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第234話 有志貴族連合 下

 戦闘は、それはもう一方的なものだった。


 もとより王国最高戦力と目されるアリスがいるのだ。


 相手がかつての魔王軍の幹部級ならばともかく、魔剣を持っただけの輩が彼女に対して何かできることはない。


 あっという間に周囲の十人が斬り伏せられた。



 さらにはアソ氏を見た目通りのか弱い女性だと侮り襲いかかってきた愚かな連中は、彼女の小太刀『(ナギ)』が一閃したところで全員が腕を斬り落とされた。


 アリスの『(とき)斬り』にも迫る、まるで雷光のごとき剣速だ。


 おそらく襲いかかった連中の誰もが、彼女の剣筋を視認することすらできなかったのだろう。


 もっともそれは、己の身体操作を完璧にコントロールできているがゆえの動きだ。


 『怪力の呪詛』で制御できない状態では、このように流麗な剣技を繰り出すことはできなかっただろう。


 一方彼女の伴侶たるドウジ氏も、その見た目に相応しい勇猛な暴れっぷりだ。


 どうやら彼は呪詛や状態異常に対する耐性が高いようで、多少斬りつけられても怯まず次々と敵を叩き潰していく。


 あっという間に、魔剣持ちの数が半分以下になった。



 さらには本日の出席者であるイロイ氏とエメラダ氏もアリスが見込んだだけある実力者だった。


「くそっ! 数で囲め!」


「ふん、この程度の実力で我々を襲撃しようなど、片腹痛いな」


「へ、はあぁっ……!?」


 サーベルがヒュンと唸れば、敵の手や足がいくつも宙を舞う。


 あっという間に三人ほどが地に這うことになり、その中心でイロイ氏がサーベルを振り血を払った。


 彼の戦闘スタイルは、アソ氏に近いだろうか。


 違いがあるとすれば、イロイ氏は積極的に敵の中に突っ込んでゆき暴れまわっているところだろう。


「ふはは……血が滾るなァ! もっと貴様らの血を寄越すがよい!」


「ひいっ……!? なんだコイツら! ただのお貴族様じゃねえのか!? 聞いていた話と全然違うぞ!?」


 少し離れたところで、魔剣持ちの指揮役と思われる男の顔が歪む。


 残念だったな、この場には猛者しかいないぞ。


 情報の出どころはどこかは知らないが、襲撃部隊は相当な貧乏くじを引かされたようだ。



「うふふ……貴方たちは死なせませんわよ……! 貴重な情報源ですからね……!」


 エメラダ氏はエメラダ氏で邪悪な笑みを浮かべつつ、戦場をあちこち飛び回り戦闘不能になった魔剣持ちどもの傷を片っ端から癒していく。


 使用しているのは回復薬のようだが、グレードはおそらく中程度のものだろう。


 なぜかと言えば、連中の斬り落とされた腕や足が再生したりくっついたりしていないからだ。


 つまりは純粋に『死ななければ良し』程度の治癒ということである。


 ……尋問には、まともな頭とよく回る舌だけがあれば事足りるからな。


「ブラッド、あのエメラダとかいう女は相当な危険人物なような気がするよ」


「……同感だ」


 そうカミラとやり取りをする程度には、彼女の表情と行いはヤバいものだった。


 ちなみに俺たちはというと。


『ご主人、私たちの出番ってあるんですかね?』


『あー……せっかくの戦闘なのにヒマ……』


 セパとレインが実体化しつつ欠伸をしながら戦いを見物するくらいには何もすることがない。


 というかアリス以外にもイロイ氏とアソ氏らの戦力が異常な件。


 もう彼ら彼女らだけで組織壊滅に動いてもいいんじゃないか?



