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 我が家は有名な貴族の一族だった。錬金術を専門とした研究を行なっており、もちろんその研究は各勢力から狙われた。結果、町の一角で居を構え、ひっそりと生活した。


 昔、祖母から散々聞かされてきた事だ。


 目を覚ますと、機体とともに海の中、では無く、電車の席に座っていた。電車はガタンゴトンと音を立てながら暗闇の中を進んでいる。


 身体には毛布が掛けられ、俺が動くとパサリと床に落ちた。

 俺は席から立ち上がって周りを見渡す。

 誰もいない。

 だが、ナイフと食料や水が入ったバッグが見当たらない。

 窓の外を見ると、辺り一面真っ暗で、まるで明かりのないトンネルにいる気分だった。

 「やっと起きたか」

 突然、音も無く電車の連結部から暗視ゴーグルやサプレッサー付きの銃器を持ったいかにも現代的な特殊部隊の格好をした兵士が立っていた。

 その兵士の片手には俺のバッグがぶら下がっている。

 「これがお目当てかい坊主?」

 「…返してくれないか?」

 「ヤ…いいぞ。ほれ」

 名残り惜しそうにその兵士はバッグを投げ渡した。

 渡されたバッグはズングリと重かった。

 「まだ完全に乾ききってないからな」

 兵士はそう言ってこの車両から出て行った。

 そして、入れ替わるように反対側の連結部から先ほどの兵士とそっくりな格好の兵士が二人現れた。

 俺は思わずバッグに手を突っ込んだ。

 しかし、お目当てのナイフはどれだけ手で探しても見つからない。

ーーーまさか、落とした!?

