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屍と感染

ーーー方が突入する少し前。


 レフトは拳銃を取り出しながら、振り向くと躊躇うことなく引き金を引いた。

 「ギャッ!!」

 小さな悲鳴が潜水艦の狭い発令所に響く。

 サルビアは身体を抱えてうずくまり、柳のような髪の毛が彼女の表情を全く見せない。


 レフトは万が一に備えて銃口を向けている。

 「これで形勢逆転ね」

 「フフッ。阿呆ね」

 サルビアは何事も無かったかのようにクスクスと笑って言った。

 そして、首を文字通り長くして顔だけをレフトの目の前まで寄せる。

 レフトは後ろに下がろうにも、狭い発令所のために引くも進も叶わなかった。

 「銃弾が効かないことくらい分かるでしょうに」

 「あいにく、私は対人戦が主だったからクセかしら」

 「そう。オモシロイネ」

 次の瞬間、オオオオンと不思議な音と共にサルビアの背中から数本の細長い昆虫の足のような物が生えた。

 足は艦橋を突き破って外に出たのだろうか。

 艦橋から日光がこぼれ出る。

 「おいおい止めてくれよ。潜水艦なんだから沈んじまう」

 「ワタシニハ関係無イ」

 そう言い残して彼女はスルリと上へ上がって行った。


 サルビアが上に上がってからしばらくすると、艦が揺れるほどの激しい爆発音が鳴り響いた。

 その後も大小様々な爆発音が常に鳴り響く。

 潜望鏡で外の様子を見ようとするも、潜望鏡はサルビアの無駄に長い足のために破壊されており、使い物にならない。

 「ではどうするか」

 レフトは辺りをキョロキョロと見回すと、床にゆっくりと倒れ込んだ。

 そして静かに目を閉じる。


ーーー目を閉じれば、全部全部、過ぎてくれるさ。


 レフトは子供のようにそう祈りながら身体を縮こまらせ、まるで誰かから隠れているかのように息を殺す。

 その間も外からは爆発音が聞こえていた。


ーーー現在ーーー

 レフトは方達に連れられて戦艦印沼に乗った。

 もちろん、先の爆発音で起きた秋雲と未だに寝ている状態の井伊を連れて。


 レフトと秋雲は印沼の後部上甲板に案内された。

 二人は歩いている間一言も喋らず、それどころかお互いに睨み合い、小さく舌打ちをする始末である。

 これには案内役の兵士もどうすればいいか分からず、終始無言を貫き通した。


 案内された場所にはご丁寧に白く丸い机が一つとそれを囲むように三脚の椅子が並べられている。

 その内の一脚にすでに方は座っていた。

 「お好きな席にどうぞ」

 方はそう言った。

 するとレフトと秋雲は椅子を若干動かし、お互いに少しでも離れようと方を中心にTの字になった。

 案内役の兵士は苦笑いをしながら気まずそうにさっさと艦内へ逃げ帰って行った。


 「…なぜ君達の仲はそんなに悪いのか、聞かせてもらえるかい?」

 「コイツが気絶させてきたからです!」

 「そうか。レフトは?」

 「秋雲が何かしてるから。ノリだね」

 「なるほど。まぁ、過去の事なんて水に流せばいいさ」

 「まるで君は私に何かあるみたいな言い方だね」

 「ハハッ。あるな。駅調査委員会副会長殿」

 秋雲は驚いたような表情で方を見つめた。

 レフトは「やっぱり」と勝ち誇ったかのようなの笑みでニヤリとする。

 「やはりあなたは転生した人なんですね」

 「あぁ。その通り。それで、君達は物ごと転生だか転移だかして来た訳か…」

 「少なくとも転生では無いですよ」

 レフトはそう言いながら秋雲を見つめる。秋雲は静かに頷き、嬉しそうな口調で言った。

 「試製累乗ワープ装置。それでここに来ました」

 「何と。アレが完成したのか!!」

 「はい」

 「…おっと。興奮しすぎたな。ところで、それは一体どこから仕入れた物だ?」

 「こことはまた別の世界ですよ」

 「そうか。もちろん俺も帰れるな?」

