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潜水艦と刀

 伊八。

 井伊はなぜこの潜水艦がここにあるかは分からない。

 近寄ってみると、艦橋に張り紙がしてあった。

 張り紙には

 「本艦は動く。だが我々は手伝えない。ゾンビの野郎が紛れ込んでやがった。ここから出るなよ。見たこともないおまえたちをおそいたくはないんだ」

 と、殴り書きで書いてあった。


 井伊は何とも言えない気持ちだった。

 それでもカルーナを守るためにしっかりしないといけなかった。

 「カルーナ、行くぞ…」

 だが、カルーナは天井を向いて立ち尽くしたまま動かない。

 天井には何も無い。

 「どうした?」

 カルーナは動こうとしない。



ーーーーーーーーーーーーーー



 俺の目は、どうしてしまったんだろうか。

 井伊が目の前で叫んでいるのは、まぁ、ヨシとして、ここはどこだ?

 確かに“のかぜ”のベットの上で寝たはずだが。

 「カルーナ、お前さん、()()()()()()ここに来たんだ。急いでそこにある脱出用の潜水艦に乗ったほうがいいぞ」

 声がそう俺に話す。

 「分かった…」


 突然俺は我に返ったように歩き出す。

 それを見た井伊は口を半開きにして唖然としていた。

 「大丈夫か…?」

 「?」

 「…大丈夫なら、それに越したことは無いんだが」

 井伊は何かを聞こうとしていたが、聞く勇気が無く口を閉じた。


 「その…、もう終わったかな」

 気が付くと、潜水艦の甲板に暇そうに立っている女性がいた。

 女性は雪のように白い髪を弄りながら退屈そうにあくびをする。

 「えっと、どちら様?」

 「私か?私は秋雲だ。貴様らの事は“のかぜ”艦長から承っている。早く乗れ。屍共がここに来るぞ」


 すると、すぐに船内の扉が開き、中から屍達がうよと出て来る。

 「今だけだからな。地上の空気を吸えるのは。艦内に入ればしばらくは息苦しくなるぞ。ここで吸っとけ」

 秋雲は余裕綽々な態度で艦内へと姿を消した。

ーーーなんて場馴れした人なんだ!!

