楽園の終息
伊八はカルーナをワ国に送り届けた後に日本近海に浮上した。
秋雲はすぐさま艦橋に登って辺りを見回す。
辺りはすっかり夜の帳が降り、空には月がぽっかりと浮かんでいる。
「どうだ。いるか?」
下からガルムの声が聞こえた。
「暗すぎてほとんど見えない」
「分かった。レーダーか潜望鏡が直るまでちょっと見張っててくれ」
「分かっ」
「直ちに停船せよ」
突然、真っ暗だったところに二つの明かりが灯った。
二つの明かりはまるで人魂のように宙に浮き、コチラを女優のように照らす。
秋雲はあまりの眩しさに片手で目を覆いながら明かりの方向を睨み付ける。
するとそこには“のかぜ”型護衛艦三番艦“なみかぜ”がいた。
“なみかぜ”も“のかぜ”同様、イージス艦に改装され、まさに生き写しのような姿である。
「本艦は“なみかぜ”である。貴艦は何者か?」
秋雲は出せる限りの声で叫んだ。
「本艦は潜水艦伊八である。よければ曳航して下さると光栄であります!!」
「了解した。ロープを投げる。それをつないでおけ」
“なみかぜ”はそう言って横をゆっくりと通りながらロープを投げた。
秋雲はロープを受け取ると、艦首に結び付けた。
後は“なみかぜ”が引っ張ってくれた。
秋雲は艦内に戻り、糸が切れたかのように突然床に座った。
「大丈夫か?」
ガルムは手を差し出しながら言う。
「えぇ、何とか。…それよりも他の船員を起こさないと」
「そうだな」
船員達は異世界にいる間も依然として眠っていた。
恐らくここらで疲れが頂点に達し、気絶ついでに熟睡しているのだろう。
「…寝かせとく?」
秋雲は躊躇うように言った。
ガルムも口癖になった「そうだな」と言いながら難しい顔をした。
“なみかぜ”は朝日が昇った直後に佐世保沖に到着した。
その時には井伊以外の乗組員は全員起きており、駅調査委員会の疑惑の目を逃れるために何事も無かったかのように平然と振る舞っている。
一方井伊はまだ寝ていた。
伊八の乗組員は屍に噛まれていないか、検査がある。
“なみかぜ”と別れ、洋上の検疫所である航空母艦“生駒”へと向かった。
“生駒”は先の大戦後、利用価値があるとしてしばらく手つかずの状態で洋上に浮いていた。
本来取り付けるべき煙突は甲板の上に放置され、船体の塗装は剥げ落ち、茶色に錆びた船体を晒し、ゆっくりと朽ちていく。
ーーーこのまま行けばいずれ老朽化の影響で浸水する。
そう言われていた。が、駅調査委員会が発足時に洋上の本部として引き取られた。ちなみに煙突や機関はついに設置されなかった。
そんな数奇な運命がある“生駒”に伊八は横付けした。
艦内は五度に渡る近代化改装のおかげで最近就役した船のようにようになり、衰えを全く感じさせない。
「これが生駒か…」
「ウチらの艦とほとんど同じだな」
乗組員達は次々とそう言って艦内へと吸い込まれるように入って行く。
秋雲も入ろうとすると、待ち構えていたように駅調査委員会副委員長レフトが“生駒”の中から現れた。
「こんばんは」
彼女は子供のように無邪気な感じで言った。
「こんばんは…」
「フフッ。ちょっとお話しよっか」
レフトと秋雲は伊八の甲板に立った。
乗組員達とガルムは二人の会話が気になるような顔をしながらも、さっさと立ち去ってしまった。
「話って、何ですか?」
「ここで話すのもまた趣があると思うけど、中で話そうか」
艦内は赤色のランプが不気味に灯りながらひっそりと静まり返っている。
二人は伊八の艦長である秋雲の部屋に入った。
秋雲の部屋は畳一枚分あるかどうかの広さであり、ベットと机と椅子がところ狭しと固定されている。
レフトは部屋に入ると一目散に椅子に座った。
そして目の前の銀のお盆のような鉄の机に両肘をついて座る席が無く立っている秋雲を見つめる。
「…話は何ですか?」
ずっと無言で見つめてくるレフトに秋雲が吐き捨てるように言った。
「おっと、すっかり忘れてしまっていたよ。なんせ潜水艦に乗れるなんて珍しいからね。しょうがないよね!」
秋雲は微動だにせず、悟りを開いたような目でレフトを睨む。
「…全く。人となかなか喋りたがらないな。ガルム君とはよく話してるらしいけど」
秋雲は一瞬瞼をピクリとさせ眉間にシワを寄せた。
ーーーどうやら当たりだな。
レフトはニヤニヤとしながら学生の決めつけたような視線で秋雲を見つめた。
「どうでもいいと思いますが?」
「それはそうだね。じゃあ、本題と行こうか。我々駅調査委員会の存在意義、覚えているかな?」
「存在しない駅並びに車両を破壊することです」
「そうだね。では、そんな我々の最終目標は?」
「…?」
「フフッ。そういう反応になるよね」
「そもそも興味がないもので」
「そう…」
レフトは懐からカメラを取り出してそのレンズを秋雲に向けた。
カシャッ
シャッターが切られると、秋雲は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、次の瞬間には死んだような目に変わった。