 「まぁ、そうです」

 「ちょいちょいちょい。私を置いてかないで。ホマ…」

 「待て」

 方はレフトの口の前にそっと人差し指を添え、レフトの言葉を遮る。

 そして自身の首元を指先した。

 そこには薄いピンク色をした歯型が半円を描くようについていた。

 「レフトの言っていた感染条件を、教えて上げよう。ついでに、君がいなくなった後の日本についても」


ーーーーーーーーーーーーーー


 2026年1月。イタリア。

 「これより、ここにいる戦力を以てして東部方面の救援作戦を開始する!!」

 指揮官がそう叫ぶ。

 辺りには兵士達が怒っているのか悲しんでいるのか無表情だが、視線だけは指揮官を捕食者のように睨見つけていた。

 ここにいる戦力とは、千人足らずの一個大隊ほどの人間と数門の大砲だ。


 現状の東部は今まで屍に対して圧倒的優勢であったのはつい数ヶ月前まで。今は謎の超音速戦闘機によって投下された正体不明の化学系爆弾によって戦局は一変。絶望的と言えるまでの数的劣勢に押され、大陸戦線はヒマラヤ山脈を背に決死の抵抗を開始。極東列島戦線は九州と北海道を本拠地に中国地方と東北地方で防衛線を維持していた。


 「たったこれだけの人数で足りるのかよ…」

 同僚がそう愚痴をこぼす。

 「安心しろ。俺達は先遣隊だ。後続の本隊が来ればどうにかなる」

 「…聞く話によると、例の戦闘機は第五世代戦闘機並のステルスを持っていて、気が付けばもう上空にいたらしいじゃないか…」

 「とは言っても撃墜記録は多々ある。安心しろ」

 「全く、大尉は恐れ知らずですな」

 「お前は少佐だろ」

 「ハッハッハ」

 この様子を指揮官は遠巻きに見守っていた。

 そして俺達が別れ、一人になったところに彼は来た。

 「大尉。少しお話いいか?」


 俺は指揮官に連れられ、薄暗い路地裏に連れてこられた。

 指揮官は辺りをキョロキョロとして誰もいないことを二度も確認してようやく話し始めた。

 「大尉はあの屍がどう感染しているか、分かるか?」

 「聞かれてみると、分かりませんね。ゾンビなんて言われているのですから、噛まれたら、ですか?」

 「…大尉、半分正解で半分違う」

 「では条件とは?」

 指揮官はまたも念入りに辺りを見回してから俺の肩に両手を置き、震えた声で言った。

 「それは、名前を間違えた時だ」

 「な、本当…、ですか?」

 「優秀なお前なら理解してくれる。この私の行為も…」

 指揮官は肩から手を離し、震えた手でポケットからスマホを取り出す。

 その画面はまるで壊れたかのように真っ白だった。

 「コレを見ろ!!」

 指揮官は押し付けるようにしてそのスマホの画面を俺に見せる。

 これを知るのはこの異世界に来てからだが、これは駅調査委員会が開発した催眠術の一種のような物で、後にすてーしょん式催眠アプリなんて言われた。

 コレを見た者はしばらく呆然とする。

 その間に使用者は命令を吹き込むのだ。

 「…貴様の名前は今から“方”だ。本名なんて、無い…」

 指揮官はその後も一人一人このアプリと共に全員を改名して行ったのは言うまでもないだろう。


ーーーーーーーーーーーーーー


ーーー現在

 「…というのが俺が知り得る情報だな」

 「なるほど。…なんで催眠前後の記憶があるんだ?」

 レフトが不思議そうな顔をして言った。

 「こんなにも長い年月生きていたら自然に催眠なんて解けるわ!」

 「まさか時間経過で解ける欠点があったなんて…」

 「もしかして製作者ですか?」

 「ノーコメントでよろしくね」

 レフトは口を真一文字にして以降無言を貫いた。

 「ところで名前を間違えて屍になる幅は?」

 「そんな事知るか。…少なくともゾンビでは無いってのが研究者の見解だ。それと、一応分かってると思うが、この催眠が解けて俺が記憶を取り戻したら、俺は化け物の仲間入りをするからな」