 俺はそう思った。

 俺に屍の前でのんびり空気を吸うなんて事は当然無理なので井伊と競うように潜水艦の中へと入り込む。


 「なんだ。もういいのか?」

 秋雲は俺達が早く中に入って来た事を本気で驚いているかのように言う。

 「あんな屍だらけの中呑気に空気なんて吸ってられないですよ!!」

 「…そうか。じゃあ、今からちょうどここから出るための作戦会議をする所だったが、一部始終を聞いてくれるな?」

 「え、今までの時間何してたんですか?」

 「将棋して遊んでた」

 「そうですか…」


 潜水艦の指揮所、艦で言うところの艦橋である発令所につくと、そこにはすでに二人の乗組員が待機していた。

 「艦長、どうしますか?」

 「現状タンカーの電子機器が一切反応しません!!」

 「…そもそもこの船はとっくの昔にここの暗礁に座礁して不法投棄された船だ。そんな事は始めから期待してない」

 「では、どうしますか…?」

 「所詮不法廃棄された船だ。どれだけ上から塗装して外見を良くしようとも中身は錆びて腐っている」

 「つまり…」

 「至急偽装を爆破。私達の手でこじ開けさせるぞ」

 「了解。ですが、破片が本艦に当たり、傷が出来れば水圧に負けますよ?」

 「安心しろ。東京湾さえ抜け出せばあとは水上航行だ。それに東京湾の出入り口の浦賀水道は水深が浅い。お前が思っているようにはならんはずだ」

 「…分かりました。起爆剤、点火します」


 次の瞬間、外からは絶え間なく爆発音が響いた。

 タンカーの腐った外殻は剥がれ落ち、徐々にその船体は赤茶色に錆びた鉄を辺りに撒き散らしながら砂の城のように崩れ去っていく。

 伊八の甲板にはまるで雪のように赤茶色の錆び鉄が積もった。

 「機関出力最大。離脱するぞ!!」

 タンカーすら座礁するような浅さに潜航するなんて事は出来ない。

 崩れなかったタンカーの喫水線下を突き破り、やっと檻の外に出る。

 もちろんそれをやすやすと見逃すほど“のかぜ”も甘くはなかった。


 “のかぜ”の主砲が伊八に向き、間髪入れずに日を吹く。

 伊八の周囲には水柱が常に立ち続け、艦は嵐に遭遇したかのように上下左右に激しく揺れた。

 「艦長、これではいずれ直撃して沈みます!!」

 「では航海長。海底スレスレまで潜航。最高速力で駆け抜けろ!!」

 「それは無茶ですよ!!」

 「直撃して沈むよりは艦底を少し削るぐらい甘いものだ。ぐずぐずするな。急速潜航!!」

 航海長は両目に薄っすらと涙を浮かべながら舵を握る。

 艦は若干前かがみになり、気を抜けば倒れそうになった。


 伊八は海底と一枚の紙ほどの隙間かしか無い。

 海底に溜まっている土を巻き上げながら走るその姿は一種のエビか何かに見える。


 艦の振動はかなりマシになった。

 しかも“のかぜ”の主砲は弾薬の無駄とでも思ったのか、気が付けば撃ってこなくなった。

 そのまま浦賀水道を抜け、何とか東京湾の外に脱出した。


ーーーーーーーーーーーーーー


 「艦長!!」

 “のかぜ”艦橋では航海長が突然立ち上がり、艦長の胸ぐらを掴む。

 「なぜ追わないんですか!?」

 航海長の両目には怒りの念が込められ、まるで鬼のような形相であった。

 その光景をレフトはつまらなそうに鑑賞する。

 航海長はついに艦長に殴りかかる勢いで拳を振りかざした。


 「そんな茶番をしても意味ないよ〜。全く。万が一に備えてこんな事も指示していたのか」

 レフトが直前になってそう言った。

 すると航海長は悔しそうな顔をしながら先ほどの憤怒の態度とは一変。艦長の胸ぐらを放し、落ち着いた雰囲気になる。

 「レフト殿は人を見る目がありますな」

 艦長はお茶を濁すように言う。

 レフトは何も答えずに水平線の先を眺める。

 「艦長殿はどうやら彼らを逃がしたと思っているようでありますが、全く無意味ですよ」

 「と、言うと?」

 「あの辺りに私の部下がいますから」

 「…そうか」

 そう言って艦長は顎に手を当てて唸るような声を上げて遠くを眺める。

 航海長が今後どうするかを聞くべく近くに行くと、彼はその時には思わず身体が身震いするほど不気味に微笑んでいた。

ーーー今にも変な行動に走りかねないな。

 常日頃無表情な男の、この顔が航海長の脳裏から離れる事は恐らく無いだろう。


 同時刻。潜水艦伊八艦内。

 レフトが言った通りだった。


 秋雲の部下達が井伊と俺に拳銃の銃口を向けていた。

 それに対して井伊は俺を庇うように両手を広げて彼らを睨みつける。

 「どういう事だ!!」

 すると秋雲はポケットから腕章を取り出す。

 その腕章には駅調査委員会を現す黄色の馬が描かれていた。

 「“知らない人にはついて行かない”。まさに初歩的なミスを犯したね」


 「刀の使い方を教えてやる」

 突然声が話し出した。

 「手短に言おう。刀は自分が望んだ時に出て来る。使い方は地面に突き刺してみろ。それだけだ。…物は試しだ。やってみろ」

 気が付けば、刀が俺の手に握られていた。

 すると明らかに秋雲の表情が変わった。

 彼女は目を少し大きく見開き、刀を見つめる。

 そして、ゆっくりと片腕を上に上げ始めた。

ーーー恐らくあれが射撃開始の合図だ。


 俺は刀を地面に突き立てた。

 すると、ショッピングモールの屋上で見たあの白い空間が再び目の前に広がった。

 白い空間には秋雲が一人、睨みつけるような視線で立っていた。

 「まさか、その刀を持っているとはね」

 彼女は表情に反して声は非常に穏やかだった。

 「どこで拾ったの?」

 「…空から降ってきた」

 「なるほどね」

 秋雲は何かを理解したかのように微笑み、空間の隅に突き刺さっている刀を見つめる。

 「“絶対中立を作る刀”、か」

