ。砲弾はキイイインと唸り声を上げてその場に留まった。

 艦長や方はそれぞれ神に祈るのような気持ちでその光景を眺めた。


 すでに一分が経過したのでは無いかと思われたが、現実にすれば恐らく二十秒ほどの出来事だったのかも知れない。

 結果、砲弾とサルビアは同時に力尽きた。

 砲弾はついにピクリとも動かなくなり、ドボンと海中に落ちた。

 一方、サルビアはあの細長い足が黒い煙のような物を上げて消滅し、本体もその煙に紛れてどこかへと消えてしまった。


 突然辺りは静かになった。

 周りの艦や戦艦印沼の乗組員は最初の興奮が嘘のように消え失せ、未だに戦闘配置についたまま人形のように動かなくなった。

 方達は警戒しながらサルビアの足が出て来た艦橋の頂上に上がる。

 「ここで待っていろ」

 方はそう言って一人で中に入る。

 中は赤い電灯が灯っており、薄暗い。

 ゆっくりと刀を引き抜き、懐中電灯を灯す。

 すると、すぐ目の前に床に倒れ込んでいる人影を見つけた。


 レフトである。

 方はすぐに近寄った。

 「大丈」

 まだ言いかけている途中にレフトは待っていたかのように起き上がり、方に飛び掛かる。

 方は咄嗟の出来事に刀を落とし、レフトと取っ組み合いになった。

 「待て。落ち着け!」

 「うん?」

 レフトは方の声を聞くと驚いたように手を止めた。

 「その声はまさか…」

 「とりあえず、指示に従え。いいな」

 「…コレは面白くなるな」

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