護衛艦“のかぜ”
護衛艦“のかぜ”とは本来ははたかぜ型護衛艦として建造されるはずの護衛艦だった。
しかし、こんごう型護衛艦を始めとするイージス艦に時代は移り変わりつつある。
そこで“のかぜ”もその時代の波に乗るべく、急遽設計を変更、イージス艦として建造された過去をもっていた。
結果、“のかぜ”の外見ははたかぜ型護衛艦とイージス艦の合いの子のような姿になってしまった。
艦首には前から順にはたかぜ型護衛艦から引き継いだ単装ミサイルと12cm速射砲、そしてこんごう型護衛艦の垂直ミサイル発射装置が設置されていた。
艦橋には取ってつけたようなイージス艦特有のシステムが装備されていた。
それから後ろははたかぜ型護衛艦と同様だが、ヘリ格納庫が設けられている点だけが異なった。
ヘリは艦尾にあるヘリ甲板に降り立った。
すると、どこからともなく医者のように白い服装に身を包んだ人達が現れ、俺達がヘリを降りた途端、まるで犯人を捕まえるかのように俺達に手錠をかけた。
「何だ!?」
俺がそう叫ぶと、井伊は「カルーナ、安心しろ。ただ噛まれてないかをチェックするだけだ」と落ち着いた口調で言う。
今はその言葉を信じるしかなかった。
俺はこの医者のような人達に連れられて艦内に入った。
しばらく薄暗く、狭い艦内を進んだ先に「隔離室」と書かれた不穏な部屋があった。
俺はその中の四号と書かれている部屋の中に放り込まれた。
その時に刀は回収された。
部屋の中は明かりが一つしかなく、ベットと机だけが置かれている質素な小さい部屋だ。
俺はとくに何とも思わずにベットに入る。
恐怖心や焦りなんかよりも、やっと落ち着いたところで寝れそうだと言う気持ちの方が圧倒的に強かったからだ。
これがよく昔から周りから変わり者と呼ばれる由縁なのだろうか。
いや、そんな事知った事では無い。俺は客観的に物事を見るのは苦手何だ。マイペースで行かせて貰いたい。
「それでもこんな所で寝る度胸は止めてくれ」
突然、声が喋った。
声は表情どころか顔すら無い本の姿だが、なんとなく声のトーンで感情が分かる。
今は、何だか低く、怖いほど冷静のような気がする。
「何だか、この辺一体、と言うかこの艦に入ってからずっと誰かに見られている気がするんだ」
「本なのに神経通ってるの?」
「少なくともお前に開かれた時に貴様の手の感覚はしっかり伝わってたぞ。変態」
「お前は本を見たら中を見ようと思いませんか?」
「…その気持ちはなんとなく分かるが」
声は呆れたようにため息をついた。
そして「もういいとっとと寝ろ。子供の相手をするのは疲れる」と言ってそのまま黙り込んでしまった。
俺は思わず勝ち誇ったような笑みが溢れた。
そのまま、目を閉じた。
ーーー起きたら次は何を話そうか。
そんな妄想がとめどなく溢れる。
気が付けば妄想か夢なのか区別が出来ないほどまでカルーナは眠っていた。
「ゴメンな…」
この声は今眠っているカルーナ以外誰にも聞こえていない。
次の瞬間、カルーナの目はパッチリと開いた。
上半身をベットから上げて辺りを見回す。
「ごめん」
カルーナの口からそんな言葉が漏れた。
ベットから立ち上がると、扉に近寄り、勢いよく蹴飛ばす。
だが、非力な彼女の力はもちろんの事扉を蹴破ることは出来ず、扉はビクともしない。
キンッ
突然、扉の反対側から没収されたはずの刀が扉に突き刺さった。そのまま刀はこの鉄の扉をバターのように容易く一刀両断し、扉はゆっくりと倒れる。
刀は扉が倒れたと同時にカランと音を立てて床に落ちる。
辺りには誰もいない。
カルーナは刀を拾い上げて不敵に微笑みながら言った。
「待っててね。おじさん」
ーーーーーーーーーーー
同時刻。
井伊は検査が終わると艦橋に呼び出された。
艦橋には井伊のほかにと“のかぜ”艦長と井伊を呼び出した保比海の三人がいた。