 秋雲はコクリと頷く。

 まるで最初から分かっていたかのように。

 秋雲の対応に冗談交じりで言った方が逆に戦慄してしまった。


 艦隊は深夜の十劉湾が静まり返るタイミングを狙ってから入港した。

 理由は単純に潜水艦を見せたくないからだ。

 伊八は十劉湾につい最近完成したドックに入れられ、突貫工事でそのドックを隠すように巨大な天幕が張られた。

 一方、秋雲達は十劉警備府へと入った。

 警備府とは言っても建物がまだ未完成だったため、実際は警備府の名を冠した小さな木造の戸建ての家に案内された。

 この家は辺りを小さな石壁が囲い、一応は最低限の防御はあった。


 家の中に入ると玄関にはすでに一人の質素な着物を着た見覚えのある若い女性がニッコリとした笑顔をしながら立っていた。

 それを見ると方はそこが土間だろうがすぐに跪いた。

 案の定膝には土が付き、クリーニング代がいくらになるか分かったものではない。


 「誰?」

 レフトは秋雲の耳元で囁くように聞く。

 秋雲は心当たりがない顔をしながら首を横に振る。

 「王位継承権者の御一人、カルーナ様だ。お前達もお辞儀ぐらいはしろ!」

 方が小声で叱りつけた。

 秋雲達は驚いたようにすぐさま方に倣って跪く。

 「あの、今更言うのもあれですが、誰も見てないので大丈夫ですよ?」

 カルーナはそう優しく言う。

 秋雲達はそれを聞くとホッとしたように立ち上がった。

 だが方はしばらく跪いたままだった。

ーーーコレをやっとかないと岡上が怒るんだよな…。

 岡上は今やカルーナ専属の家庭教師のようになっていた。

 礼儀作法はもちろんの事、馬術や護身術など王位継承者として最低限のことを今になって教えている。


 ここまでこんな事を教えていなかったのは、アサガオの結婚相手が現国王の従姉のため、一応王位継承権はあれど現国王の四人息子だけで十分と思われていたからだ。

 ところが、事態は一変。

 四人息子のうち二人が王位継承権保持者発表直前に病に侵されしばらく動けなくなったのだ。

 王位継承権は発表当日に健康な者のみが受け取れるという条件があった。

ーーーこれでは二人の席が無くなる。

 そう考えた倒れた二人の側近は体面だけでも人数を揃えるべく白羽の矢が立ったのがカルーナだった。

ーーー二人さえ復帰すれば継承権の席を空けるべくカルーナを追い出せばいい。

 そんな政治的な事からカルーナは無理矢理王位継承権保持者発表に呼ばれ、王位継承権が与えられた。


 これだけなら事態はカルーナが大人しくしているだけで丸く収まる…が、この負けず嫌いかつ攻撃的な岡上が黙っている訳は無かった。

 「今からでも王位、狙いましょう!!」

 その後は政治に鈍感な十劉鎮守府を根城に今も頑張っていた。


 「その、中に入ってお茶にしましょう!!」

 カルーナはそう言って秋雲の手を優しく引く。

 成長した彼女の手は大きく、彼女よりはるか年上のはずなのに何度も次元を生き来し、年を取るのが遅くなった秋雲の手をすっぽりと覆った。

 案内された部屋は畳四畳のthe和室と言った感じで、部屋の中央に丸い机と座布団が四つ敷かれている。


 「それではお茶を取ってきますね!」

 カルーナはそう言って台所へと走って行く。

 方も自身の膝を見て「着替えて来る」と言い残し、家から出て行った。

 二人になったレフトと秋雲は隣り合うように座布団に腰を下ろした。

 「まさか一日足らずで仲直りするなんて…」

 「流石だよね。あの大尉さん」

 レフトはしばらく黙り込み、気まずそうな顔をしながら秋雲に向き直った。

 「ねぇ、秋雲。君はこの世界に慣れてるね。もしかして何度か来た事がある?」

 「…最初ここに来たときは本当に訳がわからなかった。けど今は慣れた」

 「そうか。君の目的が全く分からなくなった」

 いつもに比べれば比にならないほどレフトは真面目に言った。

 「君の目的は、何だ?」

 威圧的に聞くレフトに秋雲は思わず後ずさりし、座布団から畳に腰を下ろした。

 無言で少し怯える秋雲をレフトは容赦無く睨見つける。


 それからしばらくして、ついに根負けした秋雲は重い口を開き、ゆっくりと一言一言を自分でも確認しているかのように言った。

 「私の刀を取り戻したいの。…絶対中立の刀。それを取り戻したい」

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