 とはいえ、襲撃者たちもこれで終わるほどイージーな相手ではなかったらしい。



「ぐっ……くははは! ははははハァーーーーッ!!」


 と、突然戦場の端で笑い声が起こった。


 見れば、一番最初に倒したはずの魔剣持ちが引きつったような笑い声をあげていたのだ。


「なんだあいつ。負けが確定して狂ったのか? ……というか、あいつの腕ってアリスが斬り落としたよな?」


「うむ。確かに両腕を斬られたはずだけど……というかあの男の魔剣、最初に見た時と比べて色が変化していないかな」


「……ああ、どんどんどす黒くなっているな」


 カミラが指さすとおり、男の持つ魔剣がどんどんと黒く染まっていくのが分かった。


 それに……よくよく見れば奴の負傷した腕と魔剣が癒着しており、まるで腕から剣が生えたような奇妙な格好をしていた。


 そして見ているうちに、魔剣がどんどんと腕を侵食しているように見える。


 剣が腕を侵食していくのに比例するように男の笑い声が大きく、そしてヒステリックな色を帯びてゆく。


 そして――


「む……どういうことだこれは」


 周囲の敵をひとしきり斬り伏せたイロイ氏が、困惑したような声を上げる。


 それと同時に、アリスやアソ氏、それにドウジ氏も周囲に倒れた敵を眺めて不思議そうな顔をしている。


「あら……この人たち、回復薬が効かなくなっていますわね……?」


「ぐ、ぐああ……なんだ、傷が治らねえ……!」


「痛い、痛いぃ! なんだこれは傷が開いていく……誰か……助けて……!!」


 周囲から次々と苦悶と悲鳴が入り混じった声が上がり始める。


 それと同時に、地面に倒れ込んだ魔剣持ちたちが苦しみ始めたのだ。


 よくよく見れば、エメラダ氏が回復薬で治した負傷がまるで腐り落ちるように爛れたり、斬り傷が再び開いている。


 さらには彼らの傷から夥しい血が地面に流れ落ち、それがひとところに集まると川のように流れていく。


 その先にいるのは……笑い声をあげている魔剣持ちだ。


「きひ、きひひ、いひゃはははははははははははははははははあああぁぁァーー!!」


 もはや男の上げる声は狂い笑いとしか思えないほどヒステリックなものへと変わっていた。


「ぬう……面妖な!」


 もっとも、明らかに危険な兆候を見せている魔剣持ちに対して、何もせず見ているだけではない。


 一番最初に動いたのはイロイ氏だ。


 彼は疾風のごとく相手に距離を詰めると、神速のサーベルで斬りつけた。


 だが……


 ――ギン!


 まるで魔剣が意思を持っているかのような動きで、イロイ氏の攻撃を男が弾いた。


「ぐうっ!? 重いッ……!」


 男の攻撃は相当に強力だったらしく、イロイ氏が受け止めきれずそのまま十歩近くも背後に押し戻される。


 もっとも衝撃自体は受け流したのか、彼に怪我はない。


 だが攻撃を受け止めた部分が、錆に塗れグズグズに崩れてしまっている。


 ただの攻撃ではああはなるまい。


「ふは……ふははひゃへええはははははああっっ!!」


 男が笑い声とも断末魔ともつかない声を上げ、今度はドウジ氏に襲いかかった。


 まるで獣じみた奇妙な動きで地を這い、低空から斬り上げるように剣を振るう。


「ぐぬうっ」


 さすがのドウジ氏も、まともに剣を受けるのは危険だと判断したようだ。


 首に迫る剣は受けずに身体をのけぞらせ、敵の攻撃を紙一重で回避。


 その巨体に似合わない身のこなしで素早く後退する。



「あああああああああああああああああ!!!!」



 一方、魔剣持ちはどうやら特定の標的を狙っていないようだ。


 狂ったように魔剣を振り回し、近くにいた味方の魔剣持ちたちを切り刻んでゆく。


「やめっ……ぎゃああっ!」


「誰か、助けっ……ぐああっ!」


「ひいっ、おいビフ、お前何を……うぐああっ! うがっ、腕が……干からびて……!!」


 魔剣に斬りつけられた奴らはしばらく痛みに悶えていたが、やがて斬りつけられた箇所がみるみるうちに萎れてゆき、まるで老人のような見た目へと変わっていく。


「ブラッド、これは……」


「ああ、これはおそらく吸血の呪詛と老化の呪詛を混ぜ合わせたものだ」


 カミラの言葉に、俺は頷いた。


 魔剣は斬りつけた相手に呪詛を付与するものが多いが、これは敵にダメージを与えるとともに自分を強化するように調整されている。


 しかも、斬りつけた剣にも腐食系のダメージを与えるようだ。


 もっともその副作用か、持ち手の正気を奪う効果もあるようだが……それを補って余りある戦闘力だ。


 事実、さきほどまで圧倒的に優勢だったアリスたちがまったく手を出せないでいる。


 もちろんアリスの『(とき)斬り』ならば対処可能だろうが、万が一でもダメージを受けてしまえば相手に圧倒的に有利となってしまう。


 まともに戦えば、これほど厄介な魔剣はそうそうないだろう。


 ……だが。


「それじゃ、そろそろ俺たちの出番かな」


「ふふ、そう来ると思っていたよ」


 俺の何気ない一言に、カミラがニヤリと笑みを浮かべた。


 どうするべきなのかは分かっている、といった顔だ。


 もちろん俺もその通りに動く。


 俺は首や肩を軽く回したあと、左手に聖剣セパ、右手に聖剣レインを持った。


「カミラ、援護は任せる」


「任された……よ! ――土の精霊よ、大地を『泥濘』に変えよ!」


 俺が前に出るとの同時に、カミラが杖を突き出し、精霊魔術を唱える。


 次の瞬間、暴れ回っていた魔剣持ちの足元が、硬い地面からぬかるみへと変化した。


「ぬぐうぉっ!?」


 泥に足を取られた魔剣持ちが奇妙な声を上げながらつんのめる。


 しかし異様なバランス感覚で踏みとどまり、そしてこの状況を作り上げたカミラを睨みつけ、襲いかかろうと前へ出る。


 ……だが、その隙が奴の命取りだ。


「どこ見てんだお前」


「ぬあっ!?」


 すでに男の背後を取っていた俺は、奴が振り向く前に聖剣レインを後頭部に振り下ろした。


 ……が、殺しはしない。


 レインの刃が男の首を斬り落とさないよう、剣の腹で殴りつける。


「ぐげっ」


 魔剣のせいで暴走していた男でも、さすがに後頭部への衝撃と『魔力漏出(ドレイン)』を喰らえば動きが鈍るらしい。


 そこに止めとばかりに、俺は男の背中に真上からセパを突き刺した。


「うが…………」


 男が呻き声を上げ、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。


 これで当分は起き上がってこないだろう。


 俺はさらに魔剣にセパを突き刺し完全に無害化すると、二振りの聖剣を腰の鞘に納めた。



 すでに周囲の魔剣持ちたちは男の呪詛のせいで老化したり止血死寸前の状態まで追い込まれていた。


 一応誰も死んではいないようだが、念のためセパで呪詛を断ち切っておくか。

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