第233話 有志貴族連合 中
俺たちを乗せた馬車は王都の大通りを滑るように進んでゆき、城門を潜り抜けて王都の外へと出た。
現在馬車は、王都から数キロほど離れた平原を北北東へ向けて走っている。
この街道は比較的人通りが少ないものの周囲が開けており、盗賊などの襲撃リスクがかなり低い。
生えている草や木なども背が低く、待ち伏せをするには不向きな地形だ。
もっとも、このまましばらく進めば森の中を抜けたり起伏のある丘陵地帯を通ることになるので、必ずしも会議中ずっと安全とは言い難いが。
まあ、そのための各種防護魔術だし、そもそもこの場には俺とカミラ、それに近接戦闘ではおそらく王国随一の実力を持つアリスがいる。
普通に考えれば、仮に俺たちの動きを察知していても襲撃しようなどとは思わないだろう。
……その『普通』の感覚が抜け落ちているのが、件の連中ではあるが。
――馬車が平原を走るその間にも、会議は続いている。
「――であるからにして、正面からの突撃は衛兵隊と傭兵団が担当し、我々王国軍は屋敷の南に広がる森の包囲を担当することになる。鼠一匹逃がすつもりはない」
「うふふ……それは頼もしいですわ」
イロイ氏が持参した地図を広げ作戦の概要を説明していると、エメラダ氏が目を細めた。
「……そういえば、イロイ様の師団は魔術工兵を多く抱えておりましたわね? 今回捕縛した方は特に直属部隊の元隊員とお伺いしましたが」
「それは事実だ」
会議室の空気がピリリと張りつめたのが分かった。
どうやら二人はそこまで仲良しというわけではないらしく、先ほどから似たようなやり取りを繰り返している。
確かに『ルドラ』がイロイ氏の元部下か何かだとすれば、魔道具師ギルドの幹部であるエメラダ氏が一言物申したくなる気持ちは分からないでもない。
なにしろ、魔道具師ギルドからは職員も含め十人単位で行方不明となっているらしいからな。
まあ、志が同じだからといっても仲良しこよしといかないのが世の常だ。
もっともイロイ氏はエメラダ氏の煽りとも取れる発言に付き合うつもりはないらしい。
チラリと彼女に視線をやったあと、ため息交じりに先を続けた。
「ルーカス……いや、『ルドラ』については私としても忸怩たる思いだ。だが、彼の自供により組織の内情の多くが判明した。元部下だからといって庇うつもりは毛頭ないが、それは奴の功績だ」
「ふふ……それについては同感ですわ。彼の情報により行方不明となった職員の居場所が突き止められましたからね」
エメラダ氏はそう言ってイロイ氏に微笑みかけるが、その目は笑っていない。
彼女は『もっとも』と続ける。
「我が魔道具師ギルドの顔に泥を塗ったですから、もし彼以外にも貴方の元部下がいたとしても一切の手心を加えるつもりはございませんことよ?」
「当然だ。仮に元部下がいたとしても、容赦は不要だ。……屋敷内部への突入にも包囲にも、各種の魔道具が必須だ。力添えのほど、よろしく頼む」
「ふふ……言われずとも」
(ねえブラッド。思っていたより随分と活発な意見交換の場だね?)
と、会議の様子を黙って聞いていたカミラが俺に耳打ちをしてきた。
俺も同感だ。
彼女に視線を向け、肩を竦めて見せる。
特にイロイ氏とエメラダ氏はさっきからずっとこの調子だ。
どちらかが発言すると、どちらかが何かしら口を挟んでくる。
今はエメラダ氏が優勢だが、さきほどはイロイ氏が魔道具師ギルドの職員が組織に物資の横流しをしていたことに苦言を呈し、それについてエメラダ氏が唇をかみつつも苦しい言い訳を重ねる、という場面もあった。
もちろん、互いの失態をなじりあう場面だけではなく、建設的な意見交換をしている時間の方が多いことは言うまでもない。
たとえば今回制圧作戦に参加する予定だというアソ氏とドウジ氏が、現場に支給される魔道具の種類や数、それに王国軍による援護の状況をイロイ氏とエメラダ氏に尋ねたところ、二人ともすらすらと適切な回答を繰り出してきたものだ。
ちなみに俺とカミラは、イロイ氏から、自軍の選抜部隊が魔剣持ちどもの交戦することになった場合に、聖剣錬成師や精霊魔術師、それに冒険者の観点からどのような脅威があり得るかを聞かれたりした。
まあ、なんだかんだ言っても皆責任ある立場だ。
それに事態が事態なだけに終始和やかな雰囲気で会議が進むわけもないという、それだけのことである。