 そう思えば、なるほど。落としたかも知れない。


 二人の兵士は歩きながら無線を取り出し、「こちらベータ。これより接触を開始する」と言った。

 彼らは俺の前に来ると、昆虫の目のような暗視ゴーグルを外し、ニッコリとした顔を向ける。

 「君、名前は?」

 親しみやすい顔の漁師でもやっていそうな中年の男が言う。

 「カルーナ。カルーナ·アマリリス」

 「そうか。カルーナ君、どこから来たんだい?」

 「ワ」

 「ちょっと待って!!」

 頭の中に声が響いたと同時に俺の口が突然、金縛りにあったかのように動かなくなった。

 「“ワ国”って言いたい気持ちは分かるが、そう言ったらあの隊員さん達が混乱するだろ。ここは“日本”と言っておきなさい!」

 「日本?」

 どうやらこの小言は口に出ていたようで、目の前にいる二人の兵士はあまりの怪しさに確認するように顔を見合わせる。

 「ちょーっと!!カルーナさん。私の指示に冷静に従って!!」

 頭の中に響く声は一層うるさくなった。

 まるで頭に犬を飼っているような気分だ。

 「その、あなたは一体全体何者ですか?」

 そう小言で聞くと、「後で教えてやるから目の前の状況に集中しとけ!!」とかなり投げやりな態度で返ってきた。


 二人の兵士の内、一人がアサルトライフルをいつでも構えられるように握り締めている。

 もう一人は相変わらず俺に質問していた。

 「君はなぜ砂浜に打ち上がっていたんだい?」

 どうやら俺はあの航空機の中では無く、砂浜で気絶していたところを彼らに発見されたからしい。

 頭に響く声は

 「船が難波したと言え!!」と叫ぶ。

 ここは仕方が無い。

 「船が難波しました」

 忠告通りに答える。

 「どこからの船だ?」


 頭に響く声はしばらく考えた後に「小笠原諸島」と言った。

 「小笠原諸島です」 

 「小笠原諸島か」

 二人の兵士は再び顔を見合わせる。

 「隊長、もういいじゃないでしょうか?」

 「そうだな…」

 顔を見せていた兵士は更にニッコリと微笑みながら「すまないね。変なこと聞いて」と頭を下げた。

 「いえいえ…」

 「困ったらここにいる井伊君に聞いてくれ」

 そう言って彼が見つめたのはあのアサルトライフルを握り締めている兵士だった。

 その兵士、井伊はすっかり警戒を解いてアサルトライフルから手を離し、腕を組みながら仁王立ちしていた。

 そして、先ほどまで話していた人は井伊の肩をポンポンと叩いた後に先頭車両へ姿を消した。


 今この車両にいるのは俺と井伊だけになった。

 井伊はさっきまでの腕組みはどうしたのか、つり革を握ってうなだれるように立っている。

 挙げ句、非常に弱りきった声で話し出した。

 「電車がね、動いてる時にねこんな重武装で突っ立てたら疲れるんだよ。何度倒れそうになったか分からないし」

 小動物のような可愛さを持つこの人にカルーナも癒されるような不安なような、不思議な感じがした。


 とにかく、頭に響く声の正体を俺は知りたかった。

 「井伊さん、別の車両で横になってはどうですか?」

 「えぇ~。でも班長から困った事があったら対応してくれって言われてるし」

 「何も困ってませんよ…!」

 「そ〜?じゃあ、お言葉に甘えて」

 井伊は特に抵抗するわけでも粘るわけでもなく、川を流れる落ち葉のように他の車両へと姿を消した。


 俺しかいない車両は電車の走る音以外何も聞こえない。

 まず、俺はバッグの中身を自分の目で確認した。

 中は特に変わった様子は無い。

 強いて言うのであれば食料と水がそれぞれ白い透明な袋に包まれていることぐらいだ。


 「俺を探してるのか?」

 声は嘲笑うように言う。

 「あぁ、そうだ」

 「怖いもの知らずだな。背中を触ってみろ」

 言われた通りに背中に手を伸ばした。

 すると、背中にボコッとした場所があった。

 俺が何度かジャンプするとそれはゴトンと音を立てて床に落ちた。


 それは「航空」と書かれた赤色の本だった。

 俺はそれを拾い上げて中をパラパラとめくる。

 「俺の中を見るなよ。恥ずかしい」

 「えっ?」

 「そのお前の見てる本が俺だ」

 「!?」

 「まぁ、そんな反応だろうな…」

 本は喋ってる間も何の変哲も無い。

ーーー本当にコイツか?