「やっぱりいいな。この装置は」
レフトは不気味に微笑みながら言った。
このカメラのような装置は駅調査委員会の特殊兵器の一つである“厶六”だ。
厶六、通称カメラは特に何の変哲もないカメラだ。
強いて言うのであれば地図機能付きなだけだ。
つまり、秋雲は写真を一枚撮られたことに腹を立てて死んだような目になっているだけである。
「秋雲、もう少し笑顔が欲しいかな」
「近いうちにレンズに変えてやるよ」
「…冗談?」
秋雲は何も答えずに本気で嫌がっている顔をしている。
レフトは久々に命の危険を感じたため、深く考えるのを止めた。
「それで、早く喋ってください」
「分かった。分かったとも。目標っていうのは異世界の占領。それだけさ」
「異世界…ですか。寝言は他所か自室で言ってください」
「そう面倒臭がらない。それに、君、知ってるでしょ?異世界があるって」
秋雲が反応するより先にレフトは秋雲の太ももに一本の注射を刺す。
ーーー痛みがほとんどない…。
そう悠長に思ったのも束の間、秋雲は突然気を失い、倒れた。
レフトは倒れた秋雲をベットの上に乗せた後、発令所へと向かう。
発令所にはワープ装置があった。
レフトはその装置を見つけると静かに微笑んだ。
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一方ガルムは検査を終え、“生駒”の甲板に出ていた。
甲板には未だに煙突がちょこんと置かれている。
しかし、煙突以外何も無く、甲板は平原のようにまっさらだ。
「…困ったな」
ガルムは眼下に見える伊八を見ながらそう言った。
伊八は不気味なほど静かで嵐の前の静けさに近いものがある。
「ガルム殿」
突然背後から声がした。
振り返って見ると、のかぜ艦長が駅調査委員会の腕章を着けた兵士を四人ほど従えて立っていた。
「逮捕か」
「お察しの通りだ。伊八乗組員は全員捕まえよと命令が下っている」
「そうか。…バレてたんだな」
「一週間。とっくにのしろものかぜも着いてるのに君達だけいない。副委員長が疑問に思い、この様な事態になっている。大人しく投降しろ。今ならまだ」
「艦長は、」
ガルムは威圧的な声で怒鳴る。
艦長は気圧されて一瞬たじろいだ。
「ゾンビなのかもよく分からん奴らから国民を守るのが任務ではないでしょうか?」
「…そうだ」
「では、なぜ俺に拳を向けるのですか?」
艦長は何も言えなかった。
それを見た四人の兵士は機械のように一斉に動き出し、瞬く間にガルムを組み伏せる。
ガルムは抵抗するも、彼らは岩のようにビクともしない。
「おい待て!!よせ!!艦長、説得してくれ!!」
ガルムはさっきまでの余裕綽々な態度は一変し、人が変わったかのように必死に涙ながらに叫ぶ。
その光景を見た艦長はガルムに対する恐れを捨て、それどころか哀れみすら覚えた。
ーーー所詮は人か…。
「連れて行け」
「そんな…。離せ。離してくれ。最後に、艦長聞いてくれ。お願いだ。離せ。離せ。離せーっ!!!」
艦長は引き摺られるように連れて行かれるガルムを見つめながら視線を遮るように帽子を深く被る。
ガルムの耳をつんざく悲痛な声はしばらく頭の中にこだました。
ガルムが、いなくなった。
のかぜ艦長は自分以外誰もいない甲板を見渡す。
東の空からは朝日が昇り始めた。
「…最も変わらない光景か」
朝日は変わらない。
世界の終わりはきっと思い描いた物にはならない。
世界が終わると聞いたときに俺はどこにいるのだろうか。愛する人の隣、それとも職場。いったい、どこなのだろうか。
「艦長、至急艦に戻って下さい!!」
無線が突如として悲鳴に近い声を上げた。
カンッ
空き缶を叩いた音を何百倍にも大きくしたような音が無線の声も波の音も全ての音を掻き消した。
音のした方向を見つめると、そこには見ているだけでも気持ち悪くなるような緑と青のキノコ雲が立ち上っていた。
カンッ
音がするとまた一つキノコ雲が立ち上がる。
カンッカンッカンッ
キノコ雲はだんだんとコチラに近付いてくる。
「目標所属不明機六機、対空戦闘ヨーイ!!」
「対空戦闘用意よし」
「全対空ミサイル発射ー!!」
無線からは部下の必死の声が聞こえてくる。
“のかぜ”は艦の姿が真っ白な煙に覆われ、そこから何本ものミサイルが勢いよく飛び出す。
そして白線をオレンジ色の空に描きながらキノコ雲の方向へと飛んでいく。
間もなくして空にいくつかの閃光が出来た。
「敵機二機撃墜!!しかし四機が依然として接近中!!」
「主砲、対空砲前門撃てー!!」
“のかぜ”の主砲と機関砲は、よく奮闘した。
艦長が見ている限りでは少なくとも一機を撃墜した。
だが、残りの三機は“のかぜ”の上を飛び越え、“のかぜ”のすぐそばに爆弾と思しきものを投下した。
カンッ
空にはいくつもの青と緑が混じったこの世の物とは思えないキノコ雲が上がった。
至近距離で喰らったのかぜはもちろんの事、生駒も、“なみかぜ”らも、跡形も無く、消え去り、空は青と緑の煙に覆われた。