むしろ忌憚なく互いに意見や思いをぶつけあえるのならば、それはそれで悪くない話なのかもしれない。
……そんな皆のやりとりを、アリスはニコニコしながら眺めていたのだが。
「あー……皆、議論中のところ済まないけど、少しいいかな」
と、ふいにアリスが軽く手を挙げ、そう言った。
大きな声ではないが、不思議とよく通る声だ。
皆が口を閉じ、全員の視線が彼女に集中する。
それを確認したあと、彼女は耳元に手を当て、さらに続ける。
「従者からの報告だ。どうやら僕らの『熱烈なファン』が面会を所望しているらしくてね。せっかくの機会だし、手厚く歓迎してあげたいと思うんだけど……いいかな?」
アリスが悪戯っぽく微笑む。
貴族らしい迂遠な言い回しだが、つまり彼女は『敵に囲まれた』と言っている。
窓の外を見れば、馬車はすでに動きを止めていた。
どうやら灌木や藪の多い丘陵地帯に差し掛かっていたようだ。
確かに見通しの効かないこの地形ならば、襲撃の機会に利用してもおかしくはない。
「ふん、やはりか」
イロイ氏が鼻を慣らし、後ろに立てかけていたサーベルを手に取った。
「これもアリス殿の目論見通り、ということですかな?」
「……実を言えば、城門を抜けたあたりで馬車が追尾されているのは把握していてね。いつ仕掛けてくるか楽しみに待っていたんだ」
「どうせこんな事だと思っておりましたわ」
エメラダ氏も、不敵に笑みを浮かべる。
「まったく、勇者殿もお人が悪い。最初からそのつもりであれば、もっと派手な得物を準備してきましたものを」
「ふふ、イロイ殿が本気を出すと、周囲の地形が変わってしまうからね。さすがに本番前にやりすぎると、相手がアジトから逃げてしまうよ」
「がはは! それはそうですな!」
「アリス殿、イロイ殿、会話中失礼いたす。……我々も戦闘に参加させていただくがよろしいな?」
アリスとイロイ氏の会話に、アソ氏とドウジ氏が割って入る。
「もちろんだよ、ドウジ殿。けれども、相手の中には魔族もいるはずだ。同胞と斬り合う覚悟はあるかい?」
「ふふ……逆賊に掛ける情けなどありませんよ」
これにはアソ氏が応じる。
すでに静かな闘志で彼女の小柄な体躯ははちきれんばかりだ。
「ならば、アソ殿、ドウジ殿ともどもお手並み拝見といこうか。『凪』の力も見てみたいしね。兄さまとカミラ殿はどうする?」
「もちろん俺も出るぞ」
「当然だね」
「じゃあ、皆で『ファン』に手厚い歓迎をしてやろうじゃないか」
言って、アリスは自ら馬車の扉に手を掛けた。
「アリスも出るのか?」
「ホストが先陣を切らなくては、格好がつかないからね」
そこは黙って後ろで腕組みしている場面だと思うが……
とはいえ、そうなるとむしろ俺たちの出番があるのか怪しいところだが、まあホストがそう言うのなら仕方ないだろう。
馬車から降りると、魔剣持ちと思しき男女が周囲を取り囲んでいた。
総勢30名はいるだろうか。
よくもまあ、これだけの魔剣とその持ち手を揃えたものだ。
……もっとも、アリスだけを相手にするにしても、この倍は必要だけどな。
「カカッ! こんな場所までのんびり馬車でおでかけとは、とんだお間抜け貴族様たちですなァ?」
魔剣持ちたちの中から一人の男が進み出てきて、おどけたようにそう言った。
いやらしい笑みを顔に貼り付け、大きな曲刀を肩に担いでいる。
年齢は四十絡みといったところだろうか。
その不敵な立ち振る舞いは、歴戦の戦士といった風格を感じさせるが……
「……はあ。くだらないな」
アリスが小さく呟き、一瞬姿が消える。
そして、すぐに元の場所に戻った。
そのさい、腰に帯びた『刻斬り』が鞘に収まるときのカチンという音を響かせる。
さすが、アリスはレベルが違うな。
「あぁん? ガキ貴族様が、なに……を……」
そこで男の声が途切れた。
それと同時に奴の両腕が魔剣とともに、どさりと地に落ちる。
「いっ、いぎゃああああぁぁぁぁぁーーーーッッ!?!?」
両腕から噴水のように血液を噴き出したまま、男が絶叫する。
「なっ……!? 『血啜り』のビフがあぁぁ!?」
どうやら大曲剣のおっさんは連中のなかではそれなりの実力者だったらしく、周囲にどよめきが起きる。
だが、この程度のやつが実力者だったとすれば……どちらがお間抜けか分からない。
「さて、それじゃこっちから行くよ」
アリスが言って、今度こそ『刻斬り』を抜いた。
それが開戦の狼煙となった。