のかぜ艦長は身長が軽く見積もって百八十センチある五十歳の歴戦の艦長だ。
彼は最近なかなか剃っていなかった黒い髭を撫でながら保比海を見つめる。
保比海は干物のように痩せている男だった。
常に何かに怯えているかのように目を獣のようにキョロキョロとさせ、怪しく写ったものには容赦無く襲い掛かりそうである。
「ベータは、君を残して全滅したのか?」
保比海は開口一番にそう言った。
井伊は思わず拳を固く握り締め、保比海のキリンのような顔面を殴ろうかと思ったが、寸前で思い留まる。
確かにここで人を殴るのは良くないだろう。
しかし、それ以上に厄介なのは保比海は聞いた話によると政府お抱えの研究者だそうだ。
そんな人間に手を上げようものならどうなるか、想像しただけで全身の毛が逆立った。
「はい。撤退中に屍からの攻撃を受け、壊滅しました」
「そうか…。ところで例の機体とその搭乗員は見つけたのか?」
「いえ、残骸すら浜辺に打ち上げられていませんでした。見つけたのは小笠原諸島から来た少年だけです」
「何という名前だ」
「“カルーナ”、と言っておりました」
保比海は怪訝な顔をして井伊を見下すように睨みつける。
「そうか。お前はとくに何も疑わなかったんだな」
「…一体何に怯えているのですか?」
井伊は怒りに任せてつい言ってしまった。
のかぜ艦長は目を飛び出んばかりに開き、井伊を見つめる。
どうやらかなりの地雷だったようだ。だが、戦友を言われた事に比べれば些細な事である。
井伊はそう自分に言い聞かせながら保比海を睨む。
その保比海はただでさえ目をキョロキョロさせて挙動不審だったのが背を低くしてより一層不気味になっていた。
仮に街中にこんな人がいれば即警察がやって来るだろう。
保比海は艦橋にある機械に隠れるように姿勢を低く保ち、しばらく無言で辺りをキョロキョロとしている。
「奴が来る。奴はどこからでも現れる…」
保比海が小声でそう言った。
「奴とは誰ですか?」
井伊は思い切って聞く。
のかぜ艦長も気になっていたようで止めようとはしない。
「奴は、ここにいるぞ…」
「その奴とはだ」
「待て」
のかぜ艦長が井伊の話を遮った。
そして彼は静かに腰にある拳銃を引き抜く。
井伊もゆっくりと拳銃を抜いた。
「誰だ!!」
のかぜ艦長の野太い声が艦橋に響き渡る。
しばらく、艦橋の中は森のように静かだった。
だが、日頃から他所の潜水艦との睨み合いをしているのかぜ艦長に効果は無い。
機械と機械の間からついにひょっこりと人影が現れた。
その人影はカルーナだった。
「私だよ。叔父さん」
カルーナは微笑みながら流れるように喋る。
「止めろ。近寄るな。来るな!!」
保比海は今までに見たこともないほど取り乱し、情けない声を上げながら艦橋の端へと背を向けて逃げて行く。
その背後をカルーナはゆっくりと追いかける。
「叔父さん、なんで避けるの?」
「よせ。止めるんだ。父と母のことは気の毒だった。だが私は関係無い!」
「…そうですか。では、一つお聞きします」
「な、何だ?」
「あなたの目に私はどんな姿で立っていますか?」
保比海は日頃の様子を見ていれば今にも泡を吹いて気絶しても可笑しくはなかった。
だが、なぜか気絶しないどころか護身用の拳銃すら構えない。
井伊はそれを疑問に思いながら彼らを眺めていた。
すると、保比海の手から何か長方形の黒い物体が落ちた。
ーーーまさか!!
次の瞬間、扉から数人の黒いコートを羽織った兵士達が現れる。彼らの腕章には“駅調査委員会”を現す黄色の馬が描かれていた。
のかぜ艦長はすぐさま彼らに銃口を向ける。
「ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
「そうでありますか。のかぜ艦長。では今から関係者になりましょうか」
パンッ!
「ウッ」
銃声の後、のかぜ艦長の片手にあった拳銃は跳ね跳び、床に落ちた。
「艦長!!」
井伊はすぐにのかぜ艦長に駆け寄る。
のかぜ艦長は拳銃を握っていた右手が出血している以外特に何ともなかった。
しかし、この行為は事実上の反逆である。
「貴様ら!!」
井伊は彼らに銃口を向けた。
その時には目の前に一人の隊員がいた。
隊員は向けられた拳銃を掴み、勢いよく井伊から奪い取る。
そして艦橋の隅に放り投げた。
「こんにちは井伊さん。抵抗しないで頂けると私も嬉しいし、あなたも助かるのですが…」
そう言ってくるのは駅調査委員会副委員長レフトである。
レフトはどうやら彼女のコードネームらしい。
市松人形のような人だが、表情豊かな美女である。
「井伊、従いなさい」
井伊はのかぜ艦長に言われ渋々両手を上げた。
「いや〜。どうもご協力ありがとう。じゃあ、ついでにそこにいる少年を捕まえて下さい。歯向かえば、艦長殿の命がどうなるか…?」
井伊は唇を噛み締めながらレフトを睨む。
しかし彼女はにこやかな顔をしており、まるでこの状況を楽しんでいようだった。
一方のカルーナは保比海から井伊に視線を移しており、諦観の混じった目つきで井伊を見つめている。
井伊はもうどうすればいいか分からなかった。
一歩進むごとに固唾を飲み込んでカルーナに近付く。
カルーナは表情を一切変えず、冷めきった顔をしながら一歩も動こうとしない。
「このまま…、逃げられるのか…?」
ウーーウーー!!
突然警報器が鳴り響いた。
「何だ!?」
のかぜ艦長はすぐにレーダーを覗き込む。
そこには二つの丸い点が写り込んでいた。一つは左。もう一つは正面にある。
レフトがより一層不気味に笑いながらのかぜ艦長に近寄る。
「艦長殿。もちろん。我々の指示に従いますな?」
「断る、と言えば?」
「フフッ。井伊とあそこの少年、まだ若いですな」
「…」
のかぜ艦長は無線を片手に握り締めた。
「総員、緊急戦闘配置。繰り返す。総員、緊急戦闘配置…!!」
しばらくして艦橋に次々と航海長や砲術長がなだれ込む。
彼らはカルーナや駅調査委員会には目もくれず機械のように配置についた。
だが、明らかに人が多い。
艦橋は祭りのように人でごった返す。
そんな中、突然腕を引っ張られた。
「二人とも、こちらです」
そう言ってその乗組員は井伊とカルーナを引っ張って艦橋から出た。
「左舷に脱出用のボートが用意されています。お早く」
「…分かった」
井伊はなぜか無気力に立っているカルーナを無理矢理抱き抱えて狭い廊下を通り、はしごのように急な階段を降りて甲板に出た。
確かに目と鼻の先にボートは用意されていた。
唯一の問題と言えばもう先に駅調査委員会の人間が先回りしている事だ。
駅調査委員会の二人は井伊達を見るなり拳銃を構えながらジワジワとこちらに迫って来る。
「おいお前、救助の人員かそれとも、乗組員か?」
「俺は…」
次の瞬間、水柱が艦のすぐ隣に立った。
艦は地面が割れたかのように大きく揺れ、駅調査委員会の二人は態勢を崩して甲板に倒れ込む。
その隙に井伊はボートに乗り込んだ。
そしてすぐさまボートを吊り下げていたロープを断ち切る。
「待て貴様!!」
駅調査委員会の二人は落下したボートに向かってやたらめったらに拳銃を発砲したが、一発もかすりすらしない。
井伊はボートに備え付けてある小型エンジンを動かせ、そのまま左に向かって舵を切る。
「これでさよならお前ら!!ハッハッハ」
井伊はそのまま意気揚々に先へと進んで行く。
その先には巨大な一隻のタンカーが静かに錨を下ろしていた。
残りの燃料から考えてもここに寄るしか無い。
井伊はボートをタンカーに横付けする。
ご丁寧な事にタンカーは等間隔に人一人入れそうな穴が空いていた。
井伊はカルーナを連れてその穴に入る。
穴は一直線で、ダクトに入っているような気持ちだった。
穴の先はタンカーのような外見とは裏腹に中身がスッキリとくり抜かれていた。
まるで実験室のような白い天井に白い壁。
見てはいけない物を見ているような気持ちだ。
眼下には巨大な水槽があった。
その水槽には一隻の潜水艦が浮いている。
“イ8”と書かれている潜水艦が。