 「え?」

 俺は思わず声を漏らした。


 祖母曰く、転生者が作った絶対中立を作る剣シリーズの二本目に当たる代物であり、形状から“刀”と呼ばれることもしばしば。

 絶対中立を作る剣とは、文字通り中立を作る剣だ。

 それ以上の事は何も知らない。そもそもこの剣自体魔王討伐直後の時代の話であり、実在するかどうかすら怪しかった。


 その刀が今目の前にあり、しかも使った。

 年相応の優越感と緊張が身体に走り、まるでこれまでの事が全て夢ではないかと思ってしまう。

 「…その反応を見るに君は異世界の人らしいな。けど、そんな事はどうでもいい。ここでの時間はあまり無いぞ」


 パキッ


 白い空に真っ黒な亀裂が入る。

 前にも見た光景だ。

 「アレが空に出たって事は、現実では後もう少しで自分の身に危機が起こるって事だ」

 「そうですか…」

 「とりあえず、一つ聞きたいのだが、お前の後ろに纏わりついている影は何だ?」

 「影?」

 「あぁ、刀が出た瞬間に同時に現れていたが…」

 俺はしばらく無言になり、頭を抱える。

 「…声?」

 「声?」

 「はい。頭の中に響いて」

ーーーそれ以上喋ったらダメ。

 俺の話を遮るように声がした。

 刀の方向を見ると、一人の人影が刀を握っていた。

 「ま、待って!!」

 そう言いかけた瞬間、刀は抜かれ、白い空間は一瞬で真っ黒な空間になる。


 気が付けばまた潜水艦の中にいた。

 俺は上半身をゆっくりと上げて辺りを見回す。

 すると、すでに秋雲は起きており、俺にそっと手を差し伸べた。

 「今は人手が足りない。手伝ってくれ」

 俺はコクリと頷く。


 「コチラ護衛艦“のしろ”。繰り返す。こちら護衛艦“のしろ”。直ちに停船せよ」

 無線機からは繰り返しその言葉が流れる。

 秋雲は時折自分の懐中時計を見てはソナーを眺めた。

 伊八は現状、水深約三十メートルの所でほぼ漂流に近い形でノロノロと西に向かっている。

 しかし、このままではバレて捕まってしまうのは時間の問題だった。

 「少年、そう言えば名前は?」

 「カルーナですけど…」

 「そうか。私も駅調査委員会だが、一応“のかぜ”艦長から君達の事を頼まれている以上、任務はしないとな。君、何年頃から来た?」

 「1879年、です」

 「分かった。だったら、43.4…かな」

 「どういう事ですか?」

 秋雲はまるで聞こえてないかのようにカルーナを無視し、電卓が肥大化したような機械を弄りだす。


 1883


 機械にはデカデカとそう表示された。

 「四年後か…」

 最後に秋雲の声を聞いたのはそれっきりだった。


 バチッ


 そんな音と共に突然、全身に電流が流れた。

 俺は誰にやられたのかも確認する間も無く気を失い、床に倒れ込んだ。


 「ごめんなさい」

 秋雲は床に倒れ込み、気絶しているカルーナにまるで独り言のように言った。

 「秋雲、気絶してるだけだ。安心しろ」

 そう言ったのは電流を流した本人、ガルムだった。

 ガルムは北欧系の青年で空のように美しい青い目を常にキョロキョロとさせている伊八の機関長兼開発長である。

 機関から飛び散った黒い油が彼の作業服を真っ黒に染め上げ、独特な臭いを放っていた。

 「時間が無い。急いでコイツを元いた世界に送り返す」

 「えぇ。だけど何か持たせておいたほうが…」

 「この世界の事を持ち帰ればいくらコイツが大貴族の息子だろうと間違え無く苦汁を舐めるぞ。俺達も、コイツがいたという事を駅調査委員会から隠さないといけないからな」

 「分かった…」


 伊八はゆっくりと進み出した。

 「少年は眠らせたのか?」

 音を察知した“のしろ”からそう言われた。

 “のしろ”は前々からこの事を“のかぜ”艦長から知らされており、秋雲達の協力者だったのだ。

 もし想定通りに事が進まなければカルーナ諸共伊八を撃沈する役割だった。

 「ご協力に感謝します。これ以上この件に首を突っ込めば駅調査委員会にバレた時に」

 「そんな事は分かっているから言うな。本艦は今から現海域からドロンさせて貰うぞ!」

 そう言い残して“のしろ”は瞬く間に最大速力で伊八から離れて行った。


 「秋雲()()、俺達もさっさとやるぞ。“のかぜ”の速力は頭一つ他の護衛艦から抜きん出て速いからな」

 秋雲はコクリと頷いた。


 伊八は深海に向けてゆっくりと沈降する。

 艦内には水圧によって常に不安になるような軋む音が響いた。

 「この辺ぐらいの深度か…。機関出力最大。累乗ワープ装置起動」

 「了解。累乗ワープ装置起動」

 伊八のスクリューは勢いよく回転し始めた。

 深度計は百、二百と瞬きする間に数字が跳ね上がる。

 そして軋む音はいよいよ激しくなり、まるで飛行機が積乱雲の中に突っ込んだかのように揺れた。


 ついに深度計は八千メートルを表示し、東京湾周辺の海溝よりも深い地点にいた。

 その時には地球が割れたのでは無いかと思うほど揺れ、身体を少し動かすのも一苦労である。


 すると、何の拍子も無く、突然揺れが収まった。

 艦内は時間が止まったかのように静かになる。

 「どうやら着いたみたいだな」

 ガルムが頭を抑え、深度計を見ながら言う。

 深度計は零を指していた。

 「えぇ。成功ね」


 外に出てみると、空には白い月がぽっかりと黒い夜空に浮いている。

 水平線の遠方にはそんな月よりも明るい場所があった。

 港である。

 「また、戻って来たのね…」

 「あぁ。帰ってきたさ」


 1883年12月頃。ワ国十劉湾近海。

 伊八はそこにただ一隻。ゆったりと浮いていた。

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