 と、半信半疑ながらも話を聞く。

 「なぜ本なんですか?」

 「コッチが聞きたいね。俺も元は人間だよ。カルーナさん、俺の身体と一回会ったと思いまよ?」

 「え?」

 「ほら、白いワイシャツを着ていたのが俺です」

 「…なぜあそこにいたんですか?」

 声は黙り込んだ。

 再び電車の走る音しか響かない。

 どうやら聞くのはまずかったようだ。

 相手の顔が見えない以上、気まずい感じになってしまう。


 「ごめ」

 「…カルーナさん、そもそも、この世界の状況を知ってますか?」

 俺の言葉を遮るように声は話し始めた。

 「そこの窓の外を一旦見てみればどうですか?」

 窓の外は相変わらず真っ暗だった。

 時々、住宅街の一軒に光が灯っているのが見えるが、マンションも戸建ても街灯もほとんどは光を灯さずに真っ暗だ。

 空を見上げると、都会なのに一面星空が浮かんでいる。


 「綺麗ですね」

 俺がそう言うと、声は小声でクスクスと嬉しそうに笑う。

 「そうでしょ。俺もこの光景が好き」

 「…その、それで、なぜ世界はこうなったのですか?」

 「簡単。ゾンビと化け物が作られて、それを世界に解き放ち、世界は化け物のオンパレードになった。それだけ」

 「そいつらって、どこから来たんですか?」

 「さぁ、その辺の研究者が失敗したんじゃない?」

 声は吐き捨てるように言った。

 その声は心底寒気がする声で、思わず身震いをした。


 それと同時にキィィィィンと黒板を爪で引っ掻くような不快な音が響き、電車が急に停止する。

 「何!?」

 俺がそう叫ぶと、井伊が焦りながら別の車両から姿を現す。

 「カルーナ、逃げる準備をしろ!!走るぞ!!」

 「どうしたんですか?」

 「この先の駅で電車が止まっていて、俺達の電車が先に進めないんだ。このままここにいると屍共に囲まれるぞ!!」

 俺はすぐに声のする本をバッグに詰め込み、井伊の後について行く。


 電車の扉がプシューという音ともに開いた。

 外はやはり真っ暗だ。

 井伊は一目散に飛び出し、下に降りる。

 そして降りれない俺を持ち上げると、そのまま脇に抱えて走り出した。

 「降ろしてください!!」

 俺がそう言っても井伊は聞く耳すら持たず、駅の中をただひたすら走って行く。

 駅の中はゾッとするほど静かで、明かりは全く無いまるで廃墟のような感じだった。

 だが、駅に先に止まっていた電車の横を通り過ぎていると、「ドンガジャン」と音がした。

 俺が好奇心で中を見ようとすると、声が焦るように「見るな!!」と叫ぶ。

 「そのまま…、床を見てろ」

 俺は何も口答えせず、下を向いた。


 井伊は自分の体力は人一倍あると思っており、冷静さも人並み以上にあると思っていた。

 その自信は今もしっかりとある。

 無人の改札を抜けた時に井伊は空いている手で拳銃を取り出した。

 この拳銃の装弾数は記憶が正しければ八発のはずだ。

ーーー使わないことを祈るな。


 駅の外も真っ暗で静かだ。

 そんな中を井伊は走る。


 ガシャン!!

 井伊は何かスベスベな丸い物を踏んだ。

 俺はしっかりと見ていたが、それは空き缶だった。

 空き缶の潰れた音はこんな森のように静かな街で屍共を呼び寄せるのには十分な音である。


 「ヴオオオオ!!」

 家や店の隅から一体また一体と瞬く間に現れ、気が付けば背後には二十体以上の列が出来ていた。

 「コイツはマズイな」

 井伊はそうボヤきながら近くのショッピングモールに駆け込む。

 そしてすぐに非常階段で上へ上へと上っていく。

 もちろん屍がその様子を指をくわえて見つめるわけは無く、血を見たピラニアのような速度で階段を駆け上がる。


 なるほど。恐らく俺一人であれば容易く追い付かれ、今頃奴らの夜食になっていただろう。

 俺は井伊のベルトから閃光手榴弾と丁寧に書かれた円柱状の物を引き抜く。

 キンッ

 小さな金属音がした。

 「カルーナ、それをアイツらに投げてみな」

 声が面白がるように言った。


 俺は閃光手榴弾を半ば手から落とすような形で屍に投げた。

 すると、太陽が目の前で爆破したのではないかというほどの光と音が非常階段を覆い尽くした。

 「流石だカルーナ!!」

 声は花火を見た子供のように興奮気味で、これが井伊の目にダメージを与えているという点さえ除けばやってよかったなと思う。

 いや、やらないほうがよかったのかも知れない。

 閃光手榴弾の音がショッピングモールにいる全ての屍達をこの非常階段に呼び寄せた。


 上からも下からも波のように続々と迫って来る。

 幸い、ここは屋上まであと一歩だった。

 「カルーナ、いいかよく聞け。もう一発さっきの閃光手榴弾を投げる。その隙に屋上へ行け。分かったな」

 そう言って井伊は俺を脇から降ろした。

 そしてすぐに腰から最後の閃光手榴弾を引き抜き、地面に投げる。


 また視界が真っ白になった。

 一応、事前に目を閉じているとは言え、やはり眩しい。

 だが、そのおかげで屍達は目が眩み、立ちながらフラフラとしている。

 俺はその隙間を縫うようにして屋上に向かった。

 着いた先の屋上は、車が一台も無い駐車場だった。

 駐車場には慌てて逃げたことを物語るカートやカゴが散乱し、まるで壁のようにフェンスが駐車場を囲っている。

 すぐに井伊が追い付いた。

 彼はすぐに階段の扉を閉め、近くに転がっていた棒で封をした。


 ようやく一息つけるようになった。

 井伊は力が抜けたように座り込み、駅の方向を眺める。

 すると、駅からは電車を吹き飛ばすほどの爆発が起こった。爆発は炎と黒煙を立ち上げながらの大爆発だ。吹き飛ばされた車両は宙を舞いながら街に落下した。

 囮として駅に残っていた隊長達の最後の悪あがきだった。

 しかし、屍は飴に群がるアリのように炎上する電車の周りに群がっている。

 そいつらの顔は炎によって屋上からでもしっかりと見えていた。

 そして、そいつらもまた、俺達を見つめている。

ーーー間もなく、ここに奴らが来るだろうな。

 井伊は無線機を取り出した。

 「こちらベータ。救援を要請する。どーぞ」

 無線機からは何の返答も無い。

 「こちらベータ。救援を要請する。メーデー」

 無常にも無線機からは返答が無い。

 井伊と俺は無言で見つめ合う。


 もうやれることをやるしか無い。せめて、日の出まで耐え切れば信号弾が撃てる。それまで粘るしかない。ショッピングモールを枕に討ち死になんてまっぴらごめんだ。